第139話 恋々3

「なんだお前。部外者はすっこんでろよ」


 真司と呼ばれた男の人が勇実さんに近づき胸倉をつかむ。でも勇実さんの視線はその人を見ておらずずっと私の方を見ていた。


「なんだビビってんのか? 殴られないうちにさっさと――」


 そこまで言ってその男は膝から崩れ落ちて倒れた。まるで何もなかったかのように無視してさらにこちらに向かって歩いていくる。すると勇実さんは右手をゆっくり持ち上げまるでデコピンのような仕草をした。


 その瞬間何か黒い物体が私の顔を通り過ぎ、後ろから悲鳴が聞こえた。


「いってぇぇ!! なんだいまの!」

 

 その隙に渋谷の元を離れて遥を助けに向かう。思いっきり森田に体当たりをして助けようとするが体重の軽い私の体当たりじゃあまり効果がない。


「利奈は離れてろ。その友達もすぐ助ける」

「う、うん!」


 そういった勇実さんに対して先ほどの坊主頭の和也という男も勇実さんに向けて歩き出した。2人の距離が縮まりもうすぐぶつかるという所まで来て男が口を開いた。


「あんた何もんだ? いやまてあんたどこかで……」

「ただの保護者だ。だが見た所お前ら全員仲間か?」


 そういうと勇実さんは視線を倒れている渋谷、カメラマンの森田に向けた。さらに奥にいる先ほどモデルをしていた人たちもあとずさりしながらこちらを見ている。


「ちょうどいい。。話し合いの前にその子の手を放せ」


 そういうと勇実さんは和也と呼ばれた人の頭をまるでバスケットボールのように鷲掴みにして持ち上げた。男は宙づりになりながら必死に暴れている。拳を握り何度も勇実さんに向けて殴りかかっているが、勇実さんはずっと涼しい顔をしている。


「は、放せッ! 頭が割れる!!」

「だったらお仲間にも言ったらどうだ。その子の手を放せと」

「わ、わかった! 森田ァ! 何してるそのガキを開放しろ!」


 必死に叫ぶ男に気おされるようにカメラマンの森田は遥の手を放した。すぐに泣きながら遥は私の所まで来て抱き着いてきた。かなり震えている怖かったのだろう。だけどそれは私もだ。なんで勇実さんがここにいるのか分からないけど、本当に助かったとしか言えない。


「利奈。すぐに家に帰れ。何ならタクシー捕まえてもいい。分かったか?」

「え、勇実さんは?」

「俺はまだ用がある」


 ずっと相手の方を見ている勇実さんの顔が見えなかったけど、なんだかとても怒っているように感じた。私がひどい目に遭っていたから? それもあるかもしれないけどなんかそれだけじゃない気がする。


「うん。気を付けてね!」


 そう言葉を残して私は遥を連れてその場を後にした。途中後ろを振り向いたけど人の気配は感じない。少し安堵して電車に乗ろうか迷ったが遥の様子を見てタクシーを拾う事にした。



「ねぇ利奈。今日はごめんね。変なことに巻き込んじゃって」

「いいよ。でも今後面白半分でああいう場所は絶対行っちゃだめよ」

「うん。それは本当に懲りた。ねえあの帽子被った男の人って利奈の知り合い? ちょっと気が動転してて顔とか見てなかったんだけど」


 その言葉に私は少しだけ安堵した。まさか今回会いに来た目的の人だなんて言えないし、最近外出用に帽子を買ったのが正解だったのかもしれない。


「バイト先の人よ。後でお礼言っておくわ」

「ごめんね。私からもありがとうございましたって伝えておいて」

「もちろんよ」


 車内で流れる景色を見ていると遥がボソッと呟いた。


「でもなんか今日の利奈かっこよかったな」

「え? そうかな」

「そうだよ。私なんてずっとビビってて、身体も震えてた。でも利奈はあの男たちに向かって堂々としてたじゃん。本当にかっこよかったな」


 はてそうだろうかと考える。お世辞にも遥を守ったとは言い難いし、ただ一緒にあたふたしていただけのようにも思える。


「私が捕まっていた時、あの男に向かって体当たりしてくれたでしょ。あれがすっごくかっこよくてさ。本当に利奈ってかわいいだけじゃなくて、かっこいいんだってすっごい思った」

