第168話 狂乱水城のルクテュレア3

「本当に街の中に水路が沢山あるんだな」

「ああ。確か元々小さい島みたいな土地を初代領主が発展させていったらしい。その時に埋め立てとかで拡張しながら広げて行ったそうだ。その影響で少し歪な街の構造になってるらしくてな」

「それがこの街を張り巡られている水路なのか?」

「らしいぞ」


 日本のように転落防止の柵もなくまるで蜘蛛の巣のように水路がある。よく見ると建物の玄関はすべて階段を上った所にあるようだ。おそらく雨などが長く振ると水位が多少上がったりするのかもしれないな。


「おっと、気を付けろ兄ちゃん」

「すまない!」


 道中人とぶつかる。何故か片手に木のコップを持ったおっさんであった。昼間から酒でも飲んでるのか?


「はっはっは。前をみないからぶつかるんだぞ」

「――ああ。そうだな。気を付けるよ」


 

 住民の体内に魔物はいなかった。一瞬の接触しかできなかったが少なくとも間違いはないだろう。フルニクだけがだったと考えるべきか。街の様子を見るにあの無機質な雰囲気は感じない。皆が笑顔を浮かべ楽しそうに談笑しながら食事や酒を楽しんでいるようだ。



「なあ。腹減らないか?」

「だが金がない」

「あれは? 冒険者って奴になれば魔物を売っても面倒はないんだろ?」

「そのためのギルドがないんだ。この周辺はそもそも魔物が少ないし、ギルドを作るうまみもない。それに確か景観が崩れるとかって理由であんまり冒険者を増やさないための一環らしいな」


 まあわからんでもない。どうしても粗暴な輩が多くなるし、景観が美しく観光客も多い、しかも魔物被害もほとんどないって事だ。わざわざ冒険者ギルドが必要とは思えないのもうなずける。


「ぬぅ。小腹減ったな……。何か甘い物が食べたいな……」


 そういいながらチラチラこちらを見てくる。だったら渡してやったポッキーを喰えばいいだろうに。


「もうあと5本くらいしかないんだ。なあどうだ? こんな哀れなワタシにポッキーを恵んでくれんか?」

「だが、断る」

「イサミのケチンボ!!」


 そんなやり取りをしながら歩いていると少し広い広場にたどり着いた。円状に広がった広場でそこを囲むように店なども並んでいる。広場の中心には大きな噴水がありその周囲は人で溢れていた。


「おおー。人が多いな」

「そうだな、でも何か変じゃないか」



 小さい違和感を感じる。一見人々が楽しそうに噴水の周りで談笑しているだけのようにも見える。だがそれにしても広場にいる人の数が異常だ。通常であれば観光客だとも思うだろう。だが街の入り口の様子を見るに現状観光客がいるとは思えない。であればここにいるのは元々ここに住んでいる町民という事になる。

 別に町民がこの広場にいる事がおかしい訳じゃない。住んでいるんだ。当然広場に行く人もいるだろう。だがこの人口密度はどうだ。何か特別な催し物がある訳でもなさそうだというのに、ここまで人が集まるのは少し違和感がある。



「なあ」

「どうしたネム」

「何かみんな飲んでないか?」

「――確かに。あれは……噴水の水か」


 

 よく見ると噴水の近くにいる人々の片手にコップが握られている。みんな酒を飲んでいるのかと思っていたら、1人の男が噴水の水をコップですくっている。いや1人だけではない、よくよく観察すると皆が噴水から水をすくって飲んでいるようだ。



「なあ。何で噴水の水を飲んでるんだ?」

「ん? なんだお嬢ちゃんこの辺じゃみないな」



 何をしているんだあやつは。いつのまにか傍にいたネムが噴水の周囲へ移動して水を飲んでいる男に声をかけている。自分が魔人だって事を忘れてるんじゃないだろうか。



「ああ。綺麗だったから遊びにきたんだ!」

「そうか、そうか。観光客か。最近物騒だから減っちまったと思ったけど、少しでもあんたみたいにこの街を知ってもらえるとうれしいねぇ」

「それで、何で水を飲んでるんだ?」

「おっと、そうだったな。ここはティルワスの泉って場所でな。ほらあれを見て見ろ」


 そういって男が指さすのは噴水の水が排出される場所だ。龍を模した石像が大きな口を開き上を向いている。


「ドラゴンだな」

「そうさ。あれはこのルクテュレアの守護龍でもあるティルワス様をイメージして造られたんだ」

「なるほど、それでティルワスの泉って名前なのか!」

「ああ。ここと同じ噴水がこの街にはいたるところにあってな。ティルワスの水を飲むと不老長寿になるって言い伝えがあるんだよ」



 ああ。なるほど。よくある都市伝説みたいなものか。地球ならあるあるだなで片付くがここは本当に水龍がいるらしいから信憑性も高いのだろう。



「それでみんな飲んでるのか」

「ああ、そうさ。嬢ちゃんも一杯どうだ?」

「おお! 飲んでいいのか!?」

「もちろんさ」

「おーい! イサミ! 何かすごい水飲ませてくれるって!」



 そう言って手を振っているネムを見て小さくため息を吐く。今度から目立つなと言った方がいいだろう。下手すれば簡単に幻術が解けるんだ。出来るだけ人混みは避けた方がいいっていうのに。っていうか何で俺があいつの心配をせにゃならんのだ。

 



