第153話 寄生
「――なに、ヘンレヤだと?」
「そうだ。幼いお前に殺され、こうして地球にやってきたのだ」
――だめだ。まったく思い出せない。名前は倒した後にヴェノから聞いたから何となく覚えているがどんな魔王だったかな。これ言ったら怒るかな。怒るよな。黙ってよ……。
「お前の様子を見て確信した。どうやら儂とは随分違う形でこの世界に来たようだな。次の魔王に殺されたのか? それにしては様子がおかしいが」
「――いや。俺はこの世界に転移させられた。変な爺にな」
「では死んでいないのか。なるほど、道理で嘗ての面影があるわけだ」
そういうもんなのだろうか。当時の自分の姿なんて見た事ないからな。……頑張って記憶を遡りようやくだが思い出してきた気がする。華奢な身体が多い魔人の中でも随分鍛え上げられた肉体を持っている魔人だったような。間違ってたらすまんな。
「だが待ってくれ。お前が死んだのは20年前のはずだ。だがその姿はどうみても……」
「そうか。お前の体感ではそのくらいなのか」
「どういう意味だ……」
「儂がヘンリヤとしての記憶が蘇ったのは5年前。いや正確にいえばこの身体にヘンリヤの魂が宿ったのが5年前というべきか。これは憶測でしかないが向こうの世界とこちらの世界では時間の進み方が随分違う。薄々そうではないかと思っていたがお前の言葉で確信したぞ。恐らくこの世界と向こうの世界ではおおよそ20倍ほど時間の流れが違う」
こちらの1日は向こうの20日分。つまり精神と時の部屋って訳か。
「時に貴様がこの世界に来てどのくらい時間が経った?」
「確か半年くらいだったはずだが……まさか――」
「あくまで憶測でしかないが、向こうではそろそろ頃合いだろうな――新しい魔王の誕生のな」
――そうか、そろそろか。とはいえ俺にはもう関係ない話だ。
「とはいえこの世界にいる我々には関係ないか。さて同郷の好だ忠告をしておこう。お前はこの世界の病院に行ったことはあるか?」
「――ないな」
「そうか。なら一度検査しておいた方がいい。儂は5年前、ヘンレヤとしての記憶が芽生えた時、同時に魔法が使えるようになった。もっとも以前の力とは遠く及ばない微かなものであったがな。そうして降ってわいて手に入れた魔法を使い人助けを始めた」
何を馬鹿な話を。とてもじゃないが信じられないな。元魔王であったにも関わらず人助けだと。実際やっている事はよくわからん宗教団体じゃないか。
「その顔は信じておらんな。まあ無理もない。かつては人間を滅ぼすため魔王としての力を受け入れた身だ。しかし今の儂は人間。であれば同族を助けようと思うのは当然であろう。以前もそうだ。別に人間が憎かったのではない。同族を、魔人たちを守るため人類と戦った。それにこの世界の文明は間違いなく進んでいるがそれでも治せない病、怪我というものは多くある。だから儂はこの星宿を作り、病気に苦しむ人々を集めた。途中までは順調だったよ。神の生まれ変わりだのと持てはやされてはいたが上手く行っていた。歯車が狂ったのは2年前。ある日、吐血が出るようになった」
最初は気にしなかったそうだ。身体の不調も無視しひたすら信者たちの悩みを聞き、願いを出来るだけ叶えていったそうだ。しかし身体の不調に比例するよう魔力が回復しなくなっていった。治癒魔法も思った効果が出なくなり、思ったように魔法が使えなくなった時、既に身体は不治の病に侵されていたそうだ。
「その頃か。我が信者たちは随分暴走するようになった。当たり前のように得られた奇跡の力を当然だと思い、それを使えなくなった儂に対する求心力は落ちていった。その頃だ。区座里という奇妙な男が儂の元に来たのは。一目見て分かった。普通の人間ではないと。思えばその時か、儂の意識がおぼつかなくなったのは」
「おい、まさか――」
「ああ。情けない話だ。元魔王である儂が容易く意識を奪われたのだからな。そこから儂は周りが見えず自分の事だけを考えるようになってしまった。そう無性に自分の死が怖くなったのだ。当時幹部であった長谷川と娘である柚希を使い何とか自分の病を治す方法を探させた。そうしている内にこの組織の実質的な指導者は区座里に変わった。その後の顛末はおおよそ貴様の知っている通りだ。恐らくレイ・ストーンというのも貴様だな?」
