第143話 恋々7

 暗い部屋に2人の男が足を踏み入れた。俺は2人が扉を開ける寸前に魔法での明かりを消し去っている。そのため2人の男の姿はこちらから見えない。とはいえ向こうもこちらの姿は見えないだろうし、恐らくそろそろ……。



 暗い部屋に明かりがつく。ただ普通の電灯ではなく、豆電球のような小さい淡い光だった。もっとも相手の顔を見るだけなら十分な明かりではある。この部屋に入ってきた男たちをあらためて見る。1人はビジネススーツを着た眼鏡を付けた男だ。ワックスで綺麗に整えた髪、年齢的には40代くらいだろうか。どういう心情なのか不明だが笑みを浮かべているようだ。もう1人はまた対象的な男だった。少し派手なスーツ、胸元が大きく開いておりネックレスを付けている。漫画などでよく見るとホストっぽい服装だ。男にしては随分髪を伸ばしており、長い前髪の間から鋭い視線をこちらに向けている。



「よお。どちらさんだ?」


 ホストっぽい奴から声をかけてきた。そして1つわかった事がある。さっきの声を思い出すに長谷川さんと言ったのはこいつだろう。つまりあの眼鏡をかけた男が長谷川という事だ。あの紙に書かれたことを思い出す。確か米沢、長谷川、渋谷、一玖、そして区座里。そのうち区座里を除けば男は2名だったはず。さっきの気安い雰囲気を考えると――。




「おい、だんまりか? っていうかだ。どうやってここに入ったんだ」

「まあまあ落ち着いて下さい、蓮さん。もしかしたら新しい信者かもしれませんよ?」

「そんなわけあるかよ」



 ビンゴだ。つまり目の前にいるのはこの星宿の幹部連中っていう事になるな。



「あんた、不法侵入だぜ? とりあえず警察呼ばれたくなかったら――」

「伝承霊の作成方法を広めた区座里はどこにいる?」


 蓮と呼ばれた男の言葉を遮るように俺は爆弾を落とした。案の定俺の言葉を聞いて2人は表情を分かりやすく変えている。だがこれで確定だ。この2人は事情を知っている側の人間だ。本当に都合がいい。


「参りましたね、こういう時に鍵が壊れていると面倒だ。蓮さんは玄関をお願いします。万が一にでも彼を逃がさないようにね。幸いここにはアレがありますし」

「ああ。そうだな」


 そういうと蓮は踵を返し部屋の外へ歩いて行った。なるほど、逃がさないように玄関を抑えたのか。無意味な事をすると思うが、まあ無理もない。俺の力を知らないならそういう行動にもなる。


「さて、話してもらいましょうか。ここをどうやって知ったのか。目的はなんなのか」

「別に大した用じゃないんだ。ただ……」

「ただ、なんですか」


 一歩前に踏み出し薄暗い部屋の中で長谷川に向かって笑いかける。



「虫が目の前をずっと飛んでたら邪魔じゃないか? 俺の視界にブンブンと、いい加減鬱陶しいんだ。だから話してもらうぞ。区座里の居場所、伝承霊を使って何をしているのか」

「貴方の言っている意味が理解できませんね。教徒区座里の名前を知ったのは後ろの書類を見たからでしょうが、伝承霊はどこで知ったのですか」


 そう俺に言葉を投げかけながら長谷川はゆっくり部屋の中心に向かって歩いている。このフロアの中心、先ほど椅子が円状に並べられていた場所だ。



「区座里本人から聞いたんだがね」

「なんですって? なぜ教徒区座里が……。まあいい、色々聞かなければならない事が多いようだ。……ん?」


 話しながら長谷川は椅子の中心にあった台座へ視線を落とした。そして長谷川の顔がさらに笑みを深めていく。


「おやおや。いけませんね。見知らぬ場所に来て勝手に物に触れてはいけませんよ。そう子供の頃に習いませんでしたか?」

「さて、どうだろうね。ただ勇者って奴はこの国では他人の家に入って荷物を漁っても許されるらしいな」

「ふふ、海外の方でも日本のゲームはやられるのですね。なら気を付けないといけない。ゲーム序盤、レベルの低い勇者の前に現れる魔物が勇者に合わせて弱いとは限らないのです」


 

 そういいながら長谷川は台座に撫でるような手つきで触れている。



「へぇ。序盤ってのはスライムが登場するのは定番じゃないのか?」

「いえいえ。最近はゲーム序盤にボスキャラがいるゲームもあるんですよ。――? 僅かだが位置がずれている。これなら条件が揃ったので蛇まで見えるかもしれませんね」



 薄暗い部屋に突如発生する霊の気配。気配のする方へ視線を向けると女がいた。いやただの女じゃない。ボロボロの服を着て腕が6本あり、下半身はあるべき人の足ではなく巨大な大蛇の身体だった。




「ラミア?」

「ふふ。本当にゲームがお好きなのですね。特別に教えて差し上げましょう。あれは姦姦蛇螺かんかんだら。通常では巫女である上半身部分だけの顕現なのですが、貴方が姦姦蛇螺かんかんだらを封印に触れてしまった。そのため、蛇の姿まで現れたのですよ」




 姦姦蛇螺かんかんだら。なるほど、これもネット小説で読んだことがある。大蛇を諫めるための巫女が村人に裏切られ両腕を切断され、大蛇の餌にされた。そしてとある父親が乱暴者の息子に本当の恐怖を教えるために、その封印の場所に向かわせたって話だったか。いつ襲ってくるか分からないが様子をみてみるか。だが、どれだけ待っても襲ってくる気配がない。

 




「――驚きましたよ。随分痛みに強いのですね。普通なら痛みで立っている事さえできないはずです」



 

 どういう意味だろうか。まさかもう攻撃をされているのか? だめだ、さっぱり分からない。ただ見られているだけにしか思えないんだが。



「なるほど、痛みで口が聞けないという事でしょうか。貴方が感じている痛みは巫女が村人に四肢を切断された時の痛みだ。姦姦蛇螺かんかんだらに魅入られたものはその幻痛を強制的に与えられるのですよ」



 ――ああ。そういえば元ネタでも似たような事が書かれていた気がするな。茶番につき合ってもいいんだが、面倒だしもういいか。



「さあ。我慢せず声を出していいのですよ。このビルは我ら星宿の手によって管理されているため、どれだけ絶叫を出しても周囲に聞かれる心配はありません。貴方の綺麗に整った顔が痛みで歪む姿を私に見せて下さ――」



 足を前に踏み出す。ただそれだけで楽しそうに笑っていた長谷川の顔が驚愕の色に染まった。足を止めずそのまま前に進む。そのたびに長谷川の顔は百面相のように変わっていく。



「ば……ばかな。ありえない。なぜ動ける?」

「序盤に登場するボスでも、周回プレイしてレベルがカンストしている勇者相手に勝てるもんなのかね」


 

 そういって俺は長谷川に笑いかけた。




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