第206話 イレギュラー

 計画とはすべてが順調に運ぶものではない。当然イレギュラーは発生する。そのためある程度事前にそのイレギュラーを想定し柔軟に対応できるよう計画には遊びが必要なのだ。

 綿密な計画ほど、小さな石で破綻しやすい。当然魔人カリオンはその程度の事は理解している。だからこそ重要な個所だけを明確に指示し、細かい箇所は状況に応じて指示を出す方針で作戦を考えていた。



 しかし。





「くそッ!!」



 カリオンは私室で怒りを発露していた。むろん物に当たるなど低俗なことをカリオンはしない。それは彼のプライドが許さない。だがこの胸の中に渦巻く怒りをどう処理すればいいのか分からず彼はただ私室内で悪態をついていた。



「なんなんだ。あの化け物は!」



 怒りの矛先は先日出会ったとある人間についてだ。今後の計画にてレヌラは失う訳にはいかない。だからこそファマトラに万が一の事が無いように見張らせていた。そしてそれが功を成した。結果的にカリオンは貴重な部下を失わずに済んだのだ。これは安堵すべき事柄である。だが同時にあのレヌラをあそこまで追い詰めた人間がいるという事が信じられなかった。



 

 だが実物をみてカリオンは理解する。あれは存在していい生き物ではない。




 最後のあの瞬間カリオンは間違いなく感じ取った。アレはデュマーナすら超える程の力を持っていると。


 この星の反対側にわざわざ空間転移したカリオンの位置を看破し追ってくるという出鱈目としかいいようのない魔力感知の範囲。通常の転移魔法の距離とて相対的にいえば術者の魔力に依存する。普通の転移魔法では精々1つの大陸内を移動する程度しか不可能だ。

 だからこそカリオンは自身の空間魔法に対しては絶対的な自信を持っていた。あの距離を移動すればまず追ってこれないと考えた。



 だが実際はどうだったか。カリオンが転移してで奴は追ってきた。まるで悪夢だ。しかもその後の間髪いれず攻撃をしてきた。



「大陸を割る程の攻撃をほとんど溜めもなく使用する? なんの冗談だ!」



 あの悪魔が人間側にいると分かった以上時間はない。早急に計画を進める必要がある。アレが、あの化け物がいつこちらに襲撃を仕掛けてくるかわかったもんじゃないからだ。



「――荒れてる所悪いねぇ。いい知らせと悪い知らせがあるんだけど」



 カリオンの私室に少し間の抜けた声が響く。必死に怒りを抑えつつも血走った目で部屋を訪れたファマトラを見た。



「ふざけている場合か?」

「ふざけてなんかいないさ。僕は至極真面目だよ。どっちが聞きたいかね?」

「好きな方をいえ。ただし今の私は非常に機嫌が悪い。それを踏まえて、真面目に報告しろ」

「だからふざけてないと言っているだろう。ではまず良い知らせから話そうか。レヌラの治療が終わったよ。テスト運用してみたが一応問題なく魔法は使える。ただちょっと自我がなくなちゃったけどね」



 ニヤニヤと笑いながらファマトラは答えた。



「本当に問題ないのか?」

「ああ。問題ない。ただ彼女ってば軽く精神異常を起こしてたからね。蟲を体内に入れたよ。戦闘は無理だろうけど私たちの言う事なら何でも聞くようにしてあるからさ。まぁ命令を何でも聞く人形とでも思ってくれ」


 

 

(狂人者め)




 その言葉がカリオンの頭の中を過った。これが仲間でなければ、カリオンの父オルダートの側近でさなければきっとカリオンはファマトラを殺していただろう。だがファマトラのつくる魔獣はどれも有用なのは事実だ。だからこそ重用している。

 


「それでもう1つは?」

「ああ。そちらは正直僕もお手上げなんだよね。正直何が起きたかわからなくてさ」

「どういう意味だ。正確に答えろ」

「ああ。そうだね簡潔にいうと――」

 


 そうして少し間をあけてファマトラは先ほどの笑みとはまた違う意味の笑みを浮かべて言った。



「デュマーナが消えかけているよ」




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