第158話 存在模倣のフルニク3

「――お前誰だ」


 俺がそういうと後ろで黙って飯を食っていた冒険者たちが、立ち上がったのが気配で分かる。しかしそれを無視して目の前のナニカに言葉を投げかけた。



「ザズの記憶がない所を見ると操られているっていうより、擬態してるって感じか。その割に随分下手な擬態だが」

「何を言っている。意味の分からない事で騒ぐのはやめて貰おうか」


 焦っている様子はない。変わらず無機質な言葉だけを話している。ここまでくると決まりだな。目の前にいる奴は少なくとも俺の知っているザズではない。いやザズに擬態しているナニカって感じだ。。それが次の疑問だ。


 無言で近づきナイフを突き出してくる男を躱す。そのまま突き出された腕を掴み関節を固める。


「おい、手を放せ」


 痛がっている様子がない。試しにそのまま折ることにした。



 ポキっという枝を折ったような音が響くが男が苦しんだ様子もない。痛みを感じていないのか。それともその程度では痛みにならないのか。色々試してみるか。腕を折った男を掴み別の男に投げる。大男が宙を舞うように投げ飛ばされ、テーブルやその上の料理をまき散らしながら別の冒険者を巻き込んで倒れる。その一瞬の隙に残りの男に接近し、テーブルの上に置かれている切れ味が悪そうな粗末なナイフを掴み男の肩を刺した。



「ぐあああああ」



 なるほど、痛みを感じないわけじゃないか。苦悶するように大きく開いた口も確認した。ならばと刺したナイフに力を込め、刺した状態のまま身体を引き裂いた。男の叫び声と共に血が噴き出す。その血を見て俺は驚愕と共に全てを察した。



 縦に切り裂かれた男の傷口はひどく、重傷と言えるだろう。胸まで切り裂かれ、身体の中まで見えている。――そうまき散らし、切り裂かれた胸の中

 



 ギルドの件を考えてフルニクの住民は全員死んでいる可能性が高い。こことギルドだけとは考えにくいだろう。そしてこの得体のしれないナニカに乗っ取られた。魔力自体は微弱。感じる気配も人間のそれと変わりない。だが今切り裂いた箇所から漏れ出る魔力は魔物のそれと非常に酷似している。そこから考えるに……。




「ここの住民の皮を被ってるって所か……悪趣味にも程がある」



 先ほど腕を折って投げ飛ばした男が起き上がり始めた。様子を見ると折れた腕が回復している。よく見れば先ほど切り裂いた男の傷も少しずつ回復している様子だ。人間の皮を被り擬態する魔物なんて見た事がない。俺の知らない魔物か、それとも別の要因によるものか。

 いや考えるまでもない。こいつらは言っていた。勇者を探していると。勇者を探す魔物なんていやしない。ならこれは――

 最初はケスカ辺りがやった吸血による眷属化かと思った。だから牙を確認するため、少々強引に口を開けさせるためナイフを刺してみたが牙がない。となるとまた何か別の能力を持った魔人がいるという事になる。


 俺は歩き始めた。もうここに用はない。正体がバレ、逃げると勘違いされたのだろうか。冒険者ギルドとは違いそれぞれ武器を片手に迫ってくる。先ほどまでカウンターにいたあいつも同様だ。違う点としてはもう1つ。今度は殺気を感じる。なるほど完全に無感情という訳ではないか。だが――。


 足を前に出す。床を踏みしめもう片方の足が前に進むため一瞬床から離れる。その一瞬の間に、この店を一瞬の光が包む。宙に浮いた足が床につく。その瞬間、幾重にも切り刻まれた魔物の死体が床を汚した。




「――すまない、ザズ。お前の店の床を汚してしまったよ」

 




 この街に何があったか調べる方法がない。俺の予想だとこの街に無事な人間はいないのではないかと思う。恐らく魔人の襲撃があったのは間違いない。さっきの例を考えるにこの街で姿を見かけない奴は無事と考えるべきかもしれないな。

 拳を握る。正直この世界に未練なんてない。ここに来たのもいやいやだ。だからさっさと魔王だけ倒して地球へ帰るつもりだった。しかし……。



 周囲を見る。全部ではないがここは何度も通った店もあるし、それなりに仲良くなった奴だっている。もちろん嫌いな奴の方が大多数だが今振り返れば、それさえ懐かしい思い出だ。



「予定変更だな。魔王だけじゃない。魔王に与する魔人も仕留めるか」



 魔人にだって事情があるのは知っている。向こうからすれば人間なんて自分たちを攻め滅ぼそうとする悪でしかないだろう。当然中には戦うのが嫌な魔人だっている。だから偽善だと分かっていても積極的に戦おうとする魔人以外は手にかけてこなかった。

 だけどだ。俺が今感じている怒りが身勝手な物だってわかっている。やったらやり返されるんだ。そんな当たり前の事は分かっている、今回天秤の傾きが人間側に落ちただけの話だ。それでも――許せないものはある。



