第169話 狂乱水城のルクテュレア4

「すごい、本当に綺麗な所ですね!」


 珍しく感情的になり、感動を露にしている少女が湖の畔を歩いていた。幼さが残る容姿に分厚いローブと杖を持っており、背負っている鞄の位置を直しながら目の前の光景を見て思わず言葉を零していた。



「綺麗な街だろ」

「はい。私たちがいた世界にも似たような作りの街はありましたけど、湖の上に街があるなんて凄い映画みたいです」



 少し頬を赤くしながら興奮した面持ちで目の前の絶景を見て、その後少し肩を落とした。


「どうしたんだい、りこちゃん」

「い、いえ。何でもないですリオド様。ただスマホあったらな……って思って」

「様は禁止だって言っただろ。悪目立ちは避けたいからね」

「あ、そうですね。ごめんなさい、リオドさん」

「それでスマホってあの写真が撮れるあの魔道具だよな。確か魔力じゃなくて電力が切れてるんだっけ?」

「はい。そうなんです。一度ミティス様に充電をお願いしようかと思ったんですが……」


 そう言ってりこは自分のスマホを持って行った事を思い出す。スマホを見せた所かなり精密な機械という事と、ミティス自身がどれだけ魔力を最小限に抑えてもスマホを壊してしまうという結論になり充電は完全に諦めたのだ。


「一応帝都にも写真が撮れる魔道具はあるにはあるがな……」

「あれ、かなり大きいんですよね。とても持ち運べるような物では――」


 帝国には写真を撮れることが出来る、魔道具は存在している。元々かなり技術力が高い国のため、リコは最初それを見た時は普通に驚いた。勝手に異世界は日本よりも技術が劣っていると思っていたからだ。だが帝都で約5年暮らすようになってその考えも既に変わっている。魔法という日本に、いや地球には存在しなかった力を元に技術力が開発されたために、魔道具を用いた形で地球にもあるような家電製品に近いものが大量にあるのだ。ただ違う点は地球では主にそれを小型化する方向で技術が発展されていく中で、この世界ではその概念がほとんどないという点だ。

 理由に関しても大よそ考えられる。それは地球と比べこの世界では交通機関がまったく発展していない。その最たる理由は魔物の存在だろう。だからほとんどの住民は自国での生活で完結している。だから持ち運ぶという事をしない。通信用の魔道具は小型化されているが、スマホのようにそれ以外の機能がある訳でもなく、本当にただ連絡をするためだけの道具として完成されてしまっている。そういった理由などもあり、娯楽目的に近い魔道具は殆どが、サイズが大きいものが多いのだ。

 

 

「この辺りは魔物の気配もないですが、それも例の守護龍のお陰なんですよね?」

「ああ。そうだな。もっとも、ケスカに侵略されている現状その守護龍もどうなっているか分からんが……。りこちゃん。もう一度確認する。今回の任務における最優先事項は何だい?」

「はい。極点式四方結界術の核を破壊する事です」

「そうだな。相手は不死の魔人だ。まともに戦って勝てる相手じゃない。だからメインは俺、りこちゃんはサポーターって割り振りで行くよ」

 

 今回の任務は不安要素が多いとリコは聞いている。あの美しい都市は既にケスカの手に落ちており、住民は洗脳状態にあるという報告が来ている。ただ完全に操られているという訳ではないらしく、今だ帝国の諜報部隊が潜伏出来ている所を見ると潜入自体は難しくないという考えだ。



「潜入方法はどうするんですか?」

「それは単純だな。報告によると街の入り口の門は閉じているらしいがただ鉄格子が降りているだけらしいんだ。だから転移魔法で簡単に侵入出来るだろうね」

「うげ……転移魔法ですか」

「あれりこちゃん。転移魔法使えたよね?」

「はい――使えはするんですが、なんていうかちょっと苦手なんです」

「そうなのか? まあ高等魔法ではあるからな」

「あ、いえ。それもあるんですが……」


 そうリオドがいうがそれでも少し苦い顔をしているリコ。目的へ歩きながらリオドは理由を尋ねた。


「他に何か理由あるのか?」

「そうですね。まあ笑い話だと思って聞いて下さい。私たちの世界にある有名な話でテセウスの船のパラドックスっていうものがあるんです」

「ふーん。何だいそれ?」

「はい。簡単に言いますと、リオドさんが船を持っていたとします。その船は長い航海でパーツが痛んできており、そのたびに新しいパーツへ差し替えていきました。そうしていくうちに、ほぼすべてのパーツが完全に差し変わった船となっていったとします。見た目は同じですが使っている元々のパーツは1つもありません。さてこの状態でこの船がリオドさんの最初に乗っていた船と同じだと言えるでしょうか。というお話ですね」


 

 リコがそういうとリオドは顎に手を当てて考える仕草をする。


 

「なるほどね。構成していた部品がすべて変わっても同じ船だと言えるかどうかって話か。まあでも見た目も一緒で同じ船なんだったらそりゃ俺の船って言えるんじゃないか?」

「では、差し替えた元々のパーツがすべて残っていて、航海の記念として痛んでいたパーツをすべて使い、まったく同じ船を作ったとしましょう。形は一緒、使っていたパーツも本来のリオドさんの船の物とまったく同じ。その古い痛んだ船と、パーツを差し替えた新しい船。どちらがリオドさんの乗っていた船なんでしょうか」

「む。なるほど。そうきたか……」

「こういった提示された前提だけは正しく聞こえてもそこから出される結果が受け入れにくいお話をパラドックスっていうんですよ」

「なるほどね。それで転移魔法とどういう繋がりがあるんだ?」


 隣を歩くリオドの顔を見上げながら少し複雑な表情でリコは答えた。


「転移魔法は一度私たちの身体を魔力へ変換して、そこからその魔力を移動させる技術です。長距離転移の場合は魔力を送る先の目印が必要になりますし、短距離転移なら見える場所ならどこへでも移動が可能ですよね。さっきの話と似たようなものです。一度魔力へ身体を変換して再構成するとき私たちは意識を失っています。それって魔力に変換した瞬間、私たちは一度死んでいるのと何が違うのかなって思っちゃうんです」

「そうか? 転移魔法の失敗で死亡した例はほとんどないぞ。あっても構成中に異物が挟まりこんで大けがをしたって話くらいだろう。いやまあ異物が入る場所によっては死亡する例もまれにあるみたいだが――そもそも身体を長時間魔力化させることはできないから勝手に戻ってしまうしな」

「ええ。そうですね。多分しっかり使えば安全なんだろうなっていうのは分かるんです。ただ、私って前の世界でもこういう変な知識を身につけるのが好きだったのでどうしても余計な事を考えちゃうんですよね」


 そう話している内に問題の門まで辿り着いた。冷たい鉄格子に触れリコは内心ため息を吐く。


「報告通り誰もいないな。――どうする俺が抱えてこの門を飛んでもいいぞ?」

「大丈夫です。さあ、行きましょう」

「……そうだな」


 


 

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