そこでその名前が出てくるのか。なるほど、星宿が探していたのは教祖の治療をさせるためだったのか。
「お前の病を治せるであろう人物を探していたって訳か」
「その通りだ。しかし柚希以外の幹部はすべて消え、かつていた信者たちも随分数が減ったそうだな。靄がかかっていた儂の意識が完全になったところを見るとに区座里は滅んだか」
「ああ。流石に放置できないからな」
「そうか。……であればよい。儂の病が魔法と関係しているのか不明だが念のため病院で検査しておくのだな。もっともこの身体にヘンレヤの魂が加わったことによって起きた不具合の可能性もある。まあ老人の戯言だと思って聞いておけ」
病気ね。そういったものとは今まで無縁だったんだが一応調べてみるか。
「さて色々迷惑をかけたな。最後に忠告だ」
「忠告?」
「そうだ。儂がいる。そして貴様がいるのだ。なら後は想像できるだろう?」
「――いるのか。他の魔王が……」
もし死んだ魔王の魂が、いや勇者もどうようか? だがヘンレヤが80歳近い高齢だと考えるとそれより前の魔王や勇者は既に死んでいるとみるべきだ。つまり――。
「リオネ、そしてオルダートがいるのか。この世界に」
「あくまで可能性だ。いたとしても儂と同じであろうよ。この世界の人間の身体に魂が寄生するようなもの。魔王としての力もほとんどあるまい。これはよくある輪廻転生と呼ぶものではない。どういう因果か知らぬが向こうの世界で死んだ魂はこちらの世界の人間に吸収されているのではないだろうか。しかし、その中でも強い魂であった儂ら魔王や勇者たちは魂が吸収された際に本来なかったはずの自我が芽生えてしまっているのやもしれぬな」
気味の悪い話だな。だがそうなると面倒な話になってくる。あと2人魔王の魂を持った人間がいるかもしれないのか。
「区座里は……」
「なんだ」
「区座里には仲間がいたはずだ。奴が何度か口にしていたよ。奴自身、通常の人間とは思えない能力を持っている所を見るに奴のルーツをたどるとどちらかの魔王にたどり着くかもしれんな。もっとも憶測の域を出ないが」
「どのみちやっかいな話に変わりないって訳か」
なるほど、大体わかってきた。そうなってくると俺が本当にこの世界に来た理由はただ霊とかを退治するだけじゃないのかもしれないな。
「ごほっごほっ! さて話は以上だ。もうじき儂は死ぬ。その後、柚希にも星宿は解散させるように指示をしておる。迷惑をかけたな」
「……治療はいいのか?」
「いらぬよ。何が悲しくてかつて自分を殺した相手に命乞いをしなければならんのだ。まだ幼いお前を相手に、無様に散った儂であったがそこまで醜く生に執着しようとも思わん。思えばこの身体の本来の主にも迷惑をかけているから、な……」
そういうとヘンレヤは静かに目を瞑り浅い呼吸をし始めた。恐らく眠ったのだろう。それにしても随分面倒な話を聞かされたもんだ。俺はそのままそこを立ち去った。妙な所で本当に随分古い知り合いに会ったもんだ。
次の日。一応忠告通り初めての健康診断を受けた。血液を採取されるときは本当に焦った。頑張って力を抜き、魔力を完全に抑え、何とか針が通るように苦心した。その後、胃カメラという新しい地獄を味わい、自分の身体を客観的な数字で見る事になったのだが。
「なんだよ。普通に健康じゃねぇか」
これであの老いぼれ魔王の杞憂は1つ消えただろう。まあ俺は死んで魂だけこちら来たわけじゃなく元の肉体のままこちらに来ているからな。その辺の違いなのかもしれない。
家に帰り、ピザを食べながらアニメを見て、溜まっていた漫画を消化し久しぶりにゆっくりとベッドに身体を休める事が出来た。
「ん……ここはどこだ?」
『目が覚めたようじゃな、レイドよ』
嫌な予感がする。果てしなく嫌な予感だ。見渡す限り何もない。木も、土も、草も、山も、雲だってない。浮遊感もないのに、自分の身体が浮いているという違和感を感じながらも、妙な声がする方へ視線をやった。
『久しいな儂を覚えているか』
「出たな糞爺ッ!!!」
かつていた世界の神が目の前にいた。
----
次で一旦更新が止まります。
並行で進行しております番外編の方が終わり次第更新予定です。
よろしければ合わせてごらんください。
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます