第216話 開闢の宙10

 目の前の魔人を見る。目は虚ろでどこか朦朧とした様子だ。だがどういう手段でか攻撃を受けたのは間違いない。私は警戒しつつ魔法を放った。真空の刃が巻き起こり私の周囲すべてを切り刻む。



「これは……」



 私の魔法は鉄程度であれば容易に切り裂ける。魔力が含まれた岩盤であろうと同様だ。だというのに、この洞穴にはわずかな傷しか付かず、また目の前の魔人に至っては無傷ときていた。その違和感を感じつつもう少し距離を詰めようとした瞬間、また私の身体は風に変わる。



【だめ、逃げよう】



 ヴェストリの声を聞きながら、撤退を視野に入れるか考える、――いやありえない。ここは踏ん張らないといけない場面なのだ。まずは全体像を把握しなくてはならない。ここはあまりに暗すぎる。



「光を」



 周囲を照らす簡易魔道具を取り出し、起動キーを唱える。そして眩い光が周囲を照らし始めた。そうして明るくなった洞窟を見て私は息を呑んだ。



「……そういう事ですか」



 目の前に広がる光景。それは完全なる闇だった。そんな闇の中に不自然に立っている赤い髪の魔人だけが光に照らされている。まるで真っ暗な空中に浮いているかのように。

 ヴェストリの逃げろという意味がようやく理解できた。ここはもうただの洞窟ではない。恐らくこの闇すべてが闇の大精霊ヨグなのだ。光さえ吸収するほどの完全な闇。



 なるほど、この光が届かず闇に覆われた洞窟内というのは相手にとっての地の利となっている。さらに密閉空間に近い場所のため、風を得意とする私たちでは非常に不利と言えるでしょう。しかし――。



「それで恐れる程私は弱くありません」



 身体中から稲妻が走る。ヴェストリの力を限界まで引き出し、放電を続ける。私から漏れた稲妻が洞窟内の闇に当たり、火花を散らして弾ける。その一瞬、闇が消えたのを私は見逃さなかった。基本的に力は対等な大精霊。借りている力が同じなら後は契約者の力によってその強さは大きく異なる。

 


「なるほど、少し貴方の状況を理解できた気がします。ですがッ!」



 身体を完全に稲妻へ変化させる。その私の行く手を阻むように具現化した影が襲ってくる。先ほどの襲撃はこれだったのだ。ただでさえ完全な闇に変わった洞窟内で影が襲ってきた場合対処のしようが無い。私がヴェストリと契約しあらゆる攻撃を自動回避できなければ最初の一撃でやられていた。



「この場所は私にとって不利ですが、貴方との相性はそれほど悪くなさそうです!」


 

 右手に集中させた稲妻をそのまま刃に纏い、振り下ろす。私の攻撃に対し、彼女はやはり視線が変わらず虚ろなまま。だというのに、目の前に影の盾のようなものが私の攻撃を阻んでいる。


「私たちの邪魔をするのか」


 虚ろだった魔人の口が動いた。私たちというのは彼女とヨグの事だろう。だが邪魔とはどういう意味なのか。仕方ありません。少し会話を試みましょうか。



「それはこちらの台詞です。なぜあの天龍を解き放ち、同胞たる魔人たちも巻き込むのですか?」

「私たちを解き放て」

「こちらの質問は無視ですか。では解き放つとはどういう意味です?」


 

 一度距離を離し、左を振るう。幾重もの雷が放たれ、目の前の魔人を襲う。だがそのすべての雷が黒い影に阻まれていく。そして同時に私の身体に接触する感触を感じ、また風へ変化させヨグの攻撃を躱す。


「私たちを解放しろ」

【ヨグって口下手だからそれ以上情報はないかもだよ】


 絶え間なく襲ってくる影の攻撃を躱し、考える。ヴェストリの話はヒントとなった。ヨグは口下手。つまりあの身体の主導権はヨグが握っているという事。なら契約者であるあの魔人の意識は恐らくないのだろう。そしてその状況はヨグ自身も望んでおきた状況ではないという事。



「解放を、私たちを――彼女をッ!」



 変わらず虚ろな表情の魔人から叫びに近い声が放たれる。さらに膨れ上がる魔力に呼応するように周囲の洞窟を覆っている闇に変化が訪れ始めた。まるで生き物の体内のように脈動しているような錯覚さえ覚える。このままでは不味いと判断し、賭けに出ることにした。



「ヴェストリ。彼女以外に動いている魔人はいますか?」

【えーっとね。奥に1人いるみたい】

【りょーかい】



 ヴェストリの魔法が更に奥の洞窟内で放たれた。これは賭けだ。目の前の魔人に何かしている者がいるのではないかという賭け。そしてそれを殺せば解除されるのではないかという賭け。そして……殺した後、解放された彼女たちが私たちと敵対するかどうかの賭けだ。




「お、おおおおおおアアアアア!!」




 虚ろだった彼女の目が見開き、両手で頭を抱えるよう咆哮している。一瞬、彼女が消えかけたように見え、そしてそれを埋め尽くすかのように黒い靄が覆っている。

 


「奪う気か!? 私から彼女を!」



 徐々に闇に侵食されていく魔人を見て私は自分の賭けがどうやら負けだったことを理解した。

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