第140話 恋々4

 昨日は結局事務所へは行かずそのままタクシーで家まで帰宅した。勇実さんの様子が少し気になったからメッセージ送ってみたけど、返事がない。元々スマホを頻繁に見る方じゃないから返事が遅いのはいつもの事だけど何か少し不安だ。


「いってきまーす」


 玄関から家を出てまず駅へ向かう。いつもだと自転車で駅まで通学するのだが昨日タクシーで直帰してしまったため今日は歩きだ。駅まで徒歩で30分。時間に余裕はあるし走らずゆっくり駅まで向かう。私が通う東京都立青藍学園に向かう為には最寄りから3駅先になるためどうしてもここで電車に乗らなくてはならない。時間的に満員電車となるので乗る時は注意が必要なためこういう時ばかりは女性専用車両の存在がとてもありがたい。電車に乗りそこから15分程度で学校の最寄駅に到着した。


 ここまでくると同じ制服の学生も当然多くなる。学校を目指しまだ人気が少ない商店街を通って学校の近くまで来た時後ろから声をかけられた。


「おはよ! 利奈」

「明菜、おはよう」

「そういえば昨日の噂聞いた?」

「噂……?」



 なんだろう。昨日の騒動の事かな。変な噂になってるならちょっと嫌だな。そう思っていると明菜が語った内容は私の予想していないものだった。



「……幽霊?」

「そ。昨日吹奏楽部の子が部活の後、帰る時に見たらしいよ」

「ええ……見間違いじゃないの? そんな話聞いた事ないけど……」

 

 青藍学園の周囲は別に墓地があるわけではない。学校の前が戦後の病院だったとか、そういう謂れもなかったはずだ。というか少しは霊感がある私は一度も見た事ないわけだし絶対見間違いだと思う。


「そう思うでしょ? でも見たのが1人じゃなくて3人見てるのよ、しかも同時に」

「うーんそっか」


 確かに3人同時に見間違いは考えにくいか。でもそれを幽霊って決めつけるのもどうかなと思ってしまう。


「どんな霊みたって話になってるのよ」

「なんかうちの制服きた女子の上半身が廊下を這いずり回ってたらしいよ。最初見つけてすぐ隠れたらしいんだけど、しばらくしてもう一度みたら居なくなってたらしいわ」

「ふーん。上半身だけってことはテケテケ的な?」

「さあ。どうなのかしらね。でもその話がうちのクラスのグループメッセで広がったからすごい噂になってる」


 明菜のクラスは確か2組だし、この分だと私の組でも噂になってそうだなと漠然と思いながら教室の中に入る。友達に挨拶しながら席に着きしばらくすると担任が着てHRが始まった。


「二谷……は休みか。誰か連絡受けてる奴いるか?」


 出席を取っていると遥がまだ来ていない様子だった。珍しい遅刻なんてあんまりしない子なんだけど。そんな事を思いながら1限の授業が始まった。



 給食の時間になっても結局遥は学校に来てない様子だった。一応メッセを送ってみたが既読が付かない。昨日怖い思いをしたし寝込んでいるのかもしれない。まだその時はそう思っていた。



 次の日も遥は休みだった。ただ担任の中村先生が家に電話したらしいが家にも帰っていないらしい。その時点でクラスの中に不穏な空気が少し流れ始めた。1組の大和君のように失踪したのではという人も出てきている。本当に大丈夫だろうか。



「山城、ちょっといいか」

「……はい。何でしょうか」


 帰りのHRの時、中村先生に声をかけられた。何の用だろう。いや多分あの件か。


「すまない。二谷の件で聞きたいことがあってな。少し時間をくれ」

「わかりました」


 中村先生に連れられ、職員室へ行く。そしてその奥にある応接室へ通された。初めて入る応接室のソファーに知らない男性と女性が座っており、その横には警察官もいる。


「連れてきました。すまない山城。昨日の放課後、お前が二谷と一緒に帰る所を見た生徒がいてな。一応話が聞きたいんだ。あちらは二谷のご両親だ」


 頭を下げて促された場所に腰を下ろした。その隣に中村先生が座りテーブルをはさんで遥の両親、警察官と向かい合っている状態だ。


「さて、じゃさっそくお話を聞かせてもらっていいかな。ごめんね緊張しないでゆっくり昨日の事を話してくれない?」


 こっちを怖がらせないようにという配慮なんだと思う。警察官の人が随分優しく話しかけてきた。私は昨日の事を思い出しながら出来るだけ詳細を話せるように頭の中で話す内容を整理する。



「えっとですね。昨日の帰りに遥から声をかけて貰って――」




 思い出しながら出来るだけ話した。ネットで知り合った人に近くの街でモデルの撮影会があるみたいだから一緒に行かないかと誘われたこと、そしてその場でモデルの男の人たちに、捕まりそうになったという話だ。流石にこの話には警察や遥のご両親も食いついた。


「まさかそれが原因でうちの娘が……!?」

「あ、いえ、あの! ちょうど通りかかった知り合いが助けてくれたので、私と遥はタクシーを拾ってすぐに帰りました! ちゃんと17時前には遥の自宅前で降りてます。そのあと私も自宅へ帰ったっていう感じでした」


 私がそこまで一気に説明すると警察官が補足するように話始めた。



「その件も気になりますが、我々が調べた所ですとちょうど18時頃に学校の防犯カメラに二谷遥さんの姿が映っているんです。なので私たちでもそこまでの足取りは確認していました。とはいえ念のためその捕まりそうになった場所だけ教えて貰っていいかな?」

「はい。わかりました。……あの遥は18時頃、学校にいたっていうのは本当ですか?」


 私がそう聞くと懐から手帳を取り出し何かメモを見始めた。


「ええ。捜索願を出されてからご両親にお話を伺った所、家出をするような子でも夜遊びするような子でもないと伺っておりましたので、すぐに通学路近辺と学校の監視カメラの調査を行っておりました。その時に分かったのですが、二谷遥さんに似た女子生徒が夕方に学校の方へ走っていく姿が通学路の近くにある道のカメラに映っていたのを確認しております。そこから学校に設置されている校門、昇降口のカメラでもやはりその時間学校へ向かってきていた二谷さんの姿が映っております」


「ああ。その映像は私たちも見たから間違いないと思う」


 消え入りそうな声で遥のお父さんが言葉をこぼした。



「あの……その後は?」

「それが学校に入った姿は確認取れたんだけど、出て行った姿がカメラに映っていないんだ。学校の出入り口には監視カメラがあるからそれに映らないように出ていくのは難しいはずなんだけどね」





 それから昨日の街の一件の具体的な場所だけ伝えて私は解放された。念のため他言無用と言われているが、こんな話流石に面白半分で言う神経なんてありはしない。


「はぁ――なんか身体重いな」


 教室まで戻り自分の鞄をロッカーから回収する。さて何もやる気が出ないし大人しく帰ろうか。そう思った時、スマホに着信が入った。何の気なしにディスプレイの画面を見て――私は驚愕する。





【二谷遥】


 


 その表記を見て、何故か私の手が少しだけ震えた。





 

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ちょっと仕事がバタバタする気配があり、もしかしたら明日更新が出来ないかもしれません。申し訳ないです。

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