「どこのどいつか知らないが、だけは必ず殺してやる」



 俺はそう言葉を零しながら街の中を歩いた。目的地はいくつかある。まず冒険者ギルド。もう一度行ってあいつらの血を確認する。間違いないと思うが念のためだ。今回のこの擬態する魔物の厄介な点は直接話すか血を見るまで人間か、魔物か分からないって点だ。魔力探知だけだと反応は人間のそれと変わらない。だからあの無機質な雰囲気を感じ取るか、血の色を見るしか見分ける方法がないというのが現状だ。

 最初は怒りに任せて魔力感知で引っ掛かる反応全部を殺そうかと思ったが一応思いとどまった。万が一という事もある。だからまず冒険者ギルドへ行く。少なくともあそこの連中は全員魔物と見て間違いないだろうからな。その次は城だ。フルニクのすぐ近くにあるエマテスベル城。城下町であるフルニクだけが被害を受けているとは考えにくい。恐らく城も同様の事が起きている可能性があると見ていいだろう。だから城を見て判断しよう。城まで同じように魔物の巣になっているならもうこの街に無事な人間はいないのだと。








「おやぁ――」


 とある部屋の一室で本を読んでいた1人の魔人が声を出した。白髪で少し年老いた魔人であり自身の髪と同じような色のローブを着ている。手に持っていた本を閉じ近くのテーブルの上に置かれていたグラスの酒を少し飲む。


「どうかされましたかファマトラ様」


 部屋の入口で立っている女性がその部屋の主人の異変に思わず問いかけた。普段から独り言が多い人であったが、今回は何か毛色が違ったように感じた。ファマトラが何か変な事をしようとする場合は必ず報告するようにと指示を受けていたそこの女性はそれとなく確認をする。



「いやね。ボクが作ったマネマネちゃん13号が一気に殺されちゃったんだよねぇ」


 マネマネちゃん13号。このふざけているようにしか思えない名前だが、その性能は驚異的な能力を保持している。生きている者、死んでいる者関係なく人間の体内に寄生し成長する改造された生命体。知性もそれなりにあり、宿主の性別、年齢を考慮した言動を放ち、周囲に溶け込む。戦闘能力自体、大したことはないが諜報活動に優れており、魔力による判別でも魔物と認識されないという性能を持っている。


「13号ですと、少々古い作品でしたでしょうか」

「そうそう! いいね! ちゃんと覚えてるじゃないか! マネマネちゃんの最新型は15号だからね。いいよ、いいよ。君もちゃんとボクの作品を理解しているじゃない!」


 今代の魔王直属配下であるトラディシオンの1人であるファマトラ。能力は非常に優れているがその性格は非常に難がある。ファマトラにとって他人は”自身の作品を理解できるかできないか”その二通りしかない。彼が今作っている作品の名前も何番目に作ったのかも、そしてその性能も理解を示さないものは容赦なく殺す。

 そのため、既に何人もの魔人がファマトラの手によって殺されている。理由は酷く拙いものだ。名前を間違えた。性能を間違えた。名前を侮辱した等々。そのためファマトラ付きのメイドにとって彼の作る作品をすべて覚える事は必須科目である。


「13号はどこに配属してたかな。――覚えてるかい?」


 ファマトラの鋭い視線がメイドを捕らえた。ここで間違えれば自分の首が飛ぶ。いや死ぬだけなら。前任のように人体実験の検体にされる可能性すらありうる。額に汗を滲ませ乾いた喉を酷使し言葉を絞り出す。



「――確かテセゲイト、キルシウム、フルニクの3カ所です」

「んーー正解だ! その通りだよ。いやよかった。本当に君は優秀だ。前の屑とは大違いだよ。さて今回壊されてしまった作品は全部で7体。テセゲイトは確かキノルが赴いてる場所だったよねぇ。あのクソガキがそれを見逃すとも思えないから一旦考えないとして……残りはキルシウムかフルニクのどっちかか。君はどっちだと思う? ああこれは間違えてもいいよ。ただの質問だ」


 メイドは必死に頭を回転させる。間違えてもいいと言われて信用できない。キルシウムは違うトラディシオンが実験に使っている街だ。そこで起きたとは考えられるだろうか。正直なんの実験をしているか情報なんて回ってこない。だからこれ以上の検討しようがないのだ。次はフルニク。ここは勇者を釣ろうと待ち構えている場所だったはず。いまだ勇者の居場所が突き止められていない以上、もしや勇者が戻ってきた可能性が考えられるか? 



「どうしたんだい。気軽に答えてくれよ」


 せかされている。もう考える時間はない。


「わ、私は――フルニクだと思います」

「ほお。その理由は?」

「はい、キルシウムはレヌラ様が大規模実験を行っている場所と伺っております。そこから考えるに、そこでファマトラ様の作品が破壊されたとは考えにくかとおもいました。フルニクは現在どのトラディシオンもいなかったと聞いておりますので、消去法でそこかと思いました」


 震える身体を必死に抑えながら自分の考えを話した。


「なるほどね。確かにそうだ。じゃとりあえず様子見でもしてみようか。もしフルニクならこの後も続くだろうからね。そうしたら城に置いてきたアレが迎撃するだろうしその反応を見てみようか」

「アレというのは暴犬1号ですか」

「はっはっは! いいね。うんうんよく覚えてるねぇ。やっぱり君はいいな」




 そのまま愉快そうな笑いが部屋に木霊し続けた。

 


 

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