第104話 赤く染まる15 完

 院長室。


 そう書かれた部屋がある。強い呪いの気配が間違いなくこの先から感じるのだ。慎重に俺は扉を開けた。


 周囲を見る。崩れた本棚。今だ血痕が残る机。確か直人はここで死んだんだったか。それを見ては俺は一つ心の中で安堵した。不謹慎なのはわかる。理解しているとも。でも、そうでもなのだ。


 「ア"ア"ア"ア"ア"ア"」


 院長室の中にある洗面台だろうか、そこに俺の身体が映りその後ろに赤い顔の男が二人いる。どうやらあの4人の所にいた呪いがこっちに来たようだ。鏡の中の赤い顔をした二人の男、そのどちらかが直人なのだろう。その二人が鏡の中で俺のすぐ近くまで接近し手にもったメスで俺の首を切ろうとしている。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"! ア"?」


 何度も何度もメスで俺の首を切ろうとするが切れない。まるで刃がついていないおもちゃのナイフで必死に切ろうとしているかのように。次にメスを俺の首に突き立てようとするがそれも同様だ。首に刺さらない。もう一人の赤い顔をした男は俺の眼球を突き刺そうとするが同様だ。抉ろうとメスを突き立てているが一向にメスがそれ以上先に進まない。


「なんか痒いんだが……まぁいいや。下手したらここが一番安全まである。なんせこの部屋は既に壊れてるし」


 そう、この部屋ではもう変な気づかいは必要ないのだ。なんせもうこれ以上ないくらいぐちゃぐちゃなんだもん。バレへん、バレへん。

 首元と目の痒みに耐えながらそのまま進みさらに奥の部屋へ行く。ようやく今回の原因ともいえる神棚のある部屋に来た。黒い根のようなオーラが絶えず動いておりそれがこの部屋全体を覆うように伸びている。俺という侵入者に気づいたのだろう。その黒い根が一斉に俺に絡みついてきた。


「まぁそんな雑草みたいな根がいくら纏わりつこうとも意味ないんだけどね」

「ギイィアアアアア!」


 歩く度に足や手、身体に絡まった根が切れそこから赤い血液のようなものが出てくる。そのたびに女のような甲高い悲鳴が周囲に木霊するがそれも無視して神棚の方へ歩を進めた。


「なんだ、なんだ。生意気に痛みでも感じてるのか? それともこの呪いの術者の悲鳴だったりするのか? どのみちここまでやったんだ。それ相応の覚悟はあるんだろう」


 絶えず伸び赤い血潮が部屋にばらまきながらそれでも俺の歩みを止めようと必死にしがみつく呪いの根をすべて引きちぎり神棚の前に来た。そこには何やら赤い模様が掛かれておりその中央に人の頭蓋骨と切り取ったであろう皮があった。頭蓋骨の前に置かれた皮膚はまるで何かを包み込むように巻かれている。恐らくあの中に直人のスマホがあるとみていいだろう。という事はこの皮膚や頭蓋骨も直人のものか? 考えても仕方ない。直人には申し訳ないがこれはもう消滅させるしかないだろう。


「伊藤直人さん、つらい思いをされ嘸かし無念だったでしょう。ですがどうか安らかに眠り残された人たちを見守っていて下さい」


 目を閉じ光魔法でこの部屋を照らす。思い浮かべるは晴美さんの家で見た直人の顔。それがどうか安らかに逝くことを考え魔法を使用した。俺が放った周囲を照らす魔法によってまるで火に焼かれたかのようにこの部屋を覆っていた根は少しずつ焼かれ黒い霧となり消えていく。


