第123話 悪憑きー天ー3

 ノーマンと通話を終了させたダリウスが取った行動は迅速的だった。今だ震えている身体を沈めるため神に祈りを捧げこれから自分が取るべき行動を思考した。ダリウスにとって孤児院に住む子らは皆自分の息子であり娘だと考えている。たとえ血の繋がりがなかったとしても家族になることは出来るのだと信じてここまで過ごしてきた。

 だからこそ、今回遥か遠方に旅立った息子の危機を見過ごすことなどダリウスにはできなかった。祈りを捧げ身体を落ち着けた後にすぐに手帳を確認し明日以降のスケジュールの確認をする。いくつか予定が入っているがそれらをすべてキャンセルする旨を先方に謝罪と共にメールで送った。次にタンスの引き出しを開けその中からパスポートを探し出す。4年前、一度ノーマンに会うため更新していた良かったと心から安堵した。

 少し埃を被った旅行鞄を引っ張り出し1週間分程度の着替えをその中に詰め込む。そして次に必要なものを考え、ダリウスは孤児院の近くにある教会へ赴いた。


 時間は既に夜を回っている。この時間、教会は無人となっているが却って好都合だった。手元の鍵で施錠を外し中に入った。スマホのライトを付けそのまま中に入り以前自分が使っていたロッカーの前に行く。音を立てながらゆっくりと開きその中に以前使っていた祭服を取り出し、すぐに着替える。


「出来れば直前に作るべきだが、日本では教会が少ないか」


 一度教会の外へ出て井戸から水をくみ上げる。既に60を超えたダリウスにはこの作業は中々に堪えたが、何とか水を得る事が出来た。その水を桶に入れ教会へ戻る。教会のとある一室。そこは聖水式を行う場所だ。盤に先ほど汲んだ井戸水をゆっくり入れる。


「さて、ここからどうしたものか――」

「お父様、聖水式を1人で行うのは難しいでしょう」

「ッ!」


 突如後ろから声を掛けられダリウスはすぐに振り向いた。そこには同じく祭服に身を包んだパウラがいた。


「はぁ脅かさないでくれ。それにしてもどうしてここに?」


 パウラも孤児院で育った者の1人だ。少し赤毛が混じった髪に愛嬌のある顔立ち。ノーマンと同い年であり他の子どもたちは皆成長して巣立って行ったのだがパウラはダリウスの元に残り孤児院の手伝いをしてくれていた。


「それはこちらの台詞です。先ほどマーカスから教えて貰いましたが、ノーマンから連絡があったのですよね? そこから随分お父様の様子がおかしいので部屋にお邪魔したところわざわざパスポートまで用意しているではありませんか」

「それで私を探していたのか」


 そういうとパウラはゆっくりと頷いた。


「何かあったのでしょう。話してください。ノーマンとは同期なのです。私も力になります」

「……実は」



 そうしてパウラにノーマンから連絡があった事、ノーマンの娘が何か悪霊に憑りつかれた事。そのため除霊するために日本へ向かう事を説明した。


「そうでしたか。では私も行きましょう」

「は? いや何を言っている。私だけで――」

「お父様はもう高齢なんですから、一緒に行きます! それに私なら日本語の読み書きもできます。お父様は日本語読めないでしょう?」

「いや、話す程度なら……はぁそうだな。では一緒に行こうか」


 普段は大人しく優しい子なのだがこういう時はかなり頑固になる事を知っているダリウスは内心ため息を吐きながら了承した。


「では聖水式を行いましょう。お父様は祈祷をお願いします」

「――はあ。時間もないやるとしようか」


 ダリウスとパウラは共に十字架を抱きながら目を瞑った。


「栄光は父と子と聖霊に――」


 ダリウスはいつも以上に心を穏やかにし神へ祈りを捧げる。


「主憐れめよ」


 ダリウスの祈祷に合わせてパウラは連祷を行う。2人しかいない暗い部屋でダリウスとパウラの言葉が静かに響く。


「われらを悪より救い給え。アーメン」


 そう言い終わると持っていた十字架を盤の中に入れ十字を描いた。



「よし、聖水が完成した。これを瓶に詰めておこう。後は私がやる。パウラ、君が本当についてくるつもりならすぐに準備をしなさい」

「はい、わかりました」


 一礼して去っていくパウラを見てダリウスは頭を一度掻き小さくため息をついてその場の片づけを行い、後の事をマーカスに頼むという旨の手紙を書いて机に置く事を決めた。


「……流石にマーカスまで付いてきてしまっては孤児院を任せる人間がいなくなってしまうからな」




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