第77話 人を呪わば15完

「なっ! なんで紬がここに!?」

「――ずっと居たわ。最初から聞いたの」

「そんな、馬鹿な……」



 そう紬はずっと俺が魔法で姿を隠し様子を見てもらっていた。その方が信じるだろうと考えたからだ。もっとも暴れたりする前に動きを拘束し声を出してもこちらには聞こえないように結界魔法も使っていたのだが、紬は随分と結界内で暴れていたのだ。


「……紬。この人が言っていた怪我っていうのは本当なのか?」

「――――うん。この間なんて車と正面衝突しそうになったわ」


 ゆっくりと言葉を貯めて紬は吐き出すように自分の言葉を伝えた。目を真っ赤に腫らし、それでもまっすぐに父親の事を見ている。そしてその紬の視線を受け止めた紬の父はその言葉にショックを受けたように唇を噛み、涙を流し始めた。


「ずまない、ごめんな。父さん弱くてごめん。もう疲れたんだ、僕のせいで母さんもボロボロだ……。これ以上足を引っ張りたくないんだよ」

「何言ってんのよッ! お父さんが死んだりしたら、もう今度こそ私たちはどうにもならなくなっぢゃうんだよ”ォ!」

「紬さん。生霊というのは生半可な気持ちでは生まれないんだ。ここ数日紬さんの近くで様子を見ていたけど、頻繁に君のお父さんの生霊を見かけた。それくらい本当に心配していたんだよ。それだけは分かってあげて……さて、家族の会話を邪魔して申し訳ないけど、急いで聞かせて下さい。もう一度聞きますが、あの呪具を用意したのは誰ですか?」

 

 申し訳ないと思いつつ言葉を挟み込んだ。あの呪いの出所を確認したいという部分もあるが、その前に急いだほうがいいだろう。


「……グスッそう、だな。もう1ヵ月くらい前だ。遊馬君が家に来たんだ。最初はただの話し相手をしてくれていた。だが、その時、僕が思わず弱音を言ってしまったのが間違いだった」

「なんて言ったんですか」

「これ以上生きていても家族に迷惑になるのは嫌だってね……そしたら次の週だ。彼があの黒い塊を持ってきて僕の枕元に隠すように置いていった。なんでも伝手を使って手に入れたと言っていた。でも中々効果が現れなくて遊馬君も段々イライラしていたようだった。それで先日だ。ひときわ大きな物を持ってきたよ。特別製だって言ってたな」


 その話を聞き紬も事の顛末が見えてきたのだろう。紬は顔を真っ赤にして、すぐにスマホを操作し電話をかけ始めた。


「――ちょっと遊馬ッ! どういうつもりよ!」

『紬ちゃん。電話くれたと思ったらいきなり怒鳴るなんてどうしたの?』


 紬のスマホからかすかに相手の声が聞こえてくる。


「どうしたじゃないわッ! 全部聞いたのよ! よくも父さんをッ」

『あれ……また失敗しちゃったの? なんだよあいつ嘘つきにも程があるだろ』

「ちょっと、人の父親を殺そうとして何言ってんのよッ!」

『おいおい紬ちゃん。誤解しないでよ。別に殺そうなんて考えてない。


 紬のスマホ越しに会話を聞いてるが意味が分からない。どういう理由でこの男は紬の父親の自殺なんかの手伝いをしたんだ?


「ちょうど良いってどういう意味よ」

『そのままの意味さ。だって君のお父さんが死んでくれないといつまで経っても紬ちゃんは僕と結婚できないだろ? 今後のことを考えたらそろそろお父さんには亡くなってもらった方がいいと思ってたんだ。ちょうど説得しようかなって思ってた所だったし本当にちょうどよかった。あぁでもあの呪い屋マジで使えないなぁ。随分自分の力に自信があったみたいなのに人一人も殺せないなんて――ガシャァアアア――ツーツー』

「え? ちょっと遊馬!? 遊馬!?」

「紬さん……多分もうだめだ」


 今の様子から考えるともう遅いのだろう。嫌な予感はしていたがこれは間違いない。呪いが彼に返ったんだろう。紬の家族は守られ、紬自身は俺の守護の中。だからそれ以外に呪具に関わっていた僅かな縁を辿って呪いが跳ね返った。ある程度こうなる事は予想していたが、俺もそこまで善人じゃない。しかし、本当に面倒な力だ。呪いってやつは……。


「……どういう事?」

「呪いは返ったんだ。この家の霊的な結界は本当に強い。それに紬さん自身も俺が守っている状態だったから、行き場をなくした呪いの力がその電話の彼の元へ行ったんだと思う」

