第170話 狂乱水城のルクテュレア5
「こりゃ……なるほど。確かにおかしいな」
リコは初めて来た街のため分からなかったが、過去何度も訪れていたリオドからするとどう見ても街の様子はおかしいと感じているようだ。
「細かい部分なんだけどな。例えばほら、あそこの店」
リオドが視線を向けた場所をリコも見る。2件並んだ店だ。外食店のようで似たようなデザインの椅子とテーブルが外に並んでおり、何人かの人が美味しそうに食事をしている。
「あれがなんですか」
「あそこの2件の店はこの街だと有名なアボロ兄弟の店なんだ」
「へえ。兄弟でお店をそれぞれ経営しているんですか」
「ああ。ほら2人並んで話している男がいるだろう?」
白いエプロンを着た2人の男性が仲良さそうに話している。手にはコップを持っており何か飲みながら話しているようだ。
「ええ。仲良さそうなご兄弟なんですね」
「……あそこのアボロ兄弟はびっくりするくらい
「え? とてもそんな風には……」
2人とも満面の笑みを浮かべ楽しそうに談笑しているようにしか見えない。
「あそこだけじゃない。周りを見て見ろ。どういう訳か全員笑顔を浮かべているだろう。恐らくだがこの街の全員が笑ってるんじゃないかね。それくらいの不自然さを感じる」
「ではやはり?」
「ああ。間違いない、確実に洗脳されている。とりあえず情報にあったティルワスの泉を見て見るか」
「わかりました」
諜報部隊からの報告によればこの街に複数あるティルワスの泉にてその場所の水を町民たちがいつも美味しそうに飲んでいるという事であった。そのため街に入る前から2人は既にその泉の水が怪しいと当たりを付けている。
人混みを避けながら通りを歩いていると大きな広場に出た。中央に龍を模した噴水がありその周辺に人々が集まっている様子だ。2人はそのまま噴水に近づき問題の水を見た。
「どうですか」
周囲を警戒して小声でリオドへリコは質問を投げた。
「そうさね。触れるか何かしないと分からんな」
そう言ってリオドが泉の水に手を伸ばそうとした瞬間、その腕を近くにいた男に掴まれた。
「おい。あんた何してんだ」
「おっとすまない! 綺麗な水だったんで思わず触ろうとしちまったんだ!」
リオドはお道化た様子でその男を見た。見た所特に訓練されているような人物ではなく普通の住民のようではある。
「もしかして触っちゃだめだったかい?」
「当たり前だ。これはみんなの飲み水なんだぜ? 手を洗いたかったら別の場所に行きなよ」
「そりゃ悪かったよ」
目じりを下げ、平謝りするリオドを見て男はようやく腕を離した。
「まったく。見た所観光客って所か? ならここの水を飲んでいけよ」
そういうと持っているコップの水を飲み干し、泉の水をすくってリオドへ差し出した。
「――いや。今は喉が渇いてないんだ。また後で飲ませてくれ」
「大丈夫さ。この水はいくらでも飲めるんだぜ」
「ははは。大丈夫さ、親切にありがとよ。――おっと、約束の時間だ。じゃまたな」
そういうと一瞬リオドがリコに視線を送る。瞬きで返事をして2人はその場からすぐに離れた。無言で歩いてその場を離れて歩く。通りから外れ、水路を飛び越え、しばらくしてからようやく足を止めた。
「まいたか」
「はい。付けている様子はありません」
「ふむ。ちょっと待ってくれ」
リオドはそういうと近くの水路まで行き、膝を付いて手を伸ばす。透明な水をさらうように手で触れて持ち上げた。
「どうですか?」
「いや普通の水みたいだな。ってことはあの泉の水がおかしいのか……」
そう独り言のように言葉を零すリオド。いまだ濡れている手を振って水滴を飛ばしまた歩き始めた。リコはそれに続くように歩いていく。
「念のためここで飲食はしない方がいいな。水は最悪りこちゃんの魔法で作った水で代用するか」
「わかりました。これからどうします?」
「そうだな。出来ればあの泉の水を調べてみたい。とりあえず夜まで――ッ!」
「ッ!? リオドさん!」
2人は魔力の波を感じ取った。距離は近い、間違いなく街の中で強い魔法を放った人物がいると確信できる程だ。
リオドは考える。この街は完全にケスカの手によって支配されていると見て間違いない。そんな街の中で魔法をぶっぱなす奴がいるだろうか。考えられる可能性がいくつかある。
1つはケスカ達が動き始めたという事。恐らく街を支配して終わりという訳ではないはず。必ず次の段階があるはずだ。だからあの魔法はその次の段階へ移行したという合図なのではないかという事だ。
2つはただの喧嘩もしくは事件という線だがこれはないだろう。もれなく洗脳状態であるなら争う理由もないはずだ。
3つ目は自分たちと同じく街に潜入した何者かという線。これに関しては想像もつかないが上手く使えば陽動になるかもしれないという期待値もある。
「とりあえず様子を見に行くぞ」
「はい!」
歩きながら考えを整理するリオド。発せられた魔力から相手の実力は分からない。だがそれなりに目立つような魔法を使った以上、もし3つ目の考え通りならケスカ達が動くはずだ。さてどう動いたものか……そう思案していると誰かとぶつかってしまった。
「おっと」
「ぬ?」
漆黒のローブを羽織っている女性だ。腰まで伸びている赤い髪。年齢は10代後半、いや20代程度だろうか。
「すまない。大丈夫かいお嬢さん」
「もうリオドさん。ちゃんと前見ないからですよ」
「だから謝ってるじゃないか。リコちゃん」
三文芝居のようなやり取りをしながらリオドは思考を巡らせる。
(油断はしていなかった。十分警戒していたはずだ。だというのに曲がり角から現れるこの女に気付けなかっただと?)
ただ者ではない。そう確信しながらも出来るだけ違和感がないように注意する。そしてぶつかった瞬間を思い出して、この女は何か幻術魔法、もしくはそれに類する魔道具をしようして容姿を変えているという事に気付く。
「ワタシは大丈夫だよ。気にしないでくれ。こちらこそ考え事をしていて悪かったな」
そういうと女は足早にその場を立ち去ろうと背中を見せた。その背中を見ながらリオドは思考を巡らせる。相手の正体はわかった。ではなぜここにいるのかという事になる。恐らくあの女はケスカの部下、もしくは使徒ではないだろうか。以前遭遇したオルデナレニア大森林で遭遇しそうになった使徒を思い出す。あのレベルなら十分に勝機はある。見逃すべきかと考えたが先ほどの魔力、それから遭遇したこの魔人。その結果から考えると何か動きがある前に、各個撃破出来るいま使徒を叩くべきだ。右手より僅かに纏った魔力を放出する。威力はない。ただ魔力を放出しただけに過ぎないそよ風のようなものだろう。だが、幻術を乱すには十分だ。
「なあ。お嬢さん。幻術まで使って隠したその耳と肌。ちーっと詳しく話を聞かせて貰えないかね?」
露になった褐色の肌に尖った耳。間違いなく魔人の特徴を有している女を見てリオドとリコは戦闘態勢に入った。
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