第208話 開闢の宙2

 時は遡る。


 

 魔大陸にある唯一の迷宮深淵洞穴ムルクミス。

 その最深部、迷宮の主が本来いる場所に別の物が横たわっている。



 天龍エヴァンジル。具体的に言えばその死体があった。




「ファマトラ。これは……」



 元々ファマトラが地下で何かやっているのをカリオンは知っていた。だが年々膨れ上がる魔力に違和感を感じ、ファマトラに無断でカリオンはここへ侵入したのだ。そしてそれを見つけた。



「おや、参ったね。もう少し内緒にするつもりだったんだけど。まあこいつの魔力を抑える事が出来なくなってたし、そろそろ頃合いだったかなぁ」


 にやにやと笑うファマトラにカリオンは尋ねた。


「なぜこれがここにある。天龍は勇者が殺したはず」

「ああ。そうだよ。だから海へ落ちた後に僕が回収したんだ。もっとも僕が回収した時は頭部と心臓の一部しか残ってなかったんだけどさ」

 


 言っていることは分かる。だがそれでも目の前の事実がカリオンは信じられなかった。



「死体なのか? ならこの魔力は――」

「ああ。死体だよ。僕が色々弄繰り回して復元してるんだ」

「馬鹿な。仮に身体が復元できたとしても死体は死体だろう?」

「ああ。そのはずなんだけど古の龍ってのはとんでもないね。身体を作り、ある程度再生させた頃に心臓が動き始めたんだ。後は切っ掛けがあれば起きるはずさ」



 そう目を輝かせ悦に浸っているファマトラが不気味に見えてカリオンは仕方がなかった。



「なぁカリオン。もうすぐ魔王の力が継承されるだろ?」

「ああ。そうだ」

「順当にいけば君が魔王陛下の力を継承するだろう。なあその時頼みたい事があるんだ」



 そこまで言えばこの男が何を言いたいのかカリオンには理解出来た。



「こいつに魔力を注ぎ込んで起こそうって事か?」

「そうだよ! 色々改造したせいか起きるための魔力がいまだに足りないみたいなんだ。なあにちょっと魔力を注ぎ込んで目覚める切っ掛けさえ作れば、後は勝手に食事を始めるとも!」


 両手を振りかざし、まるで踊るように動きながら笑っている。



「却下だ。ここでこの天龍が目を覚ませば真っ先に我ら魔人が食われてしまう。私はあの妙な言い伝えを信じているほどおめでたくない」

「はっはっは! あの1つになれるって奴だよね。まぁ魔力になってこいつの腹に収まることを差すならあながち間違いとも言いにくいけどねぇ。でも安心してくれよ。考えがあるんだ」



 そういってファマトラは壁にある本棚からいくつか古い書物のような物を取り出した。



「これは?」

「陛下が持っていた魔法書だよ。これに天外魔法に関する記述がかかれている。苦労したんだよ? 陛下の宝物庫って妙に強い門番がいるから侵入するのに5年以上かかってしまったよ」

「天外魔法だと!」



 カリオンの父であるオルダートが研究していた属性魔法とは異なる失われた魔法。まさかその書物が目の前にあるとはカリオンも信じられなかった。



「適正のある魔人の子を探そう。この中に時魔法っていうのがあってね。これを使ってこの魔大陸すべての時間を固定してしまえば、僕たちは無事だ。むしろ解き放たれた天龍は、餌を求めて外へ行くだろう。そうすれば君の大嫌いな人間を天龍は今度こそ滅ぼしてくれるんじゃない?」

「人間か……」



 そう言われカリオンは唇を噛む。



(そうだ。我ら魔人の運命を変えるため、力を得たら今度こそ人間を滅ぼさなければならない)



「でも人間もしぶとい。魔王となった君がどれ程強くなったとしてもこの世界にいる全部の人間を殺して回るのはほぼ不可能だと思う。99%くらいは滅ぼせると思うけど、1%が残る可能性がどうしてもある。でもこの力の継承のシステムを考えれば次を与えちゃだめだ」


 ニヤニヤと笑いながらカリオンを見ているファマトラを、忌々しく睨み返した。



「その通りだ。次の勇者が誕生すれば、今度は我らが同じ目に遭う。確実に滅ぼさなければならない」

「そう! そのためのこの天龍だ。僕が改造してこの子はほぼ無尽蔵に魔力を吸い上げる、まさに災害のような力になる予定だ。僕の計算だと1年。1年で僕ら以外の生物は死に絶える。その後にゆっくり作ればいい。僕たちだけの世界を!」