「これで終了だ」


 周囲の光が神棚に集まっていく。



「”閃光の十字架フラッシュ・クロス”ッ!」


 指をパチンとならし集まった光が神棚を包むように集まりさらに圧縮されていく。それを指パッチンを合図に十字方向に光が炸裂し綺麗な十字架を作った。

 よしよし我ながら綺麗に十字架の形になったんじゃないか? これは今後の決め技として使えそうな気がする。なにより見栄えもいいしなんか霊能者っぽい感じもする。そう思っていると呪いが消えたのだろうこの病院から感じていた悪い気配は急速に消えていった。


「ってなんじゃこりゃあ!!」


 俺は目の前を見て固まった。部屋の壁に黒い焦げ跡が残っている。そう十字架の形で。最後の最後で俺は調子に乗ってしまったのだ。


「こ、こんな事なら普通にいつものやつで潰して終わりにすればよかった」


 膝から崩れ落ち俺は涙を流した。いやまだ泣くなレイド。まだ終わっていない。震える手でスマホを操作しある人に通話する。


『もしもし、勇実殿か。どうなされた』

「お疲れ様です、大蓮寺さん。依頼いただいた呪いの件は終わりました。ただ俺には後始末が残っています」

『なに、後始末とはいったい……儂に手伝えるなら呼んでくれ』


 泥掃除と壁の掃除のために大蓮寺さんは呼べない。っていうか誰も呼べない。


「いえ、本当に大丈夫です。ただ俺は手が離せないので申し訳ありませんが大蓮寺さんから依頼人の方々に報告をお願いしてもいいでしょうか」

『――承知した。任せてくれ』

「はい、ありがとうございます」




Side 大蓮寺京慈朗


 通話を終え、先ほどの勇実殿の声色を思い出す。とても苦しそうな声だった。やはり並大抵の呪いではなかったという事なのだろう。呪いを返す途中に自ら呪いに侵される術者は少なくない。勇実殿に限って万が一はないと思うがあの者たちについていた呪いをいったん自分の身に移したという可能性も十分に考えられるだろう。


「まったく本当に大した男だよ。牧菜!」

「はーい。どうしたの父さん」

「勇実殿の口座に今回の依頼料として500万円振り込みをしておいてくれ」

「え? なんでお父さんが払うのよ」


 不思議そうな顔をする娘を見て思わずため息がこぼれる。


「いいか。あれは本来儂宛の依頼だったのだ。それを手に負えぬという情けない理由で勇実殿に代行してもらった。そしてその勇実殿は恐らくだが、その呪いから依頼人を救うために身代わりになった可能性が高い」

「うそでしょ!? なんでそんなことわかるの」

「わかるさ。あれほど苦しそうな勇実殿の声は聞いたことがなかった。それに後始末が残っているとまで言っておったからな。間違いあるまい。そうとう苦しい思いをしているのだろう」


 何度か仕事を一緒にこなしたがあそこまで疲弊している彼の声は初めて聞いた。自分の無力さが腹立たしい。


「助けにいかなくていいの?」

「行きたいが彼がそれを拒んだのだ。恐らく儂を巻き込まないためだろう。そんな彼にしてやる事なぞ限られてくる。それに今回の依頼料をその若者たちが払えるとも思えない」

「だからってお父さんが払う必要ある?」

「ないだろうな。これは依頼者が払うべき金だ」

「だったら――」


 そう言いかけた娘の言葉を儂は遮った。


「勇実殿は自分の力を正しく理解していない。そしてその仕事に見合った対価も同様だ。もし今回の仕事を儂が受けた場合依頼料は少なくみつもっても500万は要求する。なんせこちらの命が掛かっているのだ。当然支払い方法は応相談という形になるがそれでもその程度の金額は掛かるだろう。だが勇実殿は恐らく数十万程度と言われればそれで納得してしまうだろう。世間に疎いというか自分の命を安く見ている傾向があるように感じて仕方ない」


 事実最初に出会った伝承霊事件の依頼料は当初数十万受け取れればそれでよしと思っていたと勇実殿は話していたことがある。つまりあれほどの修羅場を迎えてもその程度の金額でよしと考えてしまっているのだ。この業界に入る以前どのような仕事をしていたのか不明だがどうすればあそこまで自分の命を安くみれるのか疑問で仕方ない。


