第103話 赤く染まる14
まだ夜ではないというのに妙に薄暗い。日当たりが悪いというだけの問題ではないだろう。魔力を漲らせ無人の病院の中に足を進める。一瞬迷ったがそのまま土足で中に入る事にした。この程度は大丈夫だろう。俺が今回の依頼で一番気を付けなければならないポイントはただ一つ。
もうその一点だけだ。正直どれだけ周りを傷つけず呪いを返せるか。それに神経を注ぐ。なんせ今回建物に傷を付けたらもれなく弁償するのは俺なのだ。緊張のため額に汗がにじむ。使用する魔法も慎重に選んだ方がいいだろう。いやでも待てよ? 俺が侵入した形跡はないわけだし案外バレないんじゃね?
「なーんてそんな事はしないが……ん?」
暗い病院の廊下。その一番奥の曲がり角に何かいる。暗い日が当たらない建物の中でも分かる程の暗い闇。もはや空間に生じる穴のようにただ黒い何かがそこにいる。
「ふむ。でも君じゃないね」
廊下の床を傷つけないように足元に魔法の足場を作成。そこに足を乗せ、踏み込む。自分の身体に魔力を漲らせ一瞬の間に目の前の霊に接近する。
「ァァアアァァア」
「とりあえず消えてくれ」
手に纏った光の魔法でこの黒い霊の顔を掴みつぶす。その瞬間圧縮した空気が破裂したかのように目の前が爆ぜた。
「何ッ!?」
心臓の鼓動が早く高鳴る。一瞬で血の気が引き俺は慌てて周囲を見渡した。近くの窓ガラスがまるで叩かれたかのように激しい音が鳴っており、廊下に置いてある観葉植物は葉が大きく揺れながら植木が倒れ廊下に転がっていく。
「く……くそったれめ。なんでこの手の霊は風船みたいに破裂するんだ……?」
自分の頬がぴくぴく動くのが良く分かる。静かに祓おうとしているのになんでこんな接触的に破裂するんや。空気でも詰まってるのか?
「はぁはぁ……心臓に悪い……これは今までより苦戦するかもしれんな」
っていうか普通に霊がいるのか。普通の地縛霊か? いやあれは普通の霊には見えなかった。というより似たような霊を以前にもあっている。確か紬を守る依頼の時にホテルで対峙した霊がこんな気配だったような気がする。つまり呪いが霊の形を取り襲ってきている。感覚としては伝承霊に近い感じがする。これも今回の呪いと関係があるとみて間違いないだろう。正直こんなに呪いや霊がいるような所でまともに病院経営が出来るとは思えない。だが朝里から聞いた話だと特にここの職員や患者が霊の被害にあったという事はなかったそうだ。つまりこれは
そんな事が自然にあり得るだろうか。いや、まずありえないだろう。つまりこの辺りも何かしら人為的に手が加えられていると見て間違いない。
なんて面倒な……そんな事を考えながら倒れた植木鉢を起こしこぼれた土を搔き集め元に戻した。これでいい。出来るだけ痕跡を残してはいけない。そうこれはスニーキングミッションといっても過言ではないだろう。某蛇のように誰にも悟られず痕跡を残さず、敵を殲滅するのだ。
呪いの気配は上からする。恐らく例の神棚は上の階層にあるのだろう。恐らくだが大元を何とかすればこの病院にいる霊やらなんやらも消えるんじゃないかと考える。
「ま、行ってみればわかるだろう」
建物の被害を気にしないでいいのであればこの建物一帯を俺の魔力で覆い該当箇所に魔力を集中させ一気に殲滅するという方法も取れるのだが、多分それをやると絶対何か壊れる気がするので使えない。この物件が田嶋や以前の依頼人だった九条などであれば事前にその許可を取ればいいのだがそれもできないからな。
廃病院とはいえつい最近まで使われていたため以前のようなラブホテルのように壊れている個所もない。これでは元から壊れてましたという言い訳もできないからな。そんなこと考え階段を上っていく。既に埃を被った手すりを見ながら1段ずつ階段を上っていくと風を切るような音が聞こえた。
「今度はなんだ」
指で俺の顔に迫っていた物体を摘まむ。よく見ればそれは銀色に光ったナイフのような物だった。いやこれは確かメスだったか。刃は小さいが人を切り治療するための道具のため耐久力はともかく切れ味はすさまじいものらしい。
メスには僅かに霊の力を感じる。ポルターガイストのようなものかな。手に持ったメスをペン回しのように回転させながらさらに階段を上り2階へ。するとまた俺の方に向かって飛んでくる物体がある。って!!!
目の前に急速に飛んでくるもの。車椅子と大量のメスだ。
「ちょッ! 危ない!!」
額に流れる脂汗を感じながらゆっくりと車椅子を床に置く。ついでにもう動かないように魔法で結界を貼ることも当然忘れない。
「ふぅ……マジで心臓に悪いぜ」
車椅子を床に下ろした後は落ちたメスを拾い上げる。飛んできたメスの数は全部で6本。既に持っているメスを合わせれば7本のメスが手元にある。
「これ、どうすりゃええんや」
とりあえず全部のメスを指の間に挟みバルログごっこをしながら2階を進んでいく。この階から強い呪いの気配を感じる。いよいよ近いようだ。暗い廊下をそのまま歩いていくと病室と思われる場所の扉がゆっくりと開いた。それも一つではなく視界にある扉が全部ゆっくりと開いていく。
「オォオオオォ」
ペタン、ペタンと裸足で廊下を歩く音が大量に聞こえてくる。開いた扉からボロボロの患者衣を着た人間のようなモノが現れた。その数は全部で13体。
「なんて事だ。こんなのどうすれば……」
確かに数は多い。それだけならよかった。所詮はゴブリン以下の下級霊。吹けば飛ぶような弱さだ。問題はこのゾンビのような霊が歩く度に泥のような悪臭を放つ液体を廊下に垂らしている事だ。
――これ俺が掃除しないとだめなのか?
戦慄が走る。俺の魔法では敵は滅ぼせても泥は消せない。そう普通に掃除するしか方法がない。まさか奴らここまで計算していて? どうやら俺は敵を過小評価していたらしい。
「喰らえッ! ”
廊下、天井、壁、目に見える範囲をすべて魔法の結界で覆いつつ、万が一にも器物を破損しないように注意を払いながら魔法を展開する。視界に入っている範囲内ならこの程度の魔力コントロール訳はない。
光魔法で圧縮し潰した瞬間、悪臭が俺の鼻を襲撃する。最初の二の舞にならないように今度は空気ごと圧縮し潰したがどうしても臭いまでは潰せなかったようだ。腐った汚水のような臭いが周囲に漂ってくる。
「臭いな……」
先ほど霊がいた場所まで行きその凄惨さに言葉を失った。廊下、手すり、ドアなどに先ほどの泥がまだ残っている。淡い期待として霊を消せば泥も消えるんじゃね? って思っていたがまったくダメだった。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。そう心の中で唱えながらさらに奥へ進んでいき、ようやく目的地を見つけた。
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申し訳ありません。終わりませんでした。
次で最後ですが、次回は少々グロ注意です。
また、前日単の小説を更新しました。
次は来週更新予定です。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428079810318/episodes/16816927862886139717
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