第205話 ただ一太刀

 強い。

 たった数度攻防を重ねただけでよくわかる。目の前にいる人は勇者だから強いのでない。そもそもの基盤ともいえる部分で私たち人間と何かが違っている。



 自分でもらしくないというのはよくわかっていた。軍務である以上命令は受け入れるべきである。だから勇者の力を継承するという事に忌避感はない。それでより強くなり、魔王軍と戦えるのはそれはそれでよいと割り切ってさえいる。



 ただ――それでも心残りはある。



 いや正確にいえば忘れようと心に秘めていたものが溢れ出したというべきだ。レイド・ゲルニカとの戦いはその心残りを埋めるためには絶好の相手といえた。だから私は軍務について初めて、皇帝陛下に我儘を申し上げた。彼と一度だけ戦ってみたいと。


 ただ陛下が否と答えれば私はすぐにその思いを諫めるつもりだった。しかし意外にも陛下は少し間を置き私の願いを了承した。もしかしたら陛下には私の心の内など既にお見通しだったのかもしれない。



『ミティス様。少しよろしいですか?』

『聖女様? どうなされましたか』

『いえ、レイドと戦うのですよね。であれば1つ助言を』



 戦いの前、聖女様よりそのような申し出があった。少し訝しみはしたが、私はそれを丁寧に断った。



『申し訳ありません。純粋な勝負をしたいミティス様の気持ちは理解しているつもりです。でも何もできないまま始まって数秒でこの勝負を終わらせたくはないでしょう? レイドは対人戦を想定した必殺ともいえる得意技があるのです』



 そんなもの戦いに身を置く者であればそのような技は1つや2つは誰でも持っている。それを潜り抜けこちらの刃を届かせる、それが人との戦いというものだ。だからそれを聞いても聞くつもりはなかった。



『ミティス様。申し訳ありませんが、この話を聞いて頂けないのであれば私はレイドとの勝負を認めるわけにはいきません』

『何故でしょうか?』

『時間の無駄だからです。断言しましょう、貴方は何もできないまま地面を舐める事になります』



 当然そこまで言われてはい、そうですかとなるわけがない。少々意固地になりつつある私だったがそこで違う声が私の中に響いた。



【ミーちゃん。話を聞いた方がいいわ。彼女本心で言っているみたいだもの】

 


 ヴェストリの声が響く。当然私にしか聞こえない声であるが、無視はできない。大精霊である彼女は相手の嘘を読み取れる。つまり聖女様は本気で話を聞かなければこの件をなしにしようとしているのだと気づいた。




『……はあ。承知しました。ではその助言を伺っても?』

『ええ。もちろんです』





 そうして訪れた戦いの始まり。貰った助言とは戦いの最中、常に出来るだけ高濃度の魔力を自身に纏うという事。攻撃の時、防御の時ならいざ知らず、常に魔力を纏う。それも全力に近い形で。

 半信半疑で最初から全力に近い形で魔力を纏う。そして攻撃をしかけようとした瞬間、眩い光が放たれた。


 最初は目くらましかと思った。だが違う。身体中を襲う痛み少しでも魔力を落としていれば確実に身体はバラバラになっていたと確信できるだけの攻撃。


 強引に突破しその上で攻撃を仕掛ける。私の反撃が以外だったのか少し驚いた表情をしている。だが次の瞬間、私の刃は素手で受け止められ、凄まじい反撃を受けた。



【怖いね、危ないねー】



 ヴェストリが強制的に私の身体を風へ変化させ攻撃を躱さなければ危なかった。下手すればあの一撃で私は終わるかもしれない。



 想定していた。あの父を圧倒した者であれば当然強いと考えていた。その後のレイドの伝説ともいえる戦いを聞き、本当に別次元の相手なのだと理解したつもりだった。



(甘かったですね)



 そう私は甘かった。意固地になり自分の力だけで戦おうとしていたはずなのに、聖女様の助言に助けられ、契約している大精霊にも助けられた。悔しいと思う。なんて自分は弱いのかと無力を恨む。





『ミティス。信頼できる仲間を作りなさい』

 




