第157話 存在模倣のフルニク2
こうして絡まれるという事態を受けて俺は様々な考えを巡らせていた。なぜこのような事態になっているのか、などといった考察ではない。単純に俺自身の心境の変化という奴だ。襲ってくる冒険者の数は9人。いや後ろの受付も数えると13人まで増えるだろうか。
「おい、大人しくしろ」
腰にぶら下げている厚みのある両刃剣を抜いてこちらに切りかかる男に対し僅かに回復した魔力を少しだけ使い、俺に迫ってくる刃を手刀で叩き折る。そして男の腕を掴み引き寄せ膝をみぞおちに叩きこみ、くの字に折れ頭が下がった所を狙い肘で後頭部を叩き昏倒させる。
魔法を使えば一瞬で殲滅出来る。それは間違いない。魔力が回復していないからか。いや誰に対する言い訳だろうか。俺自身が、自分の魔法に対する燃費の良さは誰よりも知っているのだ。一度魔法を発動させ閃光を放ち、相手の眼球を破壊する事なんて拳を振うよりも楽だというのに、何故かそれをしようと思わない。
以前ならこの程度の敵であろうと容赦をしなかったと思うのだが、相手を殺すという選択肢が今の俺の中になかったのは事実だ。
「随分丸くなったというか、なんというか」
そう言葉を零しながら前に進む。3人同時に襲ってくるようだ。だがわざわざ相手の動きを待つのも面倒だな。
ギルドの床を割るように足を踏み込み、加速する。そのままの速度で目の前の男に接近し、左手で装備を掴み、右手で防具越しに拳を捻じ込む。
「がぁぁ」
そのまま男をこちらに突進してくる男に向かって片手で放り投げ、身体を回転させながらもう1人の男の頭部を回し蹴りで吹き飛ばした。
ギルドの扉が閉じているのが幸いだ。出来ればこの騒ぎ自体この中で完結させたいからな。残った冒険者たちを殴り倒しながら考える。
(なぜ誰も魔法を使わない?)
当たり前の考察は出来る。ここは屋内だ、魔法何て使えば被害が拡大するだろう。だが血の気の多い冒険者たちはそういった事を気にしない。必要であればどこであろうと魔法を躊躇なく使う。だというのにここにいる連中はただ闇雲に突っ込んでくるだけだ。それだけじゃない。
「――さて、歓迎会は終わりか?」
ギルド内にいる冒険者は全員のした。それなりに怪我をしているだろうが命に別状はない。この乱闘騒ぎをただ黙ってみている受付の女、いや受付にいる4人のギルド員を見てそう言った。
「……イサミ様。1つ質問をよろしいでしょうか」
「なんだ。聞いてあげるよ」
何を聞いてくるんだ。まさか弁償しろとか言ってこないだろうな。
「
「なんだと、どういう意味だ」
「我々冒険者ギルドはフルニクにいた行方不明の勇者様を探しております」
「なぜ探す。っていうかどこかに消えたのか?」
「イサミ様は素晴らしい力をお持ちのようです。ですからどうか血を分けて下さい。それで貴方が勇者かどうか判断できます」
無機質な表情でただ淡々とそう話す女。言っている意味が分からない。なぜ勇者を探す。少なくとも俺が消えた後は新しい勇者が誕生したはずだ。ならアーデルハイト辺りが新しい勇者の話を広めているはず。だというのにこの口ぶりからするとこいつらは誰
(あり得るのか?)
可能性として考えられるのは、新しい勇者はこの場所ではなく、違う国で誕生したという線だ。というかそれが一番濃厚なはず。それなら勇者の顔が分からないという理由は納得できる。だが……先ほどの会話を思い出す。
『フルニクにいた行方不明の勇者様を』
つまり新しい勇者もここフルニクにいたという事は確定的だ。だというのにギルドが勇者の顔を知らない……? そもそも行方不明ってのが理解できんのだが今は置いておこう。
「知らんな。他を当たれ」
俺はそう言って踵を返しギルドを出た。追ってくるかと警戒していたが追ってくる気配も尾行している様子もない。まったく何なんだ。どう考えてもおかしい。最初は10年経過した事による変化かと思ったがそれだけとも思えない。
知り合いを探すべきか。もし勇者が行方不明ならここにアーデルハイトはいないだろう。あいつは別に土地に愛着を持つような女じゃない。必要であれば何でもやる奴だ。という事を考慮すると勇者がいないのもアーデルハイトの手引きの可能性が高くなるか。
記憶をたどる。恐らくギルマスは昔からいるあれだと思うんだが、もう一度ギルドへ行く気にもならないしまずは別の場所で情報を集めてみよう。通りを歩き以前何度か通った事がある酒場を目指す。灰猫の集いという酒場でフルニクの冒険者、特に手元が少ない駆け出しの冒険者たちがよく通う店だ。値段も安く、量が多いという特徴の店で大体依頼が上手くいけばあの店に通うという流れが多かったと記憶している。ちなみに味はまずい。そう糞まずい。大事な話だからな。
フルニクの大通りを歩き、少し路地へ入った場所に店はあった。以前の記憶通り少しボロいが店主が作った不細工な猫の看板が飾ってある。さて入るかと思い扉に手をかけた所ではたと気づいた。
(金もってるか?)