「ほめ過ぎよ」


 何か様子がおかしい気もするため、話題を変えた。



「でも結局お目当てのレイ様いなかったわね」

「ううん。それも


 

 何故か少し潤んだ瞳をこちらに向けて遥は唐突に言った。


 

「ねぇ。お願いがあるの」

「え、どうしたのよ。なんかいつもの遥っぽくないわよ」

「はは。そうかな。明日には元に戻れるよう頑張る。だからさ」



 そういって遥は私に顔を近づけた。






 

 言っている意味がよく分からない。なんで髪の毛なんて欲しがるんだろうか。


「何よそれ、気持ち悪いわね。っていうか髪の毛なんて何に使うのよ」

「お守り! それがあれば今日は落ち着いて眠れそう!」

「意味わかんないわ。――まあいいけど」


 そういって軽い気持ちで髪の毛を一本抜いてそれを遥に渡す。それをとても大切な物を貰ったかのように両手で受け取った遥の顔がとても何か違うものを見ているようで少し怖かった。



 

 

 Side 二谷遥



 昔から自分は熱しやすく冷めやすい性格だった。何かにすぐ熱中し、途端に冷める。その繰り返しのため妙に多趣味になり、色々な事を中途半端に手を出すため色々知るようになった。思えばそれが切っ掛けなのかもしれない。自分の好奇心を刺激するものを調べる事がどんどん好きになっていった。


 だから最近ネットで話題のレイ様の事もすぐに気になった。まるで映画の登場人物のような美形であり、とても日本人に親しみ安い顔をしていたためか、私も例に洩れず興味を示した。SNSを使い情報を集めた結果どうやら彼は霊能者として活動をしているという事が分かる。事務所サイトなんかも見つけたが現在は依頼を受け付けていない様子だ。恐らく色んなファンが突撃した結果なのかなと思う。

 

 そんな新しい興味の対象だったレイ様の撮影が行われると知り合った女性から情報を入手し、同じクラスの友人である山城利奈を誘って行ってみた。結果的にひどい目にあったのは言うまでもない。恐らくああやって女子高生を集めて何かしているのだろう。最初森田という男に腕を掴まれた時はもう前も見えない程に涙が溢れており、恐怖と震えで声も出なかった。

 しかし利奈は違った。私の腕を引いて、逃げようとしてくれた。私が捕まった時助けようとしてくれた。基本人付き合いに関しても広く浅くしか交友関係を作らなかった私をこうも必死に助けようとしてくれた利奈がとても愛おしく、多分これは恋なのだと自覚する。レイというモデルからクラスメイトの利奈に興味が移り、彼女の事を考えると胸が苦しくなる。でも私と利奈が付き合えるという事は当然ありえないのは理解している。

 同性同士であるというのはもちろんあるし、そもそも利奈にそっちの素養はないだろう。流石の私もある程度これが無理な恋だという事は頭ではわかっている。



「それでも――」



 もしも。という僅かの可能性にすがらずにはいられなかった。タクシーで家の前で下ろして貰ってから私はすぐに学校へ向かった。幸いこの時間ならまだ部活動をしている生徒も多くいる。校門を超えて教室へ。その後周囲に人気がない事を確認し理科室へ行った。マッチを6本拝借し職員室の近くに置いてあるプリンターからコピー用紙を1枚取った。




 誰もいない空き教室を探し、教室の扉を閉める。出来るだけ外から見えない位置に陣取り先ほど得た紙を広げた。やり方は覚えている。これがいつから流行った遊びなのか私も正確には分からない。でもここ数週間で密かに流行ったものだ。




 白い紙に赤ペンで四角形を書く。細長い四角を2つ。その四角を繋げるようにさらに細長い四角を書く。そして書いた図形の中の決まった箇所に〇を付ける。中央にマッチ棒を6本これを<ΛΛのように置いた。そしてその下に”はい”、”いいえ”、そしてあいうえおの50音の文字を書く。



 

 これは

 



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