「それゆえに勇実殿には適正な依頼料を把握してもらいたいという意図がある。だから勇実殿へ500万儂から依頼料として支払いを行い、例の若者たちからはとりあえず100万という依頼料の請求を行うとしよう」

「差額の400万円はどうするの?」

「どうもせん。儂の治療費と思えばいいだろう。実際この一件を儂が受けた場合死んだ可能性が高いからな」

「……わかったわ」

「準備ができ次第、春興寺へ行くぞ」

「うん。ちょっと待っててね!」




 勇実殿、君に限って大丈夫だと思うが、どうか無事でいてくれ。






Side ■■■


「きゃあああああッ――――!!! ――――アア」


 目の前で絶叫を上げ絶命した女性をみる。髪の毛が強引に抜けたのだろう髪の根元には僅かに皮膚がついているのが分かる。裂けた舌。20以上にバラバラの肉片となった四肢。飛び出した眼球。それを私を含めた幹部10名は無言で見ていた。

 いや無言というのは正確ではない。皆が必死に口を手で押さえあるものは目を瞑り、あるものは涙を流し、あるものは祈りをささげている。


「いやはや。この規模の呪いになると流石に呪い返しも凄まじいですね」

「く、区座里様! これは、これは何ですか!?」

「何とは? 見ての通り呪いが返されたのでしょう。呪いの強さに比例するように返される力はそれは壮絶なものになるのは必然。とはいえここまでの呪いを返せる術者がそうそういるとは思えませんね」


 自然に口角が上がる事を自覚しながら目の前の事実を整理してく。この米沢が担当していた区域の呪いは確かこの国でもポピュラーなホラー映画を模して作った呪い。もともと大した事がない地縛霊が住む物件を抑え、米沢が私の指導通りに呪いを作成し確かそこを利用した医者を犠牲にして発動させた感染拡大型の伝承霊。以前のような怪談をモチーフにしたものとは違い、今回はこの国でも有名な映画を模倣して作った伝承霊だった。出来ればさらに拡大し多くの犠牲者を出してほしかったというのが本音だったがこれは思わぬ収穫だったと言える。


「みなさん。教徒米沢は肉体を捨て新しい高次元の存在に至れなかったようです。皆さんもこうならないように各々が担当している呪いの扱いに注意してくださいね。さあ、ここの片づけは私がやりましょう。皆さんは退出してください」

「し、しかし教徒区座里。教祖綺禅きぜんにはこのことを……」

「必要ないでしょう。あの方の望みには届かなかった失敗例です。わざわざ無意味な報告を上げてこれ以上心労を増やすのも我らの本意ではないと思いますよ」

「そう、ですね。失礼しました」


 そういってその場にいた幹部たちは部屋から出て行った。ローブを脱ぎ血だらけの肉塊となった米沢の元に座る。


「さあ、一つになりましょう。たっぷりと呪いを浴びたその身体はきっと私の身体に合う。さあ久しぶりの食事の時間だ」


 手で散らばった肉を口に運んでいく。しかし本当に大きな収穫だった。この呪い返しの代償を見るに完全に呪いを潰され返されたのだろう。普通の術者なら呪いの力の方向を変える程度しかできないはず。それゆえに精々こちらが逆に呪われる程度の反射だと思っていた。だが、実際はどうだ。完全に返された。ここまで出来る術者なんて一人しか思いつかない。



「勇実礼土さん。もう少し待っていて下さいね。また遊びましょう」




 







 



ーーーー

以上でこのエピソードは終了です。

途中更新がかなり停滞していたため終わるまで時間が掛かってしまいました。

申し訳ございません。

次のエピソードは結構短くなると思いますがよろしくお願いいたします。

またPV数が100万を超えたようです。ありがとうございます。

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