第111話 愛しく想ふ7
「勇実さんはこれからどうされますか」
「一応顔も見れましたし適当にこの辺を回っています」
「わかりました。一応撮影が終わった後に日葵ちゃんたちと食事の予定になってますので15時くらいには戻ってきてください」
時計を見ると現在は12時55分。とりあえず2時間は空きが出るのか。なら念のため周辺の確認だけしておこう。
「日葵ちゃんが撮影が終わった後にCM撮影の打ち合わせをするみたいですね。あとその食事に紬も呼んでいますので」
「……そうですか」
それはそれで疲れそうな気がするのだが……。ポッキーを食べながらスタジオの外に出る。太陽の日差しを浴び額に汗が流れるのを感じながら近くの自動販売機を探す。緊張もあり喉が渇いて仕方ない。
「コーラ。コーラっと」
ガタンっという音と共に落ちてきたペットボトルを取り出しキャップを開けて口の中に流し込む。水分が足りない身体にコーラが染みるぜ。とりあえず纏っている魔力を可能な限り抑え周囲に出来るだけ影響を与えないように注意する。これで仮に霊がいても俺の魔力に影響される事はないだろう。
大通りに走る車やたくさんの通行人を見ながらポッキーを食べコーラを飲む。周囲はコンクリートの建物しかないが点々と置いてある街路樹や楽しそうに話している人達を見るとこういう風景を見ているのも悪くないと思ってくるものだ。近くのベンチを見つけそこに腰を下ろし俺はスマホから電子書籍を開いて読書を始めた。本を読みながら周囲を警戒して――。
「ん、なんだ」
今確かに視線を感じた。スマホをしまい周囲に視線を送る。すると何人かの女性がさっと顔を背け始めた。周りを見るとこちらにスマホを向けている者、立ち止まって見ている者など様々だ。そんな状況に思わずため息が出るが感じた視線は
正直な話この世界にきて女性からこのような視線を受ける事にはある程度慣れてきた。最初はこちらの個人情報を狙い間者みたいものかと思ったがどうやらそうではないらしい。だからこの手の視線は極力無視するようにしているのだが、先ほど一瞬感じた視線はこれらとは真逆の視線だった。妬み、恨み、そんなマイナスの感情が籠った視線。だが周囲を見てもそれらしい人影がない。既に姿を消しているのか、あるいは人影に紛れたか。どのみちただものではないような印象を感じた。
「あ、あのー」
どうしたものかと思案しながらポッキーを食べていると遠巻きに見ている女性2人組に話しかけられた。今度はなんや。
「どうしました」
「ご、ごめんなさい! 一緒に写真いいですか!?」
「あの! お願いします! お兄さんすごくカッコいいので写真だけ……」
これはまた対処に困る話になった。連絡先を聞いてくる連中は基本断るようにしている。なんせ今情報を握られるのだ。架空請求か迷惑メールの類が来る事を俺はいまだに疑っている。だが写真か。
「ええ。いいですよ」
「きゃー! ありがとうございます!!」
「やった!」
正直遠巻きで写真を撮られるなんてもう慣れた。今更俺の写真が広まった所で俺の痛手にはならないだろう。多分だが。
ベンチから立ち上がり女性と並んで写真を撮影する。もう一人がスマホでこちらにカメラを向けているためあのスマホに向かってピースでもすればいいのだろう。いやまてよ、源が写真撮る時は笑えって言ってたな。そんな事を思い出しながらポッキーを咥えたままピースをした。
ガシャガシャガシャとどう考えても連射されているような音を聞きながら今度はカメラマンだった子と俺の近くにいた子が入れ替わった。
「あの、サムズアップして頂いてもいいですか?」
「え、こう?」
「はい! ありがとうございます!!」
そういうとその子は片手を前に出し親指を伸ばし他の指は少し曲げるという変わったポーズをした。見た感じハート型を半分にしたような形だ。でも俺は親指を伸ばすサムズアップをしている。なんかバランス悪ッ!
そして先ほどどうように明らかに連射のような形で写真が撮影されようやく解放された。――と思っていたらさらに人だかりができて皆がスマホをこっちに向けていた。
(何これこっわ!)
