第207話 開闢の宙1

 人間と魔人の何度目かの戦い。10年に1度起きるこの争いは創世記より始まっている。この長き戦いを記した書物は数多く世に出ており、遥か昔を綴ったものは当然多い。だが当時の記録はなく、伝聞によって後世に伝えられたという事だ。



 曰く、最古の勇者、最古の魔王は親友であった。




 既に消された過去の記録。争いを起こし互いに虐殺の限りを尽くしたこの戦いの切っ掛けともいえる存在が友人関係にあるなど、もはや誰も信じられないし、真実だとしても受け入れられるものでもない。それゆえその伝聞は誤りであると多くの歴史家たちは語った。その真実は今も分からない。




「どうだ面白い話だろう?」

「よくわかんない。それと俺が勇者になったのとどう関係があるんだよヴェノ」

「そうだな、どういう基準で勇者と魔王が選ばれるのかは私でも分からない。だがこの不毛ともいえる争いを終わらせる1つの希望じゃないかと私は考えているよ。なあレイド。お前は魔人が憎いかい?」



 椅子に座り、短い足をブラブラとさせながら幼いレイドは考える。勇者になった時から魔人は敵であると周囲の大人から言われ続けた。魔人とは人間を食い物にする虐殺の徒であり、滅ぼさなければならない絶対的な悪である。塵以下の屑だと、言われ続けていたレイドの出した答え。それは――。



「わかんない。だって会って話したことないし」



 その答えを聞き、ヴェノは満足そうにうなずいた。



「ああ。そうだ。それでいいレイド。会ったこともない、話したこともない相手を憎む必要はない。例え周囲の雑音がうるさくともその気持ちを忘れないようにね」

「わかった。でもヴェノはどうなんだ?」


 レイドの切り返しにヴェノは眉上げ、驚きの表情をした。そしてすぐに穏やかな顔になり、レイドの頭を優しくなでる。



「そうだね。頭では理解しているんだ。彼らは決して悪ではないのだと。だが私も歳を取ってしまってね。その考えに至った時はどうして完全にその負の感情を消し去る事が出来なかった。多分彼らに出会ったとしても表面上は仲良くしようと試みる事は出来るだろう。だが私の中に根付いている黒いものを、未だ取り除くに至っていないんだ」



 ヴェノに頭を撫でられながらレイドは続けて話す。



「友達になるのは難しいのかな」

「そうだね。歩み寄ろうとしても、過去の歴史から人間は魔人を、魔人は人間を互いに恨んでいる。この負の螺旋を終わらせる方法をずっと考えていたけど、やはりどうしても難しい」



 そういうと撫でる手を止めてヴェノは遠く遥か空の向こうを見た。



「レイド。だから聞かせてくれ。どういう勇者になりたい?」

「悪い奴をぶっ倒す! 人間でも魔人でも!」


 そう言いながら小さな拳を見せたレイドの姿を見てヴェノは優しく笑った。




 どうかこの子が将来この笑顔を絶やさずまっすぐに育ってくれるように。そう祈らずにはいられなかった。




 




「なあアーデ。ヴェノは最期何か言っていたか」



 フルニクの郊外。山に囲まれた場所にある小さな建物。レイドの実家であった場所。今ではヴェノの墓場となった場所だ。



「そうね。詳しくは教えて下さらなかったけど、レイドにどうしても謝りたいことがあるって言ってたわ」

「……俺に?」

「ええ。あの時、私は選択を間違えたって」



 あの時が指すものは、いつの話なのだろうか。ああそうか。俺が勇者って意味に悩んで、愚痴を言った事があったっけな。



「気にし過ぎだよ、まったく」

「墓参りはもう大丈夫?」

「ああ。すまなかったな。これでもう心残りはない。後は残った問題と落とし前を付けるだけだ」


 既に力の継承は終わり、ミティスも最後の調整に入っている。協力してもよかったんだが、どうしても墓参りだけしたかったから少しわがままを言ったのだ。


「じゃ帰りましょうか。また運んでくれるのでしょう?」

「ああ。あのUFOは苦手だし、こっちの方が早いだろ」




 

 そういってアーデを抱え、飛行する。一度帝都へ戻ろうとした時、それが起こった。

 

 


「ッ! これは――」



 地鳴り、いや地響きだ。まるで大地の下から何かが叩いているかのような音と地震が起きている。空中にいるが木々が揺れ、鳥たちも逃げるように飛び去っている。流石に俺も初めて見る異常事態に戸惑った。



『イサミさん。聞こえますか?』

「ミティスか。という事はやはり何かあったか?」


 渡されていた通信用魔道具からミティスの声が響く。そこから聞かされた内容は信じられないものであった。




『簡単に報告します。空中大陸と化していた城砦都市テセゲイトが移動を開始。現在、魔大陸方面へ移動を始めております』



 城砦都市テセゲイトっていえば、確か重力魔法使いと戦ったっていう場所だったか。ずっと浮いたままでゆっくり避難活動をしていたと聞いていたが、今更それが動いたのか。



「避難状況は?」

『おおよそ7割まで終わっておりましたが、まだ残された人々がいます。そしてもう1つ。こちら少々問題です』



 既に厄介な状況になりつつあるっていうのにまだ何かあるのか。



『魔大陸より超巨大な生体反応を感知。こちらの偵察班からの報告によると、おそらく天龍エヴァンジルではないかと報告がありました』

「は!? 俺がもうずいぶん昔に討伐したぞ!」

『はい。存じています。ですが、大陸を覆う程の巨大な単眼龍であれば該当するのは、かの”大陸喰い”それしかおりません』

「いや、馬鹿な――いや、そうか!」



 そうだ。俺が過去エヴァンジルを討伐した時、死んだことを確認していたが、死体がどうなったかという事にまったく興味がなく、海に置いたまま放置していた。まさかそれが魔人の手に渡った? ならあの質量をどうやって移動させた。疑問ばかりだ。だがこれは――。



 

 

 

 過去の自分を殺してやりたい。なぜ完全に消滅させなかったのか。




「本当にエヴァンジルだとすれば面倒な事になる」



 天龍エヴァンジル。魔物の中でも上位とされる龍種の中でも更に最上位の天災ともいえる生き物。魔人が信仰していた龍であるが、それにはあの龍の特性が起因している。それは、エヴァンジル自身の力が届くすべての魔力を吸収するという特性だ。


 そうしてエヴァンジルに吸収され一体化する事が神聖な事であると魔人たちは考え信仰していた。


 だが実際は違う。あれはただの食事だ。エヴァンジルのいた大陸はすべて天へ上り、そしてその魔力を喰らい始める。そうして一度食事を終えるとまた長い眠りにつくのだ。一度天へ上った大陸たちは魔力が切れた後にまた地上へ落とされる。その度に地図が書き換えられこの星の大陸の形は常に変化していた。そうしてすべてを天へ誘い、生き物だけではなく大陸からも魔力を喰らう事から”大陸喰い”と呼ばれる事もある。

 


『問題はエヴァンジルが今もなおという点です。恐らく何か手が加えられているのでしょう。このままでは……』




 この星の全部をエヴァンジルの餌にして滅ぼすつもりか。

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