第85話 虚空に願いを7

 頭の中で情報を整理し、朝まで悩んだ。俺に出来る事は何か。朝日が昇り、水たまりに太陽が反射して見えるようになる頃、俺は……覚悟を決めなくはならない。


「……まずは報告をしておくか」


 懐からスマホを取り出し、大蓮寺に連絡をかける。


「もしもし、お疲れ様です。朝から申し訳ないですが、今大丈夫ですか」

『勇実殿。君からの連絡だ。何時でも構わない。さて、例の件の事でよいのかな』

「はい。この事件ですが……」


 そうして俺は現在知りえた情報をすべて伝えた。ひと月程前に殺された六花鳴という女の子の霊が、どういう手段を使っているか不明だが、自分を殺害した男を探し、少しでも似た男を殺して回っていること。その犯人は現在都内の留置場におり、鳴の霊が犯人に辿りつくのは不可能だという事。


『なんと痛ましいことだ。幼子が人殺しを願う程に絶望を感じたという事か。……腹が立つ事に現状の法律では精神に問題を抱えている者には正しい処罰が下されない事が多いからな。この辺りは鏑木に期待するほかあるまいが……。それで勇実殿はどうするのだ』

「……成仏させます。これ以上罪を重ねないでほしいですからね」

『――勇実殿。よく聞いてほしい』

「え?」


 心臓が掴まれたような気分になった。


『勇実殿。法とは生きる皆が平和に生き生活を育むためのものだ。皆が法を遵守する事により秩序を作り、平和を作る。では、霊たちは? 彼らの味方はどこにいる。法は彼らを守ってはくれぬ。すでに死者である彼らを助けるすべは司法にはない。だからこそ、儂ら霊能者は時には悪霊から生きる人々を守るが、時として。だからこそだ。好きにやりなさい。儂もできるだけ協力しよう』


 ――そうか、霊能者ってのは、霊から人々を守るだけじゃない。霊の味方にもなれる存在か。


「ありがとうございます。少し迷いが晴れました」

『ならば結構だ。こちらでも何か動いてみる。気を付けなさい』

「はい」




 さて、やるとしよう。両手で頬を思いっきり叩いた。パンッという乾いた音が周囲に響く。


「いくか」



 あの黒い霊は徐々に強くなってきている。それはあの戦闘中でもよく分かった。かなり危険な状態だ。それは俺の手に負えない相手になるという意味で危険という事ではない。今は鳴ちゃんの願いを叶えるという形で行動しているが、それがいつ暴走するか分からないという危険が伴っている。正直な話、この騒動が収まるなら、鳴ちゃんを殺害した寺田を彼女たちの前に差し出せばいいと考えた。俺が本気で行動すれば例え監視カメラがある厳重な場所であろうとも、誰に悟られる事もなく、寺田を拉致することは可能だ。本当にそれで彼女たちの気が収まるなら俺はそれを実行しただろう。だが――。



「今の鳴ちゃんに寺田の顔は本当に認識できるのか?」



 そうだ、すでに4人。寺田と似ている金髪という理由だけで殺害を繰り返している。つまり今の彼女は仮に本命を殺したとしても止まらない可能性が高いという事だ。だからこそ、正攻法で行くしかない。正面から戦い、あの黒い霊を退け、鳴ちゃんを俺が本当の意味で成仏させる。そのために……。





 夜、日も落ち、闇が周囲を覆ってきた。この梅海町は町明かりも少ないため、夜は星空がよく見える。俺は今、山の中の廃屋にいる。少し賭けであったが、ここでなら会えると考えたのだが、正解だったようだ。


「よかった。待ってたよ」

「■■■ッ!」


 屋根もなく、ただ柱が何本か残った状態の崩れた家。元は立派な日本家屋だったのだろう。その近くで待っていると、正面に黒い霊が刀を持って現れた。てっきりまた後ろから切りかかってくると思ったのだが、まさか正面から来るとはね。


「安心した、夜でもちゃんと見えるんだな」


 俺は自分の髪を触りながらそういった。俺は魔法を使い、自分の銀髪を金髪に見えるようにしていた。どこまで意味があったか分からないが、一応出会えたのだ、まぁよかったと考えよう。


「さて、やろうか」


 俺はそういうと、右手に魔力を集中させ、刃渡り70cmほどの光の刀のような物を作った。あまり一方的に戦ってしまうと、また鳴ちゃんが乱入してくる可能性が高い。なら、出来るだけギリギリの勝負を演じて、あの黒い霊の力を削いでいく。



 目の前の黒い霊が姿を消した。それに合わせ、俺も足に力を込め、移動する。踏み込みの力で地面が割れ、あの霊の神速に近い動きに俺も合わせ接近する。


 黒い刀と光る刀が交差する。切り結ぶたびに、黒と白の粒子がまるで火花のように散っていく。振り下ろされる黒刃を紙一重で躱し、霊の腕を切り落とそうと刃を振った。避けられぬ速度で振った刃であったが、振り切ると黒い煙のように消失し、俺の前から姿を消す。

 直観に従い、俺はしゃがむとその上を黒い刃の一閃が走る。そのまま地面に手を付け、身体を捻り霊の胴体に蹴りを入れた。蹴りが当たり吹き飛んだ霊であったが、吹き飛びながらもまたも消失し、俺の目の前上空に出現。身体をコマのように回転させながら、襲ってくる。それを刀で受けるが、そのままさらに目の前の霊は消失した。


「はッ! やるじゃないか」


 俺が上空に視線を移している間に、転びそうなほど、地面ギリギリの所の低い姿勢で出現し、そのまま鋭い突きを俺の顔を目掛けて放ってきた。俺はそれを首を捻って躱し、右手に持っていた刀の切っ先を向け、そのまま串刺しにする。刃が霊の身体を貫通し、地面に縫い付けた所でまた霊は消失し、俺から少し離れた場所に再度出現した。

 霊の持っていた刀。先ほどまで長さは俺と同じ程度だったはずだが、今はそれよりも長い。大太刀って奴か。


「■■■■■■■陸■道■ッ! この■の守■■■!! ■■戦■■■■■■■■■■■だッ!」


 これは……驚いたな。まだ強くなるか。

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