第79話 虚空に願いを1

Side 瀬田隆史


 誰もいない田舎道をひたすら走る。普段運動をまったくしないためか、たった50mほど走っただけでもう脇腹が痛く身体が悲鳴を上げている。先ほど自動販売機で買った飲み物はもう手の中から消えている。走っている内にどこかへ落としたのだろう。でも今はそれもどうでもいい。俺の頭の中は今までの人生で一番混乱しており、そして脳がただ逃げろとだけ身体に命令を下しているだけだ。

 俺が何をした? ただ夜中に喉が渇いて外に出ただけだ。財布だけを持って身軽な恰好で外に出て、いつもの自動販売機でいつも飲んでいる炭酸飲料を買う。そして家に帰ってまたゲームをする。そんないつもの日常を送るはずだったのにッ!



「はぁはぁはぁ……」


 後ろを見る。そこは真っ暗で街灯もないような田舎の、いつもの風景だ。辺鄙な場所だからコンビニもない。カラオケやゲーセンだってない。いつか上京してこんな田舎から出てやると息巻いて、結局何もしなかった俺は当たり前のように受験に失敗し、浪人になった。なんだ? それがいけなかったのか? 受験に失敗してちょっと現実から逃げてゲームしてたのがそんなに悪いのか? そんな支離滅裂な考えが浮かび、そしてすぐさま先ほどの恐怖を思い出し身体が震えてくる。

 思い出すだけで鳥肌が立ち、身体が竦む。あの時、自動販売機で飲み物を取り出しいざ自宅に帰ろうと振り向いたらソレがいた。真っ黒な人影、でも普通の人影じゃない。何かゴツゴツしたものを着こんでいるような感じだった。そして――。



「ッ!」


 何かがすれるような音が聞こえ、直ぐに思い出すのを止めえめて、俺は後ろを向く。だがそこも何もない。ただ誰もいない暗い道が続いているだけだ。


「はぁはぁ。まさか見間違いだったんか? くそっだめだ早く帰ろう」


 もう何が起きたのか考えるのも億劫だった。さっさ家に帰ろう。俺の唯一の逃げ場に。そう思って歩き出そうとした時だ。急に視界が回転した。まるで遊園地のコーヒーカップにでも乗ったかのようにくるりと180度後へ回転したのだ。


「――え?」


 何が起きたか分からない。気が付いたら俺は地面から何かを見上げている。それは伸び切ったヨレヨレのパーカー。ボロボロのジーンズ、そして数年前からずっと履き続けているスニーカー。それは――

 俺が俺を見てる? 何が起きたのだろうか。ただ顔にかかる生暖かいものがひどく不快でそしてこの独特の鉄みたいな臭いは……。すると俺の身体は膝から崩れ落ち、そして頭部のない身体はまるで噴水のように温かい何かを噴き出している。


「■■■■■■ッ!!」


 叫び声を上げようとした。だが、声が出ない。何が起きたのかもわからない。段々視界が暗い闇に沈んでいく。俺の身体が倒れた背後に何かが見えたが、もう目が見えない。でも何故か分からないが子供の泣き声だけが妙に耳に残った。






Side 大蓮寺京慈朗


「お久しぶりでございます。先生」

「ああ。君も元気そうだね。鏑木君。しかし警視長の君がどうしたんだ」


 随分と懐かしい客が来たものだと思った。だが、同時に眉をひそめたのも事実だ。過去何度か仕事で一緒になり、その後、いくつか厄介な仕事を鏑木から受けた事がある。どれも面倒な事件であり儂の身体はその度にベットの上で生活を余儀無くされた。今となっては懐かしいものだが、そんな目の前の男がただ懐かしい顔を見るために態々来るとは考えにくい。

 目の前の鏑木の様子を見る。自分とは違い細身の体形であるにも関わらず頼りないという印象は受けない。姿勢ひとつ、挙動ひとつに貫禄がある。久しぶりに会ったが、自分とは違いまた随分と良い齢の取り方をしたようだ。


「それで何の用だ。といっても君が儂の所まで来たのだ。の話なのだろうがな」

「はい。――折り入って先生にご相談したい事があります」

「まずは話してくれ。制服姿で来た以上はある程度予想はついているからな」

「ありがとうございます……先生はここ最近の連続殺人事件の件を知っておりますか?」


 それを聞いて首を傾げた。


「いや知らぬな。あいにく儂はあまりテレビや新聞などのメディアは見ないのだ」

「ではまず詳細をご説明させていただきます」


 この前置きから入るという事は、今回の依頼内容はその事件に関わる内容なのだろう。しかし殺人事件を霊能者である儂に依頼するというのはどういう事だ。まさか霊媒して被害者の霊を呼び、犯人を割り出すとか言う訳ではあるまい。儂に霊媒の才能がないという事は鏑木とて知っているはずだからな。


「事件は今から16日前に発生しました。某県にある田んぼ道で男性の首が切断され殺されたという事件です。被害者の名前は瀬田隆史。年齢19歳、無職、実家暮らし。死亡推定時刻から考えて事件は深夜22時頃に起きたと鑑識からの調べで分かっております。何者かに首を切断され即死だったのではという事です。現場には被害者の血痕とまた一人分の足跡だけが残っていました」

「……その一人分の足跡というのはやはり?」

「はい。被害者瀬田隆史のもので間違いありません。また凶器の方は何か恐ろしく鋭い刃物という事しかわかっておりません」

「ふむ、その場に血痕があったのであれば殺害現場はその田んぼ道という事か。目撃者は?」

「夜中という事もあり誰もいないようです。この現場の目撃者も朝の散歩中に発見という事で被害者の両親も警察から連絡があるまで気が付かなかったという事でした」


 人間の首を切断するなんぞ容易な事ではないはずだ。だというのに凶器を刃物と断定しているという事は切り口から判断したという事なのだろう。


「一応聞くが、本当に凶器は刃物なのか?」

「鑑識が言うにはそれしか考えられないと。別の道具を使用したことも検討しましたが、被害者の傷はかなり綺麗に切断されていたようです。まるでプロの板前が切った魚みたいだと言っていました」

「なるほど……それで? それだけであるまい」


 確かに奇妙な事件のようだ。だが今の段階で霊能者が必要になるとは考えにくい。


「はい。最初に申し上げた通りこれは連続殺人事件となっています。被害者は既に4名。全員首を切断されており、また目撃者もおりません」

「場所は?」

「最初の被害者である瀬田氏と非常に近い場所で起きています。時間はバラバラですが全員が夜に死亡しています」

「被害者に共通点は? まさか、無差別事件という事か」

「……正直な話。被害者たちに直接的な接点はありません。年齢もバラバラ、共通の友人がいるという訳でもない。ですが私の勘では、ホシは無差別ではないと考えています」


 長年刑事をしている鏑木が言うのだ。何か根拠があるのだろう。


「聞かせてくれ。鏑木君が儂に何を依頼したいか凡そ見当は付いたが情報が足りん」

「はい。被害者は全員男性。年齢は20代前半。そして全員が頭を金髪に染めています。共通点はそれだけです。警察では表向き怨恨の線を視野にいれていますが、無差別というにはあまりに被害者に偏りがある。恐らくですが……」

「犯人は、いやは、何か目的があって20代の若い金髪の男性を殺している、と?」

「――はい。現在はそう考えております。そしてひとつお見せしたいものがあります」



 そういう鏑木はポケットからスマホを取り出し何か操作をし始めた。


「実は3人目の被害者が殺害された様子を収めた監視カメラの映像があったんです。しかしこれがあまりに不可解なものであるため、この事件は我々の手に負えないと判断し、こうして先生の元へ訪れた次第です」


 鏑木がスマホの画面をこちらに向けた。そこにはノイズ混じりで画質の荒い映像が再生されている。場所はどこかの路地だ。俯瞰の映像であるため、どこかの建物の監視カメラなのだろう。画面の中には一人の金髪に染めた男性がスマホをいじって路上喫煙をしている。タバコの火の明かりが微かに見え、吸い終わったのかそれを地面に捨て足で踏んでいるようだ。

 すると、その男性は急に驚いたように身体を硬直させ後ろを振り向いた。カメラ越しには建物の影のようになっているためかこの映像からでは何も見えない。だが、儂は自分の身体に悪寒が走るのがすぐに分かった。

 男性が後ろを振り向いた直後だ。何かが一瞬光り、男性の首が地面に落ちた。胴体からは血が噴き出しそのまま身体も倒れていく。その後には何もない。ただ深淵のような闇だけ映っていた。



「そして、この時の映像を解析し見やすいように加工したものがこれです」


 鏑木がスマホを操作し、また画面をこちらに見せる。そこには――。


「……これは、か?」


 兜はかぶっていないようだが、あのシルエットはどうみても武者の甲冑のように見える。という事は、得物は日本刀か?


「一応捜査は続けておりますが、もしこれが本当にホシであるならば、我々には手の出しようがないのです。どうかお力添えをいただけませんでしょうか」


 そういって深く頭を下げる鏑木を見て儂は考えた。映像越しでもわかる程の強力な力。通常霊が写真や映像という媒体に映る際はそこに強い思いや感情の残滓が残っている。だが、あの黒い武者からは正反対のものを感じた。あれはまるで――。



「すまないが、少し考えさせてくれぬか」



ーーーー

新しいエピソードになります。

いつもタイトルに悩むのですが、今回は割とすぐに決められてほっとしています。

少々胸糞というか悲しいお話になりますが、お付き合いいただけますと幸いです。

また、今週仕事がかなり多忙なため更新が不安定になると思います。

申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

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