第142話 恋々6

「栞、悪いんだけどしばらく仕事は受けないようにしてくれないかな」

「どのみちSNS使えないから大丈夫だと思うけどどうしたの?」


 俺は手元の手帳を見ながら栞におおよその説明だけでもしようかと考えたがそれを一旦やめることにした。俺がこれからやるのはまともな仕事とは言い難い内容だからね。


「ちょっと所用があってね。少し出てくる。バタバタが落ち着いたらまた連絡するよ。だから利奈にもそう伝えておいて貰えないかな」

「了解、わかったわ」


 そういって俺は事務所を後にした。どうしても俺にはやらなければならない事がある。それは以前の事件で手に入れたある情報。伝承霊を作成している宗教団体”星宿”のアジトへの侵入だ。ここ最近の事件を振り返るとこの星宿が絡んでいるとみて間違いない。恐らく俺が知らないだけで他にもいろいろ動いているのだろう。正直こういう事はこの世界でやるつもりは一切なかったのだが、流石にそうも言っていられない気がする。



(潰せるなら潰したいが……)


 

 とはいえ、やれることは限られる。なんせ以前いた世界と違い敵の組織がありました。殲滅しました。で片付けられないからだ。だから表向き信者が集まっている集会所のような場所に行く予定は今の所ない。それ以上に有力な情報を得られたからだ。

 それは星宿の幹部である長谷川という男と一ノ瀬が会っていたという場所。それがわかったからこそ、乗り込もうと決心がついた。一ノ瀬が言うには普段そこの事務所に来る人間は数人いるそうだが、常に事務所の中に人が居るわけでもなく出入りが意外に多いとの事。なら姿を隠し潜入することも比較的容易いと考える。


 


 場所は都内。歓楽街の少し外れた場所にある廃ビルとのことだった。流石に人通りも多いため不審な行動は出来るだけ避けた方がいいだろう。周囲の監視カメラの位置を確認し死角となる場所を洗い出す。透明化の魔法を使用し、目的のビルへ向かった。寂れたビルでテナントが入っている様子もない。当たり前か、廃ビルらしいからね。ビルの中へ続く階段を見つけそこに足を踏み入れると、すぐ近くに監視カメラがある。なるほど厳重そうだ。

 魔法を使用しているためカメラは無視していいだろう。そう思い階段を上ろうとして足を止めた。何かある。階段の2段目場所に小さい機械が設置されているようだ。漫画で似たようなものを見た事がある。以前の世界なら爆発系の魔道具かと考えるがこの世界では違う。少なくともこんな場所で爆発物を使うとは思えない。であれば何か。多分防犯系の装置なんじゃないだろうか。


(甘い、チョコボールより甘いね)



 流石に魔力が含まれていない光を感知する能力は俺にはない。だが、俺には先人の漫画で得た知恵がある。スマホを取り出しカメラモードにする。するとその機械から光が出ているのが見えた。どういう原理かさっぱり不明だが赤外線が見えるのだ。さて、馬鹿正直にこの光の前に足を置いた場合、いくら透明化しているといってもどういう反応をするか分からないからな。一応避けて通るとしよう。スマホの画面で周囲を確認しながら進むがあの装置があるのはあそこだけのようだった。


 目的地はこのビルの3階だ。目的の階層に到着し廊下へ出るがやはり人気はないようだ。さて、ここからが問題だ。入るためには扉を破壊して入らざるを得ない。出来るだけ痕跡を残さないようにしたい所だね。

 目的の部屋の前に到着し手袋を装着している手でゆっくりドアノブを捻る。当然カギが閉まっているため開かない。出来れば郵便ポストがドアについていればそこから侵入も出来たんだがそれらしいものがない。ドアスコープを覗いても真っ暗で何も見えないところを見ると塞がれているのだろう。



 仕方ないね。ドアの隙間を縫うように指を這わせる。その際に指先から数センチほどの細い光の刃を作りドアのカギを切断した。ここからは時間との勝負になる。上を見ると扉の近くにも監視カメラがあるからだ。今までの動作程度ならほとんど分からないだろうがひとりでに扉が開けば流石に異常は伝わるはずだ。一応扉の向こうから人の気配はないが、あのカメラの映像がどこに流れているかわかったものじゃない。一応の対策も考えてあるがどこまで有効か分からないからな。



 小さく深呼吸をしてカメラに向かって魔法を放つ。大した魔法じゃない。ただ強い光を浴びせただけだ。以前映画で見た事があるが強い光を当てればカメラの異常を起こせるらしい。その隙に扉を開き中に入る。当然明かりはついておらず真っ暗な闇の中だ。昼間だというのにこうまで暗いという事はやはり遮光カーテンを使っているらしい。一応電灯をつけるのは避けて、頭の上に小さな光の玉を出現させる。そうする事によって最低限の視界は確保できた。それにしても――。




 妙な場所だ。円状に並べられた椅子。中央に変な台座がある。壁の方には少ないが本も並んでおり、何か書類らしい紙が近くのテーブルに並んでいるようだ。奥にもまだ扉があるようだ。1つずつ確認するとしよう。まずは妙な台座だ。そこを見ると布が敷かれておりその上にマッチ棒が6本図形を作るように並んでいる。何だろうかこれは。1つ摘まんで見て見るがどうみても普通のマッチのようだ。とりあえず元に戻して次の場所だ。本棚の本を適当に手に取り開いてみる。表紙を見ると星宿教典と書かれているようだ。中を流し読みしてみるが意味の分からない事が多く書かれている。漫画に慣れてしまった俺には活字ばかりの本は少々毒だな。これも本棚に戻し近くのテーブルの上に並んでいる書類に目を落とす。名簿のようだ。



 一番上に書かれている名前は綺禅きぜん。確かこの名前は星宿の教祖の名前だったはずだ。その下にさらに5人名前がある。という事はこれが星宿の幹部か?



 

 米沢真理、長谷川徹、渋谷蓮、一玖柚希、区座里光琳。




「待て、区座里だと?」



 思わず言葉が洩れる。この名前は見覚えがある。伝承霊を作った張本人の名前だ。だがこいつは確か死んだんじゃなかったか? 同じ名前を名乗っている偽物だろうか。いや伝承霊を使った事件が起きている以上、むしろこの名前を見ると妙に納得してしまう自分もいる。どういう事態なのか考える必要がある。長谷川という名前がある。それに米沢というのは確か田嶋の事務所に来たって話していたやつだったか。まずいな、とりあえず色々事情を確認する必要が……






「おい、長谷川さんよ。扉空いてんぞ」

「ええ。そのようですね……。ネズミが入ったのでしょうか」





 男の声が2人。書類を見るのに夢中になりすぎたか。

 






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