「そ、そんな……」



 人を呪わばなんとやら。どの漫画で読んだ台詞だっただろうか。それにしてもこの呪具を作った奴はかなりやり手だ。俺が読んだ本で学んだ限りだと呪いは本来術者に返るはずなのだ。だというのに、この呪具は発動自体を購入者に任せているのだろう。つまり簡易的に人を呪う事が出来る道具という事だ。俺の知っている呪具はそれそのものが呪いであり、災いを呼び寄せる物だと記憶しているが、今回の呪具は違う。この件を考えれば使用者が自分で引き金を引き、呪いをある程度自在に操れる事が可能のようだ。厄介この上ない。できればその呪い屋という人物と接触したい所だったが、これで繋がりは絶たれたかな。


「さて、家族で話したいこともあるでしょうから、最後の仕事して私もこの場を去るとしますかね」

「え? ちょっと勇実さん!」

「紬さん、今の私はそんな名前ではなく、レイ・ストーンです。さて、我が師秘伝のツボを押しましてっと」


 そういうと手元の水をもう一度掛け、治癒魔法をかける。


「――ッ! いたッ」

「え? お父さん!? どうしたのッ!!」

「いや、身体に痛みが……」


 するとまるで人形のように動かなかった紬の父の手が少しずつ震え始めた。


「う、うそッ! 動いてる。動いてる!? なんでッ!!」

「正直な話。怪我をしてから時間が経ち過ぎているため完全には治らないと思います。でも、ちゃんとリハビリすれば私生活に問題ない程度には回復するでしょう」


 これが怪我をしたばかりであれば多分1回で治せる自信がある。だが、流石に怪我をしてから時間が経ち過ぎた。ズタズタになった神経なんかは元通りになったと思うが、動かなかった間の筋肉の硬直や固まった関節なんかはかなり長時間のリハビリが必要になるはずだ。まぁこの家族なら大丈夫だろう。


「さて、私は帰ります。あぁお代のお菓子は後で大胡さんにでも渡しておいて下さい。あとくれぐれも内密に」


 まぁ誰も信じないだろう。怪しいマッサージ師がツボを押したら身体が動くようになったなんてね。これ以上ここにいても仕方ないしさっさと帰るとしよう。


「ちょ、ちょっと待って! 勇実さん!」

「レイ・ストーンだと言っているでしょう。ではお大事に」


 そそくさと玄関から外に出て事務所の屋上へ転移した。あぁようやく終わった。





 数日後。


「あぁ大胡さん。依頼料の振り込みの件なんですけど……」

『はい、あれ足りませんでしたか?』

「いや、そうじゃなくてですね……さすがに800万は貰いすぎかなぁっと」

『紬から色々聞きましたが、それでも足りないくらいだと言っていましたよ』


 いや、あの後、事務所にトラックいっぱいのお菓子が送られてきただけでも驚いているのに、振り込まれた額も多いため驚いて電話したのだ。


「そもそもこんなに貰って大丈夫なんですか?」

『ははは。例の映画のギャラも入れてくれと紬から頼まれましてね』

「おや、ということは?」

『はい、この間の稽古が良かったようで紬で主演はほぼ決定になりました。全部勇実さんのお陰です。本当にありがとうございました』

「それは……おめでとうございます」


 まったく何て言えばいいのか困る。あの後、紬の幼馴染でありモデル仲間でもあった彼の事故死のニュースが流れていた。詳しくは報じられていなかったが、かなり悲惨な事故現場だったそうだ。まったく後味が悪い話になった。


『そうそう、そういえば紬の方もあれから少しだけ変わりましたよ』

「おや、そうなんですか」

『ええ。相変わらずオカルト嫌いのままですが、は好きになったと言ってましたね」

「……は?」


 なんだ、どういう意味だ。


『なんでも父親の怪我を治した凄腕のマッサージをした人がいたそうでして、その人の治療が何やら光り輝いていて魔法みたいだったと言ってました。まぁ本人もだいぶ疲れていたようなので夢でも見たんじゃないかと言ったら怒られちゃいましたけどね』


 ……そうか! 治療魔法の時の光かぁぁああ!!! あれはいつもの演出とか関係なく出てしまう現象だから俺でも止めようがない。くそ、また口止めをする必要があるか? いや、大丈夫さ。このまま放っておけば忘れるやろ。


『あ、そうそう。後で勇実さんの事務所にお礼に行くって言ってましたよ』

「いや! 結構です。場所は教えないでくださいね!」

『え? でも勇実さんの事務所の場所って普通にSNSで書いてありません?』


 あぁぁ!! くそ、また口止めのためにエンゼル当てなきゃ……


ーーーー

こちらでこのエピソードは終了です。

思ったより長くなってしまいました。

また、アンケートの方ご回答頂きましてありがとうございます。

また、小話を挟んでから新しいエピソードに入ります。

次のエピソードはちょっとバトル多め?の予定です。

よろしくお願いします。

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