ローブのポケットを漁る。僅かに硬いものが入っている。慌てて取り出してみると銀貨が3枚だけ入っていた。これも俺がこの世界にいた時の金か? っていうかこれしか持ってなかったか? いやそういえばあの時はパーティを追い出されてヤケ酒してたような気もする。――これなら酒1杯くらいなら飲めるだろうか。
そう思い、両開きの扉を開いて中に入った。こちらは魔灯を使っているのかちゃんと明るいようだ。しかし相変わらずここの客たちも外の連中と同様だ。どこか生気のない顔をして酒を飲んでいる。俺が店に入るとギルドの時同様に既にいた客たちが俺の方を見る。それだけならいつものことだ。だが一瞥で終わらず俺がカウンターに向かって歩くとずっと視線を追っている。
「――見ない顔だな。どこから来た」
カウンターでコップを洗っている厳つい老人が話しかけてきた。この人の名前はザズという。見た目通りかなり口が悪く、ついでに料理もまずい。だが、フルニク全域の情報を常に持っている情報屋としての一面もある中々強かな男だ。過去依頼を受けた事もあり、それ以来偶に顔を出す程度には通っていた。
「はは久しぶ――今なんていった?」
「あ? だから見ない顔だなって言ったんだ。どこから来たんた小僧」
地味にショックだな。知り合いに忘れられるのは。
「……なあ酒を一杯くれないか」
銀貨を1枚カウンターに乗せる。それを見たザズは少しの間視線を銀貨に落とし、時間をかけてからそれを受け取った。そして木製のコップを持ち、酒樽に突っ込んで並々つがれた酒が目の前に置かれた。
「で、こっちの質問には答えてくれねぇのかい」
「――そうだな。その質問に答えたら俺の質問にも答えてくれるかい?」
「何が聞きたい。内容によるな」
コップに手を伸ばし少し近くに寄せる。
「俺はここフルニクから北部にあるハンス王国から流れ来た者だ。あそこは戦ばっかりだろ。嫌気が指してね。ここで冒険者になろうかなって思ったわけさ」
「ほう。それは災難だったな」
「ああ。酷かったぜ。それで――聞きたいんだが最近フルニクで変わったことはあったか?」
そう口にするとザズの顔が無機質なものに変わったような気がした。どこを見ているのかも分からない顔で俺を見ている。
「……何も変わってない。いや勇者が行方不明になったくらいだな。今は街を上げて探しているんだ。お前さん知らないか?」
「いや知らないな。この街に勇者がいたのか?」
「そうだ。だがある日姿を消してしまった。だから
「そりゃ大変そうだな。よし探すのを手伝ってもいいぜ。何か勇者について知っている事を教えてくれよ」
頼んだ酒を飲まず、ただコップの底をカウンターにトントンと軽く叩くように動かす。
「――悪いな。俺も勇者の詳細を知らないんだ。なんせ勇者様だ。俺たちみたいな下々に気軽に会えるような人じゃないってことだな」
「そうか。顔も知らないのに探すのは大変だろう。名前とかはどうだ」
「いや名前も分からないな。でも勇者かどうかわかる方法があるんだ」
トントンとコップでカウンターを何度も叩く。
「ほう、どんな方法だ?」
「……
そういうとギルドでも見たあの紙をカウンターに置いた。
「こいつに血を一滴垂らしてくれればいい。それですぐわかる。なあお前さんは勇者かい?」
「はッ! 俺が勇者に見えるのか?」
「分からないね。分からないから探してるんだ」
「そうか。仕方ないな。手伝うって言っちまったからな」
そういうと俺は持っていたコップをわざと紙の上にこぼした。赤い酒がカウンターに流れ、目の前に置かれた紙を濡らしていく。
「おっと悪かったな。零しちまった」
「お客さん――」
「ザズ。先代の勇者は覚えてるかい?」
赤い酒がどんどん広がっていき、次第にカウンターからも零れ床を濡らしていく。
「知らないな。さっきも言っただろう。勇者様なんて下々と気軽に会えるような人じゃ……」
「5年前、いや15年前か。ダルムが高熱で苦しんで死にかけていたな」
「――なんの話だ」
「
目の前に置かれた紙がすべて酒で濡れ、使い物にならなくなった。その上に、空になったコップを置く。
「さっきっから何の話をしてるんだ?」
「知ってるか。ザズは勇者が大嫌いでな。何でも先々代の勇者のせいで故郷の両親を失ったらしいんだ。だからザズが経営する店では勇者って単語は絶対のタブーなんだ。間違って一言でもその単語をいうもんなら店を簡単に追い出されてしまう」
「おい、いい加減に――」
「だからダルムの一件がなければ俺もザズの店に通うなんてことはなかっただろうな」
目の前の男が拳を振る。カウンターに置かれていた空のコップが宙を舞い壁に激突する。
「いい加減にしてもらおうか。さっきっから
「灰猫の集いっていう店を経営していて、貧乏な冒険者たちに不味いが大量の飯を格安で提供し、自分の一人息子のため、大嫌いな
椅子から立ち上がり、目の前の男の目を見る。
「――お前誰だ」
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