「だが、すべてを食い尽くした天龍の始末はどうする? 人間を殺したとしても天龍が残っているなら次の餌は我らだぞ」


 当然の疑問だ。仮に時間を固定したとしても無尽蔵に星を喰らう龍をどうするつもりなのかと。



「ああ。それも当然対策してる。この天龍の心臓に仕掛けをしていてね。動き始めてからおおよそ1年。その程度でこの心臓は天龍の力に耐えられなくなる計算だ。だから、念のため2年くらいここの時間を止めれば勝手に死んでいるはずだよ」

「そもそも2年も時を止められるのか?」

「そこは訓練次第じゃないかな? 一応ざっと魔法書に目を通したけど一度固定化してしまえば魔力尽きるまで維持できるみたいだね。だから君には天龍を起こしたら、この時魔法の使い手の子に魔力供給をしてもらうよ」


 

 楽しそうに話すファマトラだったが、どう考えても無茶だとカリオンは思った。この計画通りなら時魔法の使い手は2年間1人で魔法を維持する必要がある。現実的とは思えない。



「――やはり却下だ。リスクしか感じない。いいかファマトラ。私の指示を無視して天龍を起こすなよ?」

「えぇー楽しそうだろ? 何がだめなんだい?」

「全部だ。どれだけ父上の力を継承できるか分からないが、現実的とは言い難い。予定通り勇者を生け捕りにし、それ以外の人類を殺す。勇者が最後の1人になったと確信した所で勇者を始末して終了だ。いいな?」





 そう言葉を残し後にした。ファマトラから受け取った魔法書を魔人たちに渡し適正があったものを鍛える。そうして約束の時が来た。だが――。





「む? 何か妙に力が湧いてくるな? なあカリオンこれってなんだと思う?」




 魔王の力はデュマーナに授けらえた。






「くそ! 何故、何故何故何故!! 何故私じゃない! なぜ寄りによってあいつなんだ!!」



 自室で防音の結界を張りカリオンは声を荒げた。魔王の息子として、いや次代の魔王として振舞いや言動には細心の注意を払い、皆の信頼を集めていた。



「何故よりによってデュマーナなのだ! あいつは……!」



 デュマーナは魔人の中でも異端だ。魔人が持つべき人類への憎しみが非常に薄い。表向き人間は屑だと言っているが、あれは周りと合せているだけだ。恐らく魔人と人間の因縁に、この運命をかけた戦いにもっとも興味がない魔人。




「荒れてるねぇ。大丈夫かいカリオン」

「今は独りにしろ!」

「まあまあ。それより作戦を変えた方がいい。これは提案なんだけどデュマーナにはクリスユラスカ大陸の殲滅をやらせよう」

「……何故だ」

「簡単だ。あそこは世界で唯一魔人を奴隷として扱っている大陸だ。あそこを見れば否応がなく人間がどれだけ悪なのか理解できるだろう?」



 ファマトラの提案はカリオンも納得できるものだった。まずデュマーナに人間への憎悪を持って貰わなければならない。そうでなければこの戦いの本質を見失ってしまう。



「あと、神官を隔離させたよ」

「神官? なぜだ」

「さあね。ただ神のお告げでデュマーナへ幾つか神託が届いたらしいんだけど、何故か人間をすべて殺すなとか、少し休めとか意味の分からない事を言い始めたんだよね」

「なんだそれは――」



 休めの意味は分からない。だが人間を殺すなとはどういう意味か。魔人の神が何故そんな事を言うのかと疑問が湧くカリオン。


「とりあえず接触は避けるべきだろうからね。後はどうする? 一応彼女が魔王になってしまったが今回の作戦参謀は君だろう」

「――レヌラ、キノルを外へ出し、天外魔法の訓練を急がせろ。特にレヌラだ。奴の時魔法は重要なカギになる」



 カリオンの言葉にファマトラは笑みを浮かべた。



「おや、という事はいいんだね?」

「――ああ。もう全部がどうでもよくなった。精々利用させてもらうさ、なあ魔王デュマーナ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る