第62話 人を呪わば1

「お久しぶりです、勇実さん。あの時は本当にありがとうございました」

「いえいえ、あれから何か問題はありましたか?」

「まったくありません。本当にお陰様です」


 俺は個室がある喫茶店で以前依頼をしてくれた千時武人と会った。

先日DMで何やら相談があるという事でこの場所を指定してきたのだ。

それにしても以前あった時は少しやつれていた印象だったのだが、今は顔色も随分と良いようだ。


「愛奈ちゃんは元気ですか?」

「ええ、あれ以来魔法使いになりたいんだって家でおもちゃの杖を振り回してますよ」


 おぉぉぉお!? 愛奈ちゃん!?

大丈夫だよね……魔法の事言ってないよね……

俺の金のエンゼル上げたんだからな、信じていいんだよな!


「そ、そうですか。まぁ元気そうでよかったですよ」


 だめや。この話題は深掘りしたらえらい事になりそうな気がする。

スルーだ。スルーしよう。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「あぁアイスカフェオレひとつ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 店員に魔力回復薬カフェオレを注文し、俺は改めて武人に今回の件を確認しようと考えた。


「さて、それで今回はどういうお話ですか?」


 俺は鞄から愛用の黒い手帳を取り出し、武人の顔を見た。

すると、少しどこか困ったような顔をしている。


「実はですね。今回依頼したいのは私ではないんです。恐らくもうそろそろ到着するはずなのですが……」

「武人さんではない、ですか」


 ふむ、どういう事だろうか。

武人が依頼人ではないという事は別の人間なのだろう。

もうすぐ到着するとか言っているわけだし。

という事は、武人は仲介人のような立場なのか?


「えぇ。依頼人は私の大学時代の友人なんです。彼は現在タレント事務所のマネージャーをしておりまして。どうやらそこの所属タレントに何かあったようで、腕の良い霊能者を探していると相談されたんですよ」

「武人さんにですか?」

「そうです。この間飲んだ時に誰か良い人はいないかと言われ、まっさきに礼土さんの事が浮かびましたので、とりあえず話だけでもと思いお声がけさせて頂きました」


 なるほど。仕事の依頼を回してくれるのは素直にありがたい。

となると、そのマネージャーという人が来ないと話がわからんか。

まぁもうすぐ来るという事だし、大人しく待っていようか。


「カフェオレです。お待たせしました。こちらガムシロップです」

「どうも」


 小さな瓶に入っているガムシロップをカフェオレの中に入れ、ストローで軽く混ぜる。

最近よく飲むようになったため、ようやく飲みなれてきた。

基本的には炭酸飲料や紅茶の方が好きなのだが、魔力回復目的以外の理由でも飲めるようになってきた気がする。

ふっ、また成長してしまったようだ。


 そう考えながらカフェオレを飲んでいると誰かがこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

足音の種類から考えると店員ともう一人誰かいるようだ。


「こちらになります」

「店員さん、ありがとう。――申し訳ない、遅れてしまいました」

「遅いぞ。大胡」


 そうして遅れてきたこの男。

スーツにネクタイをした所謂サラリーマンのような服装をしている。

ハンカチで汗を拭いており、随分と汗をかいているようだ。

息が上がっているところを見ると本当に急いできたのだろう。


「あぁ初めまして。私、佐藤大胡と申します。……あ、アイスコーヒーお願いします」

「はい、かしこまりました」


 そういって大胡は武人の横に座った。

そして鞄から何かを取り出そうとしているようだ。


「えぇっとどこだ? あ、あった。申し訳ない。急いできたので鞄の中がグチャグチャでして……これ、改めて名刺を」

「あぁこれはどうも。俺は勇実心霊相談所の勇実礼土といいます。名刺はなくて申し訳ない」


 受け取った名刺には【アウロラ・プロダクション】という事務所? のようだ。

まぁ知らんのだが……


「武人さんから聞いたのですが、俺に依頼があると聞いたのですが……」

「はい、実は私が今マネージャーを務めているタレントの件なんです。勇実さんは七海紬ななみつむぎをご存じでしょうか?」


 俺はここ最近学んだね。

知ったかぶりしてもまったく良いことないって事にさ。


「……いえ、知らないですね。どなたですか?」

「――礼土さんはTVとか見ませんか?」


 少し驚いた様子の武人からそんな質問をされた。

失敬だな。TVだろ? よく見てるぜ。主に通販番組とアニメばっかりだが……

この反応から察するにそれなりに有名な人なのか?


「有名な人なんですか?」

「はははは……弊社のタレントなのでなんとも言えないのですが、一応最近はTVCMとかよく出させて頂いておりますね」

「へぇCMですか」


 もしかしたら知ってるかもしれないな。


「最近だとポッキーのCMなんかに出させて貰ってますよ」

「ッ! あぁ見た事ありますね」


 なんてこった。いつも買っているポッキーのCMに出ていた人だったのか。

今やっているCMでは、反抗期の娘が父親に対し冷たい態度を取ってしまっており、自分の態度に後悔しつつも素直になれない娘がポッキーの箱に付箋で【いつもありがと】と書いて父親の鞄に入れるという物だ。

そしてそれに会社で気づいた父親が嬉しそうにポッキーを食べるという内容なのだが、あの父親が食べるポッキーがすごく美味そうなのだ。ぜひ、あの父親役の役者さんに普段どういう風にポッキーを食べているのかを聞いてみたいものだ。


「あのお父さん役の人が美味しそうにポッキー食べてますよね」

「ははは……まぁ紬は娘役の方なんですけどね」


 あぁあの活発そうな娘か。

少し背が高く、かなり運動神経が良さそうな子だったと記憶している。

CMで走ったりしているのだが、体幹がブレていないのだ。

あれはそうとう運動とかしてるだろう。


「その紬さんに何かあったのですか?」

「はい、実はですね」


 大胡が語るにはこういう話らしい。

ある日、紬が怪我をして事務所に来たそうだ。本人が言うには車のタイヤから刎ねた石が顔に当たったという事。

大した怪我でもなく、本人も気にしていなかったため、一応気を付けて欲しいと話をしてそこの日は終わったそうだ。

だが、さらに一週間後。

次は右手を怪我してきたそうだ。

何でも外を歩いていたら、たばこの火が押し付けられて火傷したという事だ。

すぐに犯人を探したそうだが、人混みに紛れていたので見つけられなかったと言っていたらしい。

そこまではまだおかしいと思わなかったそうだ。


 そしてさらに翌週、そしてさらに翌週と必ず毎週水曜日に紬は怪我をするようになったそうだ。

しかも徐々に怪我のレベルも上がって来たという事だ。


「先週はとうとう当て逃げにあったんです。軽い打撲と骨にヒビが入った状態です。もうどう考えておかしいと思い紬に色々聞きました。だが、本人も何も分からないと言っておりまして」

「それで大胡さんは心霊現象の類ではないかと……?」


  確かに、毎週怪我をするというのはおかしな話か。

しかもその怪我がどんどんひどい物になっているという。

そりゃ何かを疑いたくもなるか。


「ただ……ですね」

「ん? 何かほかにあるんですか?」

「えぇ、その勇実さんには非常に言いにくいのですが……紬はその、大のオカルト嫌いでして……」


 オカルト嫌い? 目に見えないものは信じないタイプって事か?


「オカルト嫌いですか?」

「えぇ。詳しくは聞いていないのですが、紬の両親が一度そういう詐欺にあったことがあったそうで、それ以来その手の話はNGなんですよ」

「でも、実際に不可思議な事が起きているんですよね?」

「はい、ですが、紬はそれも偶々運が悪かっただけ。と言っているんです。ですが、最近は水曜日が近づいてくると、本人もかなりナーバスになっておりまして……正直撮影に影響が出始めておりますので何とかしたいのです」


 あぁなるほどね。

そりゃ確かに面倒な話だ。


「愉快犯の可能性は?」

「紬がどこにいても必ず怪我をするんです。自宅でも、稽古場でも、前は風呂場で転んで頭を何針か縫いましたし……お祓いに行こうと言っても紬は断固として聞かず……正直参ってます」


 まだ霊的なものかわからないが、いつもとは違う意味で厄介な依頼になりそうだなと思い、俺は目の前のカフェオレを飲んだ。



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