第76話 人を呪わば14

「一部では結構有名なんですよ。七海紬が何故か毎週水曜日に怪我をしているってね」

「何を……。いや待て、水曜日だって?」


 そう告げると明らかに動揺した顔をした。畳みかけるしかない。基本この手の会話は主導権を確保していないと意味がないからな。


「覚えがあるでしょう。毎週水曜日、貴方が何をしているのか……」

「ッ! 待てあんたは何を知っている!」

「知りませんよ。家族を置いて知るわけがないでしょう」


 カマをかける形で言葉を吐いた。紬の父の顔は劇的に変化している。口をパクパクさせ、先ほどまで赤かった顔が血の気を引いて青くなってきているのがよくわかる。まぁそうだろ。赤の他人にいきなりこんな話をされているんだ。きっとこの人の頭の中は大混乱中だろうな。


「な……何を言っている。意味の分からない話は……」

「さて……」


 先ほどみた感じ身体に装着するものは何もなかった。ベッドの周りはよくわからない小物で散乱しているが、それらではない。これだけの呪いだ。必ず身近にあるはず。であれば……そこだろう。俺は紬の父親の枕の中に手を入れた。


「待て! 何をしている!」

「――おや、これは何ですか?」


 見つけたのは黒い塊。ひとつ、ふたつ……なるほど、聞いていた呪いの怪我の回数と合っている。大きさはバラバラだが、この手触り、もしやか? それが小指の爪程の大きさで数個枕の下に置かれていた。そしてその中の一つ。小さな人型の人形。これも全部髪の毛で作られている。なんなんだ、不気味な代物であることに代わりはないが籠められた力に随分と覚えがあった。

 間違いない、区座里の作った呪いと酷似している。小さいものは大した力はないようだが、この人型は呪いの強さが段違いに濃い。こんなもの使えば碌なことにはならないはず。


「……これはなんでしょうか。あぁ。隠さなくていいですよ。これで呪っていたのでしょう」

「何を言って……」

「それとも、これで自分の娘を呪っていたんですか? 今の自分と違い健全に動く身体があり妬ましかったんですか」

「ふッふざけるなァッ!!! 自分の娘にそんな恐ろしい事をする親なんぞいるかぁ!!」


 本当に身体が動けば俺を殴りかかっていただろうな。それほどの気迫を首だけしか動かない目の前の男は発していた。だがここで手を緩めるつもりはない。この人には事実を知ってもらう必要がある。


「でも、そのせいで貴方の娘である紬さんは死にかけた」

「まだ言うか! そんな妄言をッ!」

「――恐らくですが、貴方は死のうとしたのでしょう。恐らく死のうと思えば幾らでも死ぬ方法はあったでしょう。ですが、それではだめだった。普通に自殺してしまえば、いや、それが自殺だと分かってしまえば、唯でさえ精神的に追い詰められている貴方の奥様はもう限界だ。だから、それ以外の方法で死のうと考えたんでしょう。その方法が自分自身を呪うという手段だった」


 だが、それをこの人が自分で考え実行したとは思いにくい。そもそも首だけしか動かない時点でそのような手段を調べる手段も方法もなかったはず。いるんだろう、この件の協力者が。


「もう放っておいてくれ! あんたはただのマッサージ師なんだろ? だったら……もういいんだ……もう限界なんだ」

「そうはいかない。人を呪う奴もいるなら、私のように人を救うために動いてる人間もいるんですよ。……話して下さい。何があったんですか」


 俺の話を聞き、何かを悟ったような顔をする紬の父親は上がった息を整え少しずつ落ち着いてきたようだ。そのまま視線を横に向け静かに話し始めた。


「僕の身体は治らない。だけどそのために妻は多大な金を消費している。もういいんだ。僕がいなくなれば残された家族は悲しむのはわかる。でもいつかその傷は癒える。でも、僕の身体はいくら時間をかけても治らない。疲れたんだ。――だから頼ってしまった。呪いという不確かな力に。ははは効くかどうかもわからないのにな」

「なるほど、いくら呪いをかけても自分自身に何も変化がなければそう考えるのも仕方ないでしょう。ですが……この呪具は本物ですよ」

「……何を言ってるんだ。確かに禍々しい見た目をしているが、それは――」

「本物ですよ。こう見えても霊感があるのでわかります。だからこそ、貴方は真実を知るべきだ」


 そういって俺は手の中にある黒い髪の毛の塊のような物を見えるように空中に放り投げ、魔法を発動する。これは放っておいていい物じゃない。これだけの呪具が集まっている以上、いつ暴走するか分かったもんじゃないからだ。この後の結果はある程度予想できる。だが、人の死に加担しようとした人の命の危険なんて俺は知らない。幾重もの光が束になり呪具を纏う様に集まり収束して消えた。消えた呪具から黒い煙のようなものが僅かに残りそれが紬の父親の周囲を漂いそのままどこかへ消えていった。それを見て俺は確信する。


「い、今のは……」

「不思議なものはいくらでもあります。アレは間違いなく呪具であり、貴方の呪いは発動していた。先ほどの黒いものが見えましたか?」

「あ、ああ。まさかあれが……」

「そう、呪いです。呪具を私が祓ったので呪いが貴方に返ろうとしていたんです」

「だが、どこかへ消えてしまったぞ……」

「大丈夫。本当の持ち主の所へ帰ったでしょう……いいですか。この家は異常です。恐らく奥様が貴方様を治療しようと様々な物を買い家の中に置いている。多くは偽物ですがそれでも僅かに本物が混じっています。そのそれぞれの力が入り交じり、重なり合い、溶け合ってかなり特殊な空間になっています。そして――この力はただ一つの事に向いてる」


 そう、それぞれの力は微弱だが、その置物を、飾りを、装飾品を、すべてが一つの願いの元に集まっている。


「――。この家からはそういう力を感じます。だからあの呪具は本来の力を出せなかったし、この呪いは貴方様を襲う事は出来なかった。だから――行き場を無くした呪いの力は、貴方の生霊に乗って紬さんの元に運ばれてしまったんです」

「生霊だと……? いやそれより呪いが紬の元に行ったというのは……」


 ここで俺は魔法を解除した。多分このタイミングだと考えたからだ。


「……何で、何で勝手に死のうとしてんのよ”ッ!」


 その場に居なかったはずの紬がいきなり現れ大粒の涙を流し父親の胸に顔を押し付けて泣いていた。


ーーーー

更新が遅くなり本当にごめんなさい。

次でこのエピソードは終了です。

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