第152話 輪廻

 区座里を消し去ってから数日。俺は残りの幹部を探すため蓮の力を使いながら捜索をしていた。一応集会所の方も探らせたがそちらにも来ていない様子だ。蓮の話によると幹部が消え瓦解したかと思った星宿だが今も信者があつまり祈りを捧げているのだそうだ。どうやら宗教活動自体随分前から行っていたそうなのだが、活発になったのはここ最近の話らいし。そう区座里が関わるようになってからだ。

 ではその前はどういう活動をしていたのかというと、病に侵され苦しんでいる人々に声をかけ入信を促すという事をやっていたそうだ。確か紬の母親もそれで騙されたと言っていたはずだ。


「礼土君。お客さん」

「客?」


 今日依頼の予定なんてあっただろうか。


「もうスケジュール表みてないでしょ。礼土君が外出中この事務所に来てたのよ。まあその時はアポもなかったからそのまま帰って貰ったんだけどね。この間の事件で大蓮寺さんへの依頼料で随分奮発したんだからまた頑張って働かないと!」


 栞の笑顔が何故か怖い。だけどあれは必要経費だ。今振り返ってもあれが最善だったと思っているから後悔はない。まあいくら使ったかは利奈には内緒にするというのは俺と栞との約束だ。

 

「ははは、頑張るよ。じゃ、通してあげて」


 新作の金箔チョコボールを食べながら応接用のソファーに座って待っていると1人の女性が部屋に入ってきた。年齢はおおよそ30代前半くらいだろうか。綺麗な身なりをしている。


「初めまして勇実と申します」


 そう言ってソファーから立ち上がり軽く頭を下げる。えっと名前はなんだ。視線だけ僅かに動かし事務所の壁に貼ってあるカレンダーを一瞬見る。今日の日付の所に赤丸でアポが入っている人の名前が書かれているはずだ。



(えーっと……一玖)

一玖柚希いちくゆずきと申します。星宿の関係者と言えばわかりますでしょうか」


 まさかの名前に目を見開く。わざわざそっちから来たか。


「おや……あの宗教団体の?」

「とぼけなくて結構です。勇実さんがこちらと揉めているという話は伺っておりますからね」

「ふむ……少し待っていただいてもいいですか。どうやら長い話になりそうだ。この後のスケジュールをキャンセルするので少し待ってください」


 そういってスマホを取り出し栞にメッセージを送る。要件は簡潔に利奈を狙っていた宗教団体の幹部が来たから、何が起きるか分からないため帰るように送る。すぐに返信が来た。


【了解。利奈にも事務所に寄らないように連絡しますね。気を付けて】


 さてこれで念のための避難は出来たか。ただの魔物ならいいんだがどうしても搦め手のような類だと万が一も考えられるからな。


「お待たせしました。――それであそこの幹部が何のようです」

「単刀直入に言いましょう。勇実さんに会ってほしい人がいるのです」

「会ってほしい人……? 誰ですか」


 星宿でわざわざ俺に会いたいような奴がいるとは思えないんだがな。

 

「……だと言ってました」

「おや誰だろう。幼馴染のマルオかな」



 さてどうしたもんか。随分分かりやすいブラフを出してきた。そういえば俺が興味を持つと思ったのだろう。だが折角だ。釣られてやろう。


「可能であればこの後、一緒にその人の所まで行きたいのですがどうでしょうか」

「それは構いませんが、それが依頼なのですか」

「はい。何かしてほしいというよりは、ただその人と会って話してほしいのです。報酬はこちらでどうでしょうか」


 そういって一玖は鞄から小さな小箱を取り出しテーブルの上に置いた。古い木箱で札のようなもので封をしてある。だが僅かに洩れているこの気配。なるほど。


「――わかりました。では正式に引き受けましょうか」

「ありがとうございます」



 そうして手に入れた木箱を手に持って立ち上がった。保管すると嘘を吐き少し席を離れてからこの箱ごと魔法で消滅させた。まだ隠されていう可能性もがあるがひとまず安心してよいだろうか。いやまだ油断しない方がいいか。


「では行きましょうか」

「はい。ではタクシーで移動しましょうか」

「ッ! そ、そうですね。少し待ってください鞄を取ってきます」



 くそ、久しぶりの車か。買ってあった酔い止めどこだ。




 地獄の移動をしばらく耐え、たどり着いた場所は――少し変わった形の建物の前だった。入口部分の小さな看板に”星宿”と書かれている。タクシーから降りて装備していたコーラを一口に口の中に入れる。薬に頼ってもやはり苦手な物は苦手だ。

 俺の前を歩いていく一玖の後に続いて中に入る。中に入ると椅子に座り祈りを捧げている十数人の人々がいた。白で統一された床や椅子。信者たちの着ている服もみんな白い。何か意味があるのか。そのままその場を通り過ぎ、階段を上っていく。


「この星宿は主に東京で活動しています。各区に支部がありますがここは本部となっています」

「ここの信者はみな家族が病や事故で苦しんでいる人々と聞いているが……」

「ええ。その通りです」

「それを利用した詐欺も行っているんだってね」

「それは――いえそうですね。確かにそういった行動も行っていました。ただそういった詐欺活動を活発にしていた幹部である米沢は既にいません」


 行方が分からなかったもう一人の幹部は既に死んでいるのか。これで星宿の幹部が一応全部ってことになるのかね。


「さあここです。こちらに綺禅きぜん様がおります」


 3階まで上り、廊下を歩いて一番奥の部屋。その扉を開くと薄暗い部屋が広がっている。電気がついておらず外からの光でかろうじて部屋の中が照らされている感じだ。この暗い部屋の一番奥にベッドがありいくつかの機械が並んでいる。



「……来たか。柚希は席を外せ」

「――はい」



 かすれた男の声が響く。


「どうした近くに寄れ」

「ああ。そうさせてもらおうか」


 足を進めるとベッドで寝ている一人の老人がいた。深い皺が顔に刻まれており身体は枯れ木のように細い。腕に点滴の管が刺さっており鼻にも管が通っているようだ。



「はっはっは。これは――驚いた。写真を見て確信を得られなかったが直で会って確信したぞ。貴様は儂の事を覚えているか」


 力強くだがどこか弱弱しい声で目の前の男はそう語り掛けてくる。それにしても覚えているか、ね。ここまで高齢な老人とあったことなんてないはずだ。


「さあ知らないね。名前を聞いても?」

「そうか。いやそうだろうな。お前と出会ったのはもう何十年前だったか。いや

「――なんの話だ」



 何十年前だと? 何を言っている。その時、俺はこの世界にいなかった。



「そうだ。お前が5歳の時だったな。レイド。そういう意味では覚えていないのも無理はない。2つの意味でな」

「待て何の話をしてる」

「儂だ――だ。勇者レイド・ゲルニカ。いや元勇者か?」


 

 

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