第214話 開闢の宙8

 アーデルハイトは帝都にある教会で静かに祈りを捧げていた。突如現れた天龍の存在は幸いなことに魔大陸へ現れて以降その場から動いていないため、まだ一般市民には知られていない。仮に知られてしまえば大混乱が起きていただろう。だが、それもいつまでも続かない。報告によれば過去に現れた天龍と見た目こそ近いが色々違う点があるとの事。一度帝都を襲っていた謎の魔物たちなどと結び付ければ、ある可能性は必然的に見えてくる。



 それは魔人側に魔物を何かしらの方法で強化しそれを運用している者の存在。



 レイドからの報告にあったエマテスベルの件から察するに、同じような魔物は既に帝都にも入り込んでいるだろう。一応近衛騎士団長アベルにはその可能性を伝えているが、どこまで対応できるか流石にアーデルハイトでも想像が出来ない。

 そしてもしその魔物が密偵の役割も持っているとすれば、人間側の情報は奴らに筒抜けになっているとみるべきだ。一応切り札レイドの存在はトップレベルしか知りえないため、伝わっていないと見ていいだろうが、それ以外は正直怪しいと踏んでいる。



 アーデルハイトとしては、継承の儀を行う時を狙ってくると思い、念のためレイドを伏せて待機させていたのだが、結果的に何も起こらず終了した。正直肩透かしをくらった気分でもあった。なぜなら魔人側にとって勇者とは絶対に押さえておきたい人物のはずだ。恐らく今の勇者が魔王より遥かに劣る事など向こうも承知しているだろう。なら、殺さず無力化して捕えておくのが定石のはず。だからこそマイトの守りは厳重に、継承の儀に最強の護衛を付けたのだ。




(だというのに、よりによって天龍エヴァンジルですか)



 恐らく同様の何かしらの手が加えられた古の龍の死体。あれほどの力を呼び起こすという事は当然魔王が関係しているはず。レイドから聞いていた魔王の印象とはまるで真逆の動きにアーデルハイトも混乱していた。

 人嫌いであったレイドだが、相手の性格などを見抜く力は決して低くない。だからこそ今の状況は本人も驚いているだろう。だがこうも考えられる。




「魔人側も一枚岩ではないのでしょうね」

「あ、どういう意味だ?」



 レイドが旅立つ前の会話を思い出す。



「恐らく貴方の出会ったネムという魔王は利用されているのかもしれないという事です。はっきり聞きましょう。あの天龍エヴァンジルと貴方の出会ったネム。どちらが強いとお考えですか?」

「であればわざわざアレにこだわる理由があるのでしょう。どうか気を付けて」

「おう。ちょっと行ってくるわ」





 そういっていつも通りの表情で行ってしまった。戦いに赴く彼らが無事であることを祈る事しかもうアーデルハイトには出来なかった。








『レイドさん。今どこに?』

「海上に降りたテセゲイトの上空だな。ミティスはどこだ?」

『私は既に魔大陸へ上陸しました。他のリオド、ユーラ、ユイト、リコは帝都の守護に入っております』

「おいおい、お前さん1人なのか?」

『ヴェストリもおりますし、正直貴方と戦った時と比べれば大分余裕かと』



 ひでぇ言い草である。



「まあいいや。んじゃ当初の予定通り、俺が飛んでいる蛇。お前さんが魔人の本拠地って事でいいのか?」

『はい。正直今の私でも天龍の相手は不可能です。ですが、それ以外の魔人相手なら問題はありません』

「俺との約束は覚えてるな?」

『ええ。無暗に魔人を殺さない。ネムという赤い髪の魔人を見かけたらすぐ連絡。それでよろしいですね?』

「ああ。問題ない。じゃあ行こうか」




 勇者の力を継承したミティスは以前の4割程魔力が強くなっていた。あれならそう簡単にやられたりはしないだろう。



「レイド。ねてていいの?」

「ああ。とりあえずしがみついてろ。必要になったら起こす」

「はーい」



 全力で魔力を纏い、俺は魔大陸へ向けて飛んだ。距離としてはいまだ遥か先の魔大陸であるが、本気で移動すれば数秒も掛からず到着する。そのままの速度で――。



「久しぶりだな。蛇野郎。随分太ったんじゃないか?」



 そう軽口を叩きながら魔大陸上空で蜷局を巻き、眠りについている超巨大生物。天竜エヴァンジルへドロップキックをかました。

 



 空間が爆ぜる。




 俺のライダーキックが当たった箇所が弾け飛び、エヴァンジルの首が弾けて消えた。



「あんだ。手ごたえがなさすぎでは――」



 無駄に捻りを加えたのがよかったのだろうか。いやそれにしても前より弱い気がする。そう思ってみていると、千切れた首から肉が溢れ出し、ピンク色の肉と血管が盛り上げり形成されていき、圧倒云う間に元の瞳が閉じた龍の頭が再生していた。



 なるほど。脆くなった分再生能力が活発になったって感じなのだろうか。そう感心しながら見ていると閉じていた単眼が開き、凄まじい咆哮を行ってきた。



「うるさいな」



 空気が歪む程の咆哮を目の前でされ、もう一度首を落としてやろう。そう思った時、赤い波動が波打つのが見えた。それはエヴァンジルの身体から発生しており、その波の大きさが徐々に広がっていく。



「む。これは――」




 魔大陸の木々や山、そして地面から凄まじい魔力が流れ、エヴァンジルへ流れていく。どうやら食事を開始したらしい。下にいるミティスは大丈夫だろうか。一応対応策は伝えてあるから大丈夫だろう。そう信じたい。とりあえず食事を止めるとしよう。そう思った時、赤い光が走った。



 単眼の瞳より放たれる赤い閃光。それが凄まじい衝撃波を放ちながら俺へ向かってくる。それを咄嗟に腕を振るって空に弾いた。





 雲が割れ、空中より赤い粒子がまるで雪のように落ちてくる。




 弾いた腕を見る。特に怪我はない。だが今ので威力は理解した。オルダート程ではないにせよ、あれがどこかの大陸にでも当たれば間違いなくヤバイ。下手したら1つの都市が滅ぶ。




「なるほど。前とは色々と違うってわけか」




 俺はさらに魔力を高め、目の前の龍を睨みつけた。

 

 

 


 

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