「連れがすみません」

「お、兄ちゃんも観光客か? 構わんさ。ぜひ飲んでいきな。美味いぞー」


 そういうと近くの店から手際よくコップを2つ持ってきたおっちゃん。その店にも軽く頭を下げとりあえずさっさと水を飲んでここから離れよう。受け取ったコップを持って噴水の近くまで移動する。するとわざわざ周囲にいた人が道を開けてくれた。皆が笑顔を向けており、俺とネムが水を飲みやすく場所を空けてくれたのだ。随分陽気というか、何と言うか。親切心の塊みたいなもんなのだろうか。


「早く飲もう!」

「ああ。そうだな」



 2人で一緒に噴水から水を汲み一緒に口の中に入れ――。




「ごほッ! まっず!?」

「なんじゃこりゃ――」




 2人とも。美味い不味い以前の問題だ。明らかに水ではない。触れただけでは分からなかったが、口の中に入れて確信した。



「ごほッ、ごほッ! 酷い味だ。生臭いというか、なんというか。これならさっきまでいた場所の湖の方がよっぽど美味かったぞ!」


 拙い。この馬鹿ネムは恐ろしく単純な女だ。空気を読むという事を知らない。こんな町民が多い中で、しかも美味いから飲めと言われて飲んだものに対してそこまで暴言を吐くことなんぞ俺ですらできんぞ? 

 すぐに周囲に視線を向ける。さぞ怒っているだろうと思って顔を上げて――困惑した。あれだけ笑顔だった町民たちが全員無表情になりこちらを見ている。いやよく見ると小声で何か言っているようだ。



「――神聖なを零した」

「ありがたい水を不味いだって」

「生臭いとは、なんて罰当たりな」



 無表情だった人々の顔が少しずつ怒りに染まっていくのがわかる。震えていた手が段々と拳を握り、眉が下がり優しそうに笑っていた顔が、眉が上がり、憤怒のような表情へ変わっている。

 膨れ上がる魔力を感じそちらを見る。無邪気な子供のようだったネムの顔が、まるで氷のような冷たいものに変わっている。間違いない、住民たちの殺気に当てられて殺そうとしているのか。そうだ、子供みたいに見えるがこいつは魔人。人間と敵対している存在だ。だが――。



「ネムッ! !」

「ッ! む、そうだったな」

「一度逃げるぞ」

「仕方ない! イサミとの約束だしな。今日は逃げるとするか。よし目くらましをしてやろう」




 そういってネムは魔法を放った。




 周囲が完全な暗闇に落ちる。夜になった? いや月明りさえ見えない完全なる闇。まるで何もかもが消えてしまったかのような完全なる闇で覆われた。


「なんだ。目が見えなくなったぞ?」

「あの2人の魔法か!?」



 目が見えなくなったというより周囲の光が完全に飲み込まれ何も映らなくなったという方が正しい気がする。いや考察は後だ。まずはこの場を離れよう。










「さて、もう魔法は解除して言い頃合いかな」


 ワタシはあの広場一帯を覆った魔法を解除した。最初人間の殺気を感じつい反射的に殺そうとしてしまったが、イサミに止められてしまった。仕方ない。しばらくの間、あの約束は守ろうと自分自身でも決めたのだ。流石にいきなり破る訳にもいかない。


「それでどうするのだ?」


 そう言葉を零した所で気が付いた。近くにイサミがいない。どうやらあの時同時に広場から離れたために互いに別方向へ逃げてしまったようだった。追いかけようかと一瞬考えるが折角だし自由に色々見て回ろう。このルクテュレアは随分広いようだしきっとワタシの知らない景色がいっぱいあるに違いない。

 ずっと長い間を森と洞窟で過ごしてからこういう場所は全部が新鮮だ。もともと人間が作る建物なんかも最初は嫌いだと思っていたが、色々見ていく中がでそう悪いものでもないと思うようにはなってきている。最終的に建物はそのまま利用する形で人間だけを殺す方向に考えてもいいんじゃないかとさえ思った。


 ただ同時に思う。こうした一緒に行動しているがいつかイサミも手にかけなければならない日が来てしまう。出来ればカリオンに1人だけでも生き残りを作れないか交渉してみようかとも思うが、元々作戦当初から最後に殺すのは勇者だと決まっている。勇者を最後に殺す事によってもう勇者が誕生しない世の中にしようという計画なのだ。


「考えるのはよそう……なんだか苦しくなる」


 そう思い路地の角を曲がった。



「おっと」

「ぬ?」


 

 油断、いや油断ともいえない。単純に呆けていたため、曲がり角で誰かとぶつかってしまう。


「すまない。大丈夫かいお嬢さん」

「もうリオドさん。ちゃんと前見ないからですよ」

「だから謝ってるじゃないか。リコちゃん」


 2人組の男女のようだ。ラフな格好だが2人共隙が無い。手練れの冒険者という奴だろうか。



「ワタシは大丈夫だよ。気にしないでくれ。こちらこそ考え事をしていて悪かったな」



 そういって踵を返した。あまり長く話さない方がいいだろうと思ったからだ。そうして数歩歩いた後、風が吹いた。ローブが波打ち、赤い髪が風でなびく。何も知らない人々が見ればいきなり突風が吹いたように見えただろう。だが実際は違う。これは魔力をただ押し流したものだ。



「なあ。お嬢さん。幻術まで使って隠したその耳と肌。ちーっと詳しく話を聞かせて貰えないかね?」


 

 振り返りながら考える。さて、どうしたものかと。

 

 

 

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