そんな事を思っていると周りの女性たちが次お願いしますと申し込みをしてきたため、俺は謝罪をしながらスタジオの中に避難した。だめだ下手な魔物よりよっぽど怖い。
スタジオの中に入ると同じように飲み物を飲んでいた大胡が座っていた。
「お疲れ様です。今回は本当にすみませんでした」
「いえ、もういいですよ。いい経験が出来ました」
「はは。そう言っていただけると本当に助かります。謝礼は期待してください」
そう雑談しながら大胡と一緒に先ほど撮影をしていた地下の階段を下りていく。するとロビーにいた菅野ともう一人知らない男性が話している。階段を下りる足音が聞こえたのだろう。二人が俺の姿を見つけると菅野が駆け寄ってきた。
「あ、勇実さん。いい所に!」
「――――どうしました」
なんだ。妙な悪寒がする。
「実はですね――」
「菅野さん、僕の方から説明いたしますね」
菅野が何か言おうとしたタイミングでもう一人の男が話しかけてきた。ニコニコと笑いながらこちらに声をかけてくる。
「初めまして。僕はデンシン株式会社でプロデューサーをしております西中です」
そういって名刺を渡された。いや俺もってない……。
「すみません、名刺がなくて」
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ。実は折り入ってご相談がありまして。今回弊社が制作予定のポッキーのCMを作らせていただく会社なんですが。実はCMで参加する予定だった男性タレントの方がちょっと使えなくなってしまいまして」
そういって笑顔だった西中の眉が下がり少々苦笑いをしている。しかし使えなくなったとはどういう事だろうか。
「使えなくなったというのは?」
「……ここだけの話なんですが、今回起用する予定だったタレントさんが今度雑誌に
すっぱ抜かれました。その内容というのが未成年淫行というかなり厄介なネタなんです。元からちょっと怪しい行動が多かった人だったみたいですが今回等々撮られたみたいですね」
そういって西中がスマホで表示した画像を俺に見せてきた。そこには茶髪でさわやかな笑顔を振りまいている青年がいる。っていうかこれどこかで見たことあるぞ。
「勇実さん、この人は以前の依頼で紬からNGを食らったタレントですよ」
「ああ。あれか」
後ろにいた大胡がこそっと教えてくれた。なるほどなんか見たことあると思ったよね。
「幸い本格的にCM撮影が始まる前にこの情報が分かったのは逆に良かったですがね。そのため実は先ほどから代行の人を探す打ち合わせを緊急でやっていたんです」
「はあ。それと俺に何か関係が……?」
「大変申し上げにくいのですが、これって勇実さんでしょうか?」
そういうと西中が持っていたスマホをワイプさせ次の画像が表示させる。そこにはベンチに座り足を組みながらポッキーを食べてスマホを見ているひとりの男の姿があった。
っていうか俺だった。
「……俺、ですね」
もうこれって盗撮なんじゃ……。いや、でも写真撮ってもいいって言っちゃったか? いやまだベンチに座ってるから時系列的にはまだ許可してないような。
「この写真はどこで?」
「SNSです。ほらポッキーってトレンドになっているのわかりますか?」
ツイッターを立ち上げ急上昇の所にポッキーと書いてある。そこをタップすると先ほどの俺の写真が大量に上がっていた。
『みて! 超カッコいいイケメンがポッキー食べてた!』
『マジかっこいい! モデルだよね? 名前なんていうんだろ!』
『ポッキー食べながらちょっと笑っているのがいいよね!』
こんな感じのツイートが大量に流れていた。写真が何故か拡散され妙に広まっている。背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「これを見たメーカーであるグリコンの広告の方がちょうどその会議中に話題に出しまして。この微笑しているイケメンがいる場所ってこの辺じゃないかと」
「……なるほど」
それは微笑しているんじゃないんです。ただぽぽぽーぽ・ぽーぽぽを見て笑いを堪えていただけなんです。
「それを見た菅野さんが勇実さんという自社タレントだと申し上げていたのでこうしてお話をさせて頂きたいなと思い声を掛けさせていただきました」
菅野の方を見ると汗を流しながら視線を明後日の方向に向いている。
「菅野さんから勇実さんは特殊な立ち位置のモデルと伺っておりますがどうでしょうか。ぜひCMに参加していただけませんか?」
――俺、この
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