第78話 催眠系

 うすうす予感はあった。多分、あいつなら俺と相性がいいんじゃないだろうかと、そんな予感があったんだ。でも勇気が出なかった情けない話だ。元勇者だってのに勇気が出ないんだ。でも挑戦してもいいんじゃないかって思った。

 妙にゴツゴツしたデザイン。外にむき出しのパイプみたいな奴。多分あれがマフラーって奴んなんだろう。あのよくわからないギミックが全部ただ走るためだけにあるというのが素晴らしい。そうあのバイクという乗り物なら俺は酔うことなく長距離を移動できるんじゃないだろうか。ヘルメットをしないといけないのは少々というかかなり窮屈だがそれがルールなんだから仕方ない。もうバイクがだめなら俺は今後酔い止めを手放せなくなってしまう。それだけは勘弁してくれ。もう新幹線も車もできれば乗りたくないんや……。


 そんな事を思い俺はある店の外からガラス越しに店内を覗いていた。そう大型バイクが売っている店だ。以前から興味はあったのだが、こうして実物を見るとかなりかっこいい。乗ってみたいという欲求が半端ないのだ。ああだがしかし俺とバイクをつなぐための橋はまだ架かっていない。

 下唇を噛みしめながら俺はある場所を目指した。そう――本屋だ。以前何度か調べてみたが免許を取るためには勉強をしなければならないらしい。実技試験や筆記試験なんかもいるそうだ。実技は多分いけるだろう。俺自身、身体を使った事で失敗したことは一度もない。昨日だってけん玉で世界一周をやれたくらいだ。しかし問題は筆記試験の方だ。俺は今までそういうテストをやったことがない……。だからこそ俺は初めての勉強をする事になったのだ。



 なったのだが……。恐ろしいことがおきた。俺は本を買って、事務所で勉強をしていたのだが、気が付いたら寝ていたんだ。何を言っているか分からないと思う。だが、いくらやっても本を読み、ノートにメモを取っていると気づいたら俺はテーブルに突っ伏しているんだ。恐ろしい片鱗を感じた。かつて暗殺目的で睡眠薬を盛られた事だってあったが俺は一度も効いたことがなかった。だというのにこの本は俺を睡眠の彼方へ誘う恐ろしい本だったのだ。


「勇実さん。免許取れる学校でも色々授業あるみたいですし、思い切って通ってみたらどうですか?」

「……なるほど」


 利奈の提案はもっともだ。独学にも限界があるような気がする。しかも一人では寝てしまう魔法の本なのだ。恐らく一人では俺は耐えられないだろう。そう考えていると事務所のリビングにあるテレビからニュースが流れている。


「無事。幼児暴行殺害事件の犯人が逮捕されました。逮捕された寺田悟容疑者は数週間前隣県の山奥で――」


 どの世界でも犯罪者はいる。そして子供を狙った犯人だってどこにもいるものだ。だからこそ胸糞が悪くなる。向こうの世界であればほぼ犯人が捕まる事なんてない。相手が貴族であれば尚更だ。罰せる事なんてできないだろう。その点でいえばこの世界の警察という組織は優秀なのだろう。さて、胸糞悪いものを見てしまったし、行くとしようか。







 


「勇実君。勇実君」

「ん……え?」


 肩を揺すられ目を覚ます。一瞬頭が真っ白になった。そしてすぐに辺りを見回す。ここはどこだ? いやそうだ。思い出した。ここは教習所の講義室だ。俺は大型バイクの免許を取ろうと思い昨日から通い始めたのだ。今日は初めての座学の勉強であり俺はそれはもう気合をいれて挑んだはずだ。だというのに、気が付いたら授業が終わっていた。ホワイトボードには気づけばたくさんの文字が書かれており、この教室には人気がなくなっている。いや、待て――だったら俺の肩を叩いたのは誰だ?



 唾を飲み込む。額から汗が垂れていくのが自分でも理解できた。いる。確実に俺の横にいる。それを理解したからだ。今俺が置かれたこの状況から察するに俺の横にいる人物は絞り込めるだろう。今日知り合い、漫画話に花を咲かせていた伊藤君だろうか。それとも俺の読んでいた施術士オーメンの漫画を見てちょっと引いていた佐藤さんだろうか。


「勇実君」



 違う。そのどちらでもない。この少し低いトーンの声は間違いなく俺よりも年上の者だ。俺の心臓は早鐘のように高鳴っているのが分かる。ゆっくりと――ゆっくりと首を声のする方へ向けた。


「随分気持ちよく寝ていたね。勇実君」

「……申し訳ございませんでした」

「いや、まぁいいんだよ。良くはないが、いいんだ。普通の学校と違うからね。ただこの授業の単位は上げられないからまた授業受けてね」

「はい、すみませんでした」

「ははは。偶にがっつり寝る人はいるけど、一回授業受けるだけでもお金発生するからさ、がんばって起きて授業受けてね。大切な事話してるからさ。まぁ僕もよく周りから催眠系の講師って言われるから寝ちゃう人多いんだよね」

「は、はあ……」


 そういうと笑いながら講師の人は教室を出て行った。あかん。これはあかん。今度から睡眠対策をする必要があるようだ。エルダーリッチが使う魔法でもデバフを喰らわなかったこの俺がまさかこうも簡単に落ちるとは……なんて恐ろしい。





 恐怖の座学から数日が経過した。ちなみに実技で乗ったバイクはとても楽しかった。自分で走った方が早いとか、魔法使った方が便利とかそんな事は一切ない。これはロマンなのだ。ただアクセルを捻るだけで一気に加速し風と一体になったような感覚。普段は風が当たらないように魔法で風よけとかしているが、あえて風が身体に当たるというものを感じるのも悪くなかった。


「いやぁ勇実君すごいじゃん。転倒したバイクをあんなに簡単に持ち上げるなんて力持ちなんだね!」

「マジですげぇよ。ホントに初めて乗ったのかよ? ウィリーとか普通できねぇって。とりあえず飯行こうぜ!」

「ああ。そうだね。この辺でお勧めって何かあるかな」


 この講習所で仲良くなった佐藤さんと伊藤君の二人から褒められ素直に嬉しかった。やはり人間褒められるとうれしいものだな。そう思っているとポケットに入れていたスマホが震えているのが分かった。相手は利奈からだ。何やら事務所にお客さんが来たらしい。今日は依頼の予定なんてなかったはずなんだが……。



「――ごめん。ちょっと急用が出来ちゃったからご飯はまた後で行こう」

「え? ちょっと!?」



 せっかく仲良くなった二人には申し訳ない。できれば先約だった二人の予定を優先したかったのだが、スマホのメッセージを見て俺は予定を変更せざるえなくなった。







『講習中にごめんなさい! 事務所に大蓮寺京慈朗さんという方がお見えになっております。何でも火急の用件という事で、申し訳ないが勇実さんの帰りを事務所で待たせてほしいという事でした。もし戻れそうならすぐにお願いします』





 この人が何の連絡もなく急に来るとは考えにくい。何があったんだ?




ーーーー

次から新しいエピソードを開始する予定てます。

よろしくお願いします。

 

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