第84話 虚空に願いを6

 気が付けば雨がかなりひどくなっている。視界が霞む程の豪雨の中で俺は懐からストックで用意しているチョコボールをすべて口の中に入れた。頭が混乱している。まず情報を整理しなくてはならない。


「あの霊はなんだ? あれはどう見ても……」


 自分に背を向けまるで幼い我が子を守る親のような姿だった。そして子供の霊もそうだ。小さな身体で俺からあの霊を守ろうとしていた。くそ、何が起きてる。これは単にあの黒い霊が特定の人々を殺して回っているだけではない。何か他に俺の知らない事情がある。


「そのためにはあの子供の霊の正体を知る必要が――」


 いや待て、子供? 手で顔を覆いながら今までの記憶を辿っていく。鏑木が言っていた話を思い出せ。あいつは何て言っていた――?

 そうだ。この首切り事件の前に、子供が殺された事件があったと言っていたはずだ。俺はスマホを取り出し、教えて貰っていた鏑木の電話番号をコールする。少しの通知音の後に鏑木が電話に出た。


『……勇実さんですか。こんな時間に電話という事は何か進展があったんですね。先ほど霊に襲われたという被害者が警察に来たので事情を聴きたかったんです』

「はい。問題の霊を発見したため、襲われそうになっている所を救出しました。少々強引な方法でしたが……」

『あの現場の破壊跡の事ですね。正直な話どうやればあのようなクレーターが出来るのか色々お伺いしたいのですが、今はやめておきましょう。勇実さんが掴んだ情報を教えて下さい』

「その前にひとつ教えてください。恐らくその情報が今回の事件の鍵になる」

『……鍵ですか?』


 少しの沈黙の後に、鏑木がまた口を開いた。


『何でしょうか。こちらもこの不可解な事件は早めに終わらせたいため可能な限りの情報はお伝えいたしましょう』

「では、鏑木さん。俺にこの事件が起きる前に一つ事件が起きたと言っていましたよね?」

『事件ですか? ――ああ、あの幼児暴行殺害事件の事ですね』

「その事件の詳細を教えて下さい」

『……それが今回の事件と関係があると? いいでしょう。正直思い出したくない事件ですが、ご説明しましょう』


 事件が起きたのは約一か月前。当時7歳だった六花鳴は行方不明になった。母子家庭であり、元々近所に子供が少ないという事もあり、いつも家で遊んでいたらしい鳴だったが、母親との喧嘩が原因で家を飛び出したそうだ。そしてそこから鳴が帰ってくる事はなかった。その翌日に母親が警察に捜索願を出し、警察が捜査する事になったそうだ。


「待って下さい。子供がいなくなったのに翌日に警察に連絡したんですか? 普通いなくなった時点で相談しそうなものですが」

『……あまり憶測で話すのは警察として良くないのですが、恐らく当時、いやそれよりももっと前から、鳴ちゃんは母親から虐待されていたと推測されています』

「――なんですって?」


 思わず魔力を漲らせて、近くの竹に拳を当てた。俺の拳が当たった部分から竹が爆発したかのように細かく粉砕され、地面に倒れていく。


『勇実さん。今の音は?』

「続きをお願いします」

『――承知しました』


 恐らく虐待の事実がバレるのを恐れたために通報が遅れたのだろうと警察では考えているそうだ。そして警察と近隣住民の力を借り捜索を開始して3日後。鳴は見つかったそうだ。無残な亡骸の状態で。

 場所は梅海町の山中。周囲に人家はなく、古びた廃屋の中で亡くなっていたそうだ。死因はショック死と判断された。顔は原型が分からない程殴打され、無事な骨を探すのが難しい程に暴行をされていた。その後、鳴の身体に付着していた体液から犯人を特定。当時23歳であった寺田悟が逮捕に至った。


『この事件の犯人、寺田悟は以前より小動物を殴り殺す事に快感を感じていた精神異常者であり、どうしても一度子供を殺してみたいとずっと考えていた、と話しています。この寺田は精神鑑定を受けさせましたが、結果は人格障害を患っていると判断されました』


 身体の中を駆けまわる怒りを抑えるのが難しい。これほどまでに愚かな人間が、文明が発展しているこの世界でもいるのか。


「……それで、その寺田は今どうなっていますか」

『現在裁判を起こすために留置場におります。あまりに悪質な事件であるため、検察としては死刑宣告を求刑する予定ですが、相手の弁護士が心神喪失と心神耗弱を理由に刑事責任能力がなかったとして減刑を求めています。被害者である鳴ちゃんの事を考えると何とか押し切りたいものですが……』

「母親は?」

『……事件後、自殺しました。遺書も残っています。鳴ちゃんに謝罪する言葉だけ書かれていました。……さて、これで知りたい情報は聞けましたでしょうか?』

「ありがとうございます。最後に一つ教えて下さい」

『何でしょうか』











「逮捕された直後の寺田の髪の色は……?」






『確か、金髪だったと記憶していますが――ッ! ま、まさか? そんなバカな!』

「俺が遭遇した黒い霊の近くに女の子の霊がいました。年齢も7歳くらいの見た目です。この事件は恐らく……」

『まさか、六花鳴の怨念だと?』

「それは違います。あれは怨霊となった霊の姿ではない。過去何度か怨霊と対峙しましたが、あそこまで生前の姿を保っている霊はいませんでした」


 そうだ。怨霊となった霊はほぼすべて魔物のように身体が歪に変形し、人を恨む感情がそのまま形となったかのようにおどろおどろしい姿へ変貌する。




 俺は鏑木に礼を言い通話を強引に切り、そのまま手で顔を覆った。そうだ、あの霊は、六花鳴は言っていた。””と。そうだ。これはあの子の願いなんだ。






 誰か、自分に酷い事をしたあの金髪の若い男を殺してくれ、と。






 7歳の女の子が、そう願ったんだろう。そのように考えれば辻褄が合う。なぜ若い金髪の男性ばかり狙われていたのか。恐らく鳴の記憶に残った最後は金髪の男に暴行されたという事だけなんだ。だから顔までは覚えていない。そのため、ただひたすら記憶に残ったその情報を頼りに殺し続けている。問題はあの黒い霊が何なのか、どういう繋がりがあるのかを調べる必要がある。だが……。



「……俺にあの子を祓えるのか?」


 俺がやっているのは、魔法で強引に消滅させているだけだ。あの被害者である鳴を魔法で消滅させる? そんな事出来るはずがない。だが、放っておけば被害者は増え続けるだけだ。それを放置することも出来やしない。



「――どうすればいい。教えてくれ、……ヴェノ」




ーーーー

次の更新は火曜日になると思います。

申し訳ございません。

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