 父が常に私に言っていた言葉だった。強くなれではなく、仲間を作れと常々言っていた。



『自分の命を預けられる仲間とはどのような魔法より、武器よりも立派な力となる。戦場で生き抜くには何よりも命を預けられる仲間というのは必要なのだ』


 そう話す父は常に戦場では1人だ。その突出した力は周囲から孤立させていた。だからそう話す父の表情はいつもどこか寂し気だった。その顔を見て幼い私の夢はいつか父と肩を並べて戦い、父を孤独から救う事に変わった。私は強くなりたかった。




 目の前の相手。勝ち筋が見えない。かろうじて負けていないだけ。それでも――。




「せめて一撃!」



 先ほどまで目の前にいたレイドが消える。いや消えたのではない、凄まじい速度で移動しているのだ。それでも動いているという事はその分風が乱れるという事。私の力だけで無理なら。



(ヴェストリ)

【はいはい。おまかせあれー】



 こちらの手はバレている。だが分かっていても対策出来るものではない。どれほど早くても動いた時点でヴェストリはそれを知覚できる。視覚外からの攻撃、それをヴェストリの力で回避する。霧散した風が収束し私の身体を構築すると同時に雷へ属性転化し雷撃を放つ。


 その雷撃と同時にあの光が放たれた。一度目の攻撃でこの光の厄介さ重々理解した。これは身体を風や雷にしていようが関係なく、光が当たったものをすべて攻撃出来る。だからこそ私は最初以上の出力で魔力を展開しそれを常に纏っていた。



「くっ」



 だが最初に比べて傷は浅い。対処できる。



「やっぱり魔法攻撃は当たるな。だったら――」



 そう話す途中、レイドは不意に口をパクパクさせ始めた。少し困惑した顔色に変わっている。どうやら始まったようだ。



【とりあえず、ミーちゃんの周囲以外の空気を全部薄くしたよー】

(承知しました。どの程度持つと思いますか)

【普通の人間なら数分で酸欠になると思うけどなー】

(ではその倍は見積もりましょう)



 既に純粋な戦い方では勝負にならないのは重々理解した。技術以前の問題だ。そもそも魔力の質が違い過ぎる。レイド相手では小手先の技は役に立たない。恐らく最高火力の魔法を放ってとしても真面なダメージにはならない。

 息を止めてただ立っているだけならともかく、無呼吸で戦闘をするのであれば体内の酸素は消費が激しくなるはず。このまま攻め込んで――。





 光が疾る。




 しかし先ほどのような一瞬の光ではない。数秒程度の長さ光に包まれすべてが輝く。感覚が消え、私がどこを向いているのかも分からなくなる。錯覚に陥りそうになり、痛みで我に返った。



「ぐはっ」



 視界が明滅する。口の中が血で広がり鉄の味が広がる。何が起きたか分からない。まさかヴェストリの知覚領域を潜り抜けるなんて思いもしなかった。



「お、空気戻ったか? 1つアドバイスしてやろう。確かに風の大精霊の能力は厄介だ。でもここみたいに戦う場所が区切られている以上、対策はいくらでも出来る。例えばさっきみたいにな」

「……まさか、この訓練所の範囲全部を」

「そう。魔力で塗りつぶした。魔力の身体で出来ている精霊には中々辛いだろう?」



 

 それであの光が満ちてからヴェストリが反応しなくなったわけね。そう思いながら地面を指で少し削りながら立ち上がる。




「まだ――まだです。まだ私は何もやりきっていないッ!」





 残りの魔力をすべて剣に注ぎ込み激しい音を出しながら稲妻を纏う。激しく明滅する稲妻を纏った剣を振りかぶり、渾身の一撃を振う。空気を切り裂き、雷鳴を轟かせ、ミスリルですら溶かす程の温度まで上がった雷撃をそのままレイドへ放つ。



 今回の勝負の決まり事としては相手を死に至らしめる反則ともいえる一撃。ただそれでも、この人相手なら大丈夫だという確信がある。だからせめて――一太刀だけでも――。



「中々の一撃だ。アシドニアの爺さんより強いじゃねぇか」



 その一言を聞き、ようやく私は、幼いころの夢を叶えられたと感じた。意識が途切れる寸前、私は思う。



 ああ、ようやく私は父様の場所まで辿り着けた。




 


 

 

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