第110話 愛しく想ふ6
もう無心になるしかない。言われたとおりにポーズを取りひたすらフラッシュを浴びていく。しかし長い。撮影が始まって既に30分。表紙の撮影と聞いていたけど1枚だよな? たった1枚取るのにこんなに掛かるものなのか。
「うーん。なんか惜しいのよね」
「惜しい?」
「そう。礼土ちゃんもうちょっと笑顔にならない?」
笑顔か。まぁまかせてくれ、伊達に昔貴族や王族の護衛でパーティーに出席した訳じゃない。作り笑顔は得意だ。そう過去の記憶をたどり少しぎこちない笑顔を作りカメラを持っている源の方に向いた。
「んー!! なんか違うわ!!」
「え、そうかい? すごくいいと思ったけど」
源の横で撮影した画像を見ている社長さんが源に質問をしている。俺としても普通に笑顔を作ったつもりなんだが何が違うのだろうか。
「なんていうのか嘘っぽいのよね……そうだ。ねぇ礼土ちゃん。今日はお菓子持ってきてないの?」
「……一応ポッキーとチョコボールならありますが」
「んーそうね。じゃチョコボール食べながら写真撮りましょうか」
源の言っている意味が分からない。お菓子を食べようが食べなかろうが何も変わらないと思うんだが……。そんな疑問を抱きながらも鞄の中からチョコボールが入った容器を取り出し1個口の中に放り込みまた同じようにポーズを取ってカメラの前に立った。
「うん! 思った通りね! 礼土ちゃんってお菓子食べてるときは自然に笑えてるわ!」
「おおー! 確かにこっちの方が魅力的だね。なんていうか甘い笑顔っていうのかな。うん、これは売れそうだ!」
口の中の甘い感触を味わないながら自分の口元を触るがよくわからない。思えば向こうの世界で自然に笑うなんてことはしたことがなかったように思う。こういった部分も俺自身の変化なのだろう。
「オッケーよ! うんこれでばっちりね!」
「ありがとうございます」
よかった。無事に終わった。変な汗をいっぱいかいた気がする。
「いやぁ勇実君! 本当に助かったよ。よかったらこの後食事でもどうだい?」
「ありがとうございます。ですがこの後も仕事が入っておりまして……」
「おやそうか。ではまた次の機会に誘わせてくれ」
荒木社長はしきり俺の両手を握り上下に振りながら満面の笑顔を浮かべていた。その様子に少々戸惑いを覚える。魔人を殺す。魔物を殺す。そうしても喜んでもらった記憶なんてそれほどない。そしてこの世界に来て霊や呪いなんかと対峙し依頼人から礼を言われたことだっていっぱいある。だが一切戦わずただポーズを取るだけでここまで喜んでくれる人もいるという事が少し衝撃的だった。
「それで本命は次ですよね? 大胡さん」
「はい。午後に日葵ちゃんと菅野さんがCM撮影の告知用写真を撮るためにスタジオに入ります。そこで紬と同じように勇実さんと紹介する予定です」
「一応聞きますがオカルト嫌いとかじゃないでしょうね?」
前回はそれで失敗したからな。
「一応ホラー系が苦手と聞いてますが紬のように病的に嫌っているという事はありませんので大丈夫かと思います。それで本当に霊能力でストーカーを見つけるなんて出来るんですか?」
「流石に出来ませんよ。そのあとは俺は姿を見せないようにしてその日葵って子の後を付けます。それで後を付けている奴がいればそれでよし。いなければ――」
それはもう彼女の妄想か何かという事になる。
「まぁとりあえず数日は様子を見ましょう」
「はい。よろしくお願いいたします」
「ところで何のCMをやるんです?」
「新しいポッキーのCMですよ」
なんと、どうやら彼女を守る理由が一つ増えたようだ。
「紬さんはもう出ないんですか」
「CMの撮影予定と映画の撮影が被っていたので今回は別の方にという事になりました。ちょうど日葵ちゃんもソロになったばかりなので菅野さんからの猛プッシュもあって決まった感じですね」
「あ……なるほど」
確かにあの菅野って人は日葵に夢中みたいな感じだったもんな。あんな感じで外でもやっているのであれば色々大変だろう。俺ですら大胡がいなかったら絶対断っていた気がするし。そう考えるとよく仕事を取ってきているもんだ。
「あ、来たみたいですよ」
大胡がスマホを見てそう言った。どうやれ連絡が入ったのだろう。さていよいよか。今回は単純なストーカー退治。正直顔を合わせる意味なんてまったくないが一応会っておくとしよう。そう考えると今回は本当に会う意味なんてないんだよなぁ。遠目で一目だけ見れればそれでいい。後は適当に魔法でマーキングだけすれば居場所は分かるようになる。
「おはようございます。アウロラ・プロダクションの四季日葵です! よろしくお願いします」
スタジオに響くような声で女性が入ってきた。帽子を被りぶかぶかの服を着て頭を下げながらよく通る声であいさつをしている。
「あの子ですか?」
「はい。そうです」
うん、普通だ。まぁ当たり前だろう。別に霊に憑かれている訳でもないのだ。これで一応考えていた霊のストーカーという線は一旦は消えたかな。いや俺という強い魔力を持った存在が近くにいると普通の霊は逃げるだろう。念のため後で周囲を探っておいた方がいいか。
「佐藤さん、おはようございます!」
「うん。おはよう、日葵ちゃん。今日も頑張ってね」
「はい!」
普通だ。菅野が言う程の人見知りに見えな――いや違う。よく見ると帽子のバイザーで巧みに視線を遮っているがよく見ると視線がずっと泳いでいる。すごいな、ああやって自分の視線を他人から見られないように自然に防いでいるのか。ずっと帽子ってただのおしゃれアイテムなのかと思っていたが甘かったようだ。確かにこの世界での日常生活において仮面やフードなんかで顔を隠していれば悪目立ちする。それゆえあのように自然な形で顔を隠している奴がいるとは思わなかった。四季日葵……ただ者ではないようだな。
「おはようございます。初めましてモデルの勇実と申します」
「はい! おはようございます!」
流れに身を任せて挨拶してみたがやはりそうだ。俺の目を見ようとはせず足元に視線を感じる。これは試してみるか。
自然な形で俺はポケットに手を入れそこからポッキーを取り出す。その際にわざと不必要にオーバーな動きで取り出した。その瞬間、ポッキーの先端のチョコ部分。それが帽子のバイザー部分にあたるように軌道を変更し、バイザーに触れた際にポッキーを摘まんでいる指に力を入れ一気に上に吹き飛ばす。これなら周囲からはポッキーを摂取しようとして誤って帽子に触れてしまったとしか見ないはずだ。
「ひゃああ」
帽子が宙を舞った瞬間、日葵は両手で顔を隠し一歩後ろに跳躍した。なるほど、素早い動きだ。そこまでして顔を見られまいとするその行動に感服する。こやつ……環境が違えば立派な暗殺者に――。
「もう勇実さん何やってるんです?」
「ああ、菅野さん失礼しました。ちょっとポッキーを食べようと思ったらぶつかってしまったようで」
「いや、なんでここでポッキー食べようとするんですか!」
小腹が減ったらお菓子を食べる。普通だろうに何を言っているんだ。
「糖分の接種は脳に必要な行動ですよ」
「TPOというものをですね……」
「ははは。彩ちゃん。私は大丈夫だから、ちょっとびっくりしちゃっただけでさ」
いつのまにかまたあの帽子を装着した日葵が俺にせまっていた菅野を止めてくれた。もうこの人苦手だ。
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