第63話 人を呪わば2

「アイスコーヒーお待たせしました」

「あ、どうも」


 注文していたアイスコーヒーを大胡が飲んでいる。

というか飲み干していた。

よほど喉が渇いていたのだろうか。


「大胡、もう少し話を整理した方がいいんじゃないか? 今回の件のこと、何か切っ掛けとかなかったのか」

「そうですね、武ちゃんの言う通りもう少し順を追って説明させて下さい」


 七海紬が毎週水曜日に怪我をするようになったのは今から約1か月も前からだそうだ。

先ほど言っていた車が跳ねた石が頭にぶつかるという所から始まったらしい。

その次の週は歩きたばこの火傷、さらにその次の週は公園をランニングしていたら野球ボールが飛んできてそれが腕に当たった事による打撲。

そしてその次の週は自宅の風呂場で転び頭を割り何針か縫う怪我。そして次の週は当て逃げという事だ。

大胡も最初は不運続きだと思っていたそうだが、それが必ず毎週水曜日に起きているという事に気づき怖くなったそうだ。

これらの怪我がただタイミングが悪く不運な出来事であればいいのだが、全部同じ曜日に起きている。

それが気になって仕方なかったらしい。

そしてちょうど飲んでいた武人に相談をしたそうだ。


「ほら武ちゃんって放送作家してるし、顔も広いかなって思ってさ」

「なんじゃそりゃ……」


 どこか疲れた様子で大胡は付けていた眼鏡を外しテーブルの上に置いた。


「――紬にようやく巡って来たチャンスだったんだ。CMで上手く当たって映画にも抜擢された。元々アクションをメインに演技をやりたいって言っててさ。今回の映画はアクションシーンも多くて紬の良さを引き出せる仕事だ。でも、ここまで怪我が多いと流石にクライアントもあまりいい顔しなくてね。ちょっとピンチなんだ」

「……役が降ろされそうって事か?」


 武人がそう聞くと、大胡は静かにうなずいた。


「ああ。自己管理も出来ていないのは紬本人の問題だって指摘をされちゃってね。ちょうどオーディションで同じく最終選考まで残ってた人に役が回されそうになっている。まだクランクインしていないけど、今回のアクションシーンのために稽古はしないといけない。でも――」

「怪我が原因で稽古に参加出来ないって事ですか?」


 走り書きでメモをしている手を止めて俺は聞いた。


「いえ、違うんです。怪我を隠して無理やり参加してるんですが、やはり怪我の影響が……それを他所の事務所から指摘を貰っちゃいましてね」


 他所の事務所? どうもこの辺はよくわからんな。

つまりどういう事だ。


「さっきお話した最終選考に紬と一緒に残った娘がいましてね、その娘も今回の映画には参加するんです。その主役を決めるオーディションだったんですが、それを紬が勝ち取り、もう一人の華崎苛恋っていう子は端役になったんです。ただ同じ稽古場に出ているんですが、紬の怪我をどこで知ったのか随分声を大きくして色々言われましてね。最初は誰も気にしなかったんですが、徐々に紬の怪我が酷くなっていくため、今では役を交代すべきではって話になってきてます」


 なるほど、主役を争っていたライバルのような人がいて、紬とやらが怪我をした事を良いことに、役を交代させようとしている、と。


「正直参ってます。紬も怪我に細心の注意を払っているんですが、怪我をしてしまい。――それに徐々に怪我の大きさが酷くなってきているのも気になっていまして……。お祓いとかお守りとか色々提案したんですが――」

「例のオカルト嫌いによってお祓いが出来ないと?」


 オカルト。つまり非現実的な現象が嫌いという事か。

どうしたもんかね……。

ダメだ、何か食べよう。


「すみません、ちょっと食べ物頼んでいいですか? どうも昔から何か食べないと考えが纏まらなくて」

「ああどうぞ。えーすみません!」


 俺がそう言うと大胡は手を上げて店員を呼んだ。


「はい、ご注文でしょうか」

「ピザトースト2つお願いします」

「はい、かしこまりました」


 実は気になっていたピザトーストを頼みカフェオレを飲んで今聞いた情報を整理する。

とりあえず、本当に霊の仕業かは不明。

ただ毎週水曜日に怪我をしている。誰かが故意に紬を狙って怪我をさせている?

だが、どうやら風呂場で転んだという怪我まであるそうだ。

――いやまて、本当に転んだのか?


「紬さんがお風呂場で転んだと言ってましたけど、ただ転んだだけで頭を縫う程の怪我をしますかね?」


 転んだ際にいきなり頭を打つというのは中々難しい。

人間っていうのは条件反射で転ぶ際に必ず手が先に出るものだ。

つまり、転んだのではなく、転ばされたんじゃないか? 例えば、足を急に引っ張られたとか。


「と、いいますと?」

「多分なんですが、大胡さんにも話してない事があるんじゃないかなって思うんですよ」


 そう例えば話していないだけで、本人も自覚があるんじゃないだろうか。何か霊、もしくは呪いのようないわゆるオカルト的な原因だと。

後はそうだ、今回の怪我が起きる切っ掛けのような出来事はないのか。


「1か月前、何かありませんでしたか?」

「……そうですね。それこそオーディションの結果が出たