第204話 狙い

 数百人規模の近衛兵が訓練をするこの広い敷地を2人の人物が争っている。1人はレイド。彼は基本動かず相手の攻撃に合わせて数回カウンターを決める形で動いている。そしてもう1人はミティス。彼女は風魔法と属性転化である雷魔法の両方を巧みに使い、常に移動しながら攻撃の機会を伺っている。

 レイドからの最初の一撃により、全身に傷を負ったミティスであるが、それ以降は攻撃を受けていない。ミティスは身体を雷に同化させ、空気を振動させつつ、激しい音と共にレイドに攻撃をしかけている。常人であれば瞬きをした瞬間に勝敗が決するであろう程のスピード。音速を超えた速度で接近し、レイドへ強襲。しかしそれを凄まじい反応速度で対応し魔力を込めた拳を叩きこむ。



 レイドが振るった拳はミティスの身体を貫くがその時には既にミティスの身体は風へ変わり、その場から霧散している。空振りとなったレイドの拳はその風圧だけで地面を抉り、訓練所を囲んだ結界に対し衝撃で波紋が広がる。




「ふむ」




 レイドは加減をしている。それは相手を殺さないためだ。彼が本気で拳を振えば容易にこの戦いは終わらせられる。だがそれは出来ないし、するつもりもない。これは生死をかけた戦いではないという事は当然であるが、この戦いの意図それを聖女アーデルハイトとのやり取りで気が付いた。



(無駄な気を使わせたか)



 当初はミティスが力の継承をするため踏ん切りをつけるためのものだと聞いていた。レイド個人は必要なものであれば、遠慮なく貰う主義なのであまりそういう感覚はわからない。だから妙なものに巻き込まれたなと思っていた。だが戦いが開始直後のアーデルハイトのセリフを聞いて別の意図に気がついた。




 聖女アーデルハイトはレイドがミティスに感じている苦手意識、過去の僅かな負い目をこの戦いで清算させようとしている。




 無論ミティスの事情も汲んでいるいだろう。だがそれだけ動く女でもないとレイドは知っている。だから魔王を倒す上で、レイドの憂いを出来るだけ潰そうとしているのだと思い至った。レイドの初見殺しを対策させたのも、もしこれが最初の一撃で終わっていれば、俺の意識は変わらないだろう。だが今もこうして戦い、ミティスと向かい合う事によって色々と感じるものは違ってくる。


 

「思ったより面白い相手だよ。それにしてもこれは……」



 今の攻防で3回目。レイドはある違和感に気付いている。それは自分の攻撃が当たらない事に対する違和感からのものだ。レイドは自らこそが最強だと考えてはいない。だから無条件で相手が自分より弱いなどと最初から考える事はしていない。だが、それでも彼我の実力差を図る能力は高い。少なくとも相手の持つ魔力を見れば大よそわかるのだ。



 だからこその違和感。今戦っているミティスは確かに強いが自分程ではない。本気を出さなくても十分に倒すことは出来ると考えた。



 だが、実際はどうだ。3度同じ方法で攻撃を躱された。最初は自分の身体を風に変えて攻撃を躱したのだとすぐに気づいた。だから2回目は風へ変わる前に潰そうと一度目の攻撃よりも早く拳を振った。



 だが当たらない。同じように攻撃は躱される。



 レイドも馬鹿ではない。ただ無造作に振った攻撃は躱される可能性があると考え、相手が躱せない攻撃の最中を狙っての攻撃。以前の火の大精霊と同様、火であろうが風であろうが、自然のものではなく魔力で構築されたものなら、魔力で対抗できる。いくら身体を風や雷に同化出来るとしても対応はできないと考えた上で次の行動にでた。



 そして3回目。身体を雷へ変化させ、雷鳴轟かせ接近してくるミティスに対し、ギリギリ死なないであろう程度の魔力を纏い、2回目の攻撃以上の速度で拳を振った。



 しかし結果として地面を抉るだけの状況となった。




 この3回の攻防でレイドは考察し、1つの考えに行き着く。



 

 

(なぜわざわざ攻撃を躱している?)




 雷への属性転化中の攻撃であったとしても身体を風に変え逃げている。普通であればそのまま雷の身体の状態で躱せばいいだけではないだろうかという疑問にたどり着いた。自分の直観を信じ、さらに考えを巡らせる。

 そこからレイドは逆説的に考えた。風でなければならない理由があるのではないかと。そうしてミティスを観察しある事に気が付いた。




「――ああそうか。お前さんはちゃんとソレを制御しているんだな」

「……驚きました。もう気が付かれたのですか」

 

 

 風の大精霊ヴェストリ。どんな場所であろうと風さえ通るならすべてを知覚できるとされる大精霊。レイドは知りたがりで気分屋の変態精霊と聞いている。


 

(変態であろうと能力は一級品。恐らくあの異常なまでの反応速度はミティスが目で追っているんじゃない。俺の動きを風で感知した風の大精霊による防御機能みたいなものか)

 


「大したもんだ」



 大精霊の性質を知っているがため、大精霊ではなくそれを制御しているミティスに感嘆する。それゆえ心からの賛辞であった。



「なら肉弾戦はやめにしよう」



 そういってレイドはこの勝負が始まって初めてその場から動き出した。


 

 

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