第124話 悪憑きー天ー4

 じめッとした暑さを感じながらダリウスとパウラは日本へ到着した。最後に来日したのは十数年前ノーマンの結婚式の時だった。また日本に来たことは喜ばしい。しかし今回の目的を考えると少し胸が重い。


「お父様、ここからどうしますか?」


 大きなアタッシュケースを引きながら空港を2人は歩く。大体外国へ行くとその国の住民の視線が少し気になるものだったが昨今は海外旅行も頻繁に行われるようになったためか以前に比べ空港内は日本語だけではなく英語や中国語なんかも書いてあり随分親切な作りになったと思う。


「もちろんすぐノーマンの元へ行こう。まずは新幹線で移動して電車、そこからタクシーだな」

「宿泊先はどうしますか?」

「確か近くにホテルがあったはずだ。そこを利用しよう。ノーマンからは自宅に泊ってくれと言われたが、2人で泊るのは流石に迷惑を掛けるからな。幸いノーマンのいる場所は都会から少し離れているからホテルがいっぱいになる心配はないだろう」


 そう話しながら周辺地図の場所を探す。過去何度か日本には来たことがあるがどうしても来るたびに色々な場所が変わっているような気がするため特に日本の公共施設を利用する際は出来るだけ周辺地図を見るようにしている。


「はぁ甘いですよ、お父様。最近は観光とかでもすぐ人が埋まるんです。とりあずホテルの予約だけでもしておきましょう。電話しますね」


 そういうとパウラはスマホを操作し近くのホテルを検索しているようだ。随分逞しく育ったものだと少し感傷的になっているとパウラがさっそくホテルに電話しているようだった。


「こんにちは。今日の夜からとりあえず3日ほど泊まりたいのだけど部屋は空いてる?」


 随分達者な日本語でホテルと連絡を取っているようだ。


「ええ。ありがとう。夜にはチェックインできると思うわ。よろしくね」

「ホテルは取れたかい?」


 ダリウスがそういうとパウラは小さくため息をついた。その様子を少し怪訝にダリウスは見ているとパウラから衝撃的な話をされた。


「お父様。一応ホテルは取れましたがどうやら近くに観光名所があるそうで旅行客の方々も多いそうですよ。夜に行ったら多分満室だったんじゃないですかね」

「う……それは、助かったよ。パウラ」


 どうやら野宿が避けられたのはパウラが居たお陰のようだとダリウスは内心考えた。微妙な空気を打ち消すように小さく咳を出しまず新幹線に乗るための駅へ移動を始めた。





 日も落ち周囲が闇に沈んだ頃。ようやくダリウスとパウラはノーマンの住むマンションの前に到着した。既にホテルにはチェックインを済ませ必要な道具もすべて準備している。


「ここにノーマンは住んでいるんですね」

「そういえばパウラはノーマンの家に来るのは初めてだったか」

「はい。それにしても日本は土地が少ないですから集合住宅は仕方ないと思いますが……ここで悪魔祓いをしてよいものでしょうか」

「出来るだけ物音を出さないように心がける必要があるが、流石に難しいな。とりあえず会おう。まずはそれからだ」


 二人はマンションのエントランスに入りノーマンが住む4階へ行くためエレベーターに乗った。少々古いエレベーターの中に手荷物など持って入り4階へ移動する。チンっという音と共に開いたマンションの廊下へ足を踏み入れる。月明りと僅か灯だけの薄暗い廊下を2人は歩く。そしてノーマンが住む部屋の入口でチャイムを鳴らした。


 しばらく待っていると中から玄関に向かってくる足音が聞こえてくる。ガチャガチャという物音の後に玄関が開いた。


「……ノーマン」

「父さんッ!」


 それだけの言葉を交わしダリウスはノーマンを抱きしめた。随分大きくなった背中だというのにどこか子供のように震えている。


「久しぶりね、ノーマン。痩せたんじゃない?」

「そうかもしれないな。でも会えてうれしいよパウラ」


 久しぶりの再会を喜び、いよいよ本題に入るためノーマンの自宅へ上がった。玄関で靴を脱ぐ事を忘れず、スリッパを履いて部屋の中に入る。


「ノエルの所へ案内してくれ」

「あ、ああ。こっちだ」


 ノーマンに案内され連れていかれた場所に娘のノエルが居た。ノーマンの横を通りダリウスは部屋の中に足を踏み入れる。


「ッ! これは……」


 その部屋に入った瞬間僅かだが異臭が鼻を突いた。見るとベッドで横になっているノエルがいる。だが様子がおかしい。いや既に様子がおかしいのは知っているのだが何かが変だ。こちらへ視線を移しながらもどこか顔を歪ませ、口は半開きになっている。涎が流れ首回りは随分濡れているようだ。そして薄い掛け布団の下で何か身体が動いている。


 ゆっくり部屋の中に入り、ノエルの傍に近づく。ダリウスが近づいてもノエルの視線はダリウスに向けているがやはりそれだけのようだ。変わらず身体が、いや正確に言えば腕が動いているようだ。恐る恐るノエルの身体を覆っている掛け布団に手をかける。すると後ろにいたノーマンから声がかかった。


「父さん! あの……いやなんでもない。ただどうか、理解してほしい。


 

 ノーマンがおかしなことをいう。当然そんなことはダリウスにとっても百も承知。だがその言葉の意味をダリウスはこの後すぐ知る事になる。



 ゆっくり掛け布団を捲りノエルの様子を見て、この異臭の原因がダリウスには分かった。




 ノエルは、ずっと――




 絶えず指が動き、それに合わせ身体が痙攣している。既にノエル自身の体液で下着や布団はびしょ濡れになっている。この独特の臭いが部屋に籠っていた異臭の原因であった。



?」

「ああ、そうだ。家に着いた頃にはもうずっとこんな様子だった。義両親にも説明したが病院へ行くように言われた!」


 当然の反応だろうとダリウスも考える。この様子だけを見たら何かしらの精神病だと普通は判断する。ダリウスも事前に事情など聴いていなければ病院を進めていたはずだ。


「それでどうだったのだ?」

「電話で説明したら連れてこいと言われたよ。だが、こんな状態でとても外になんて連れていけない! だから出来るだけ電話で状況の説明をした……そうしたら精神病院に行くように、そしてすぐ入院を勧められた! でもどう考えてもコレは病気なんかじゃない! 何かにッ! そう悪魔にでも憑りつかれたとしか思えないッ!! そうだろう!? ――それから義両親とはちょっと険悪な状況でね。無理やりノエルを連れて帰ってきたのが今日だ」


 再び布団をかけ直そうとしてノエルの手首に傷と何かひも状の痕があるのをダリウスは見つけた。


「手首のこれは――傷か?」

「一度無理やりやめさせようとしたんだけど、どうしてもだめだった。だからベッドの脚に紐をくくって両手を拘束してみたんだけど、叫びながら酷く暴れてしまって――」


 それですぐに解いたという事か。それにしてもこのノエルの様子を見るに何かに憑りつかれている可能性は極めて高い。まずはやれることをやるべきだとダリウスは考えた。


「パウラ。さっそく準備をして――パウラ?」


 いつもならダリウスが何か言う前に既に動き始めているパウラだがこの部屋に入ってから妙に静かだった。ダリウスはノエルから視線を外しパウラを探す。


「ッ! パウラ!?」

「なッ! どうしたんだ!」


 

 後ろを見るとノエルの部屋の入口で額を抑え蹲っている。ダリウスは慌ててパウラの元へ行き背中をさすった。


「大丈夫かい、パウラ」

「――――」


 顔を伏せていたためダリウスはパウラの顔が見えない。だが何か小声で言っている。ダリウスは心臓の強い鼓動を感じながらゆっくりパウラの口元に耳を近づようやくダリウスはパウラが何を言っているのかを知った。



「レタ――ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ」


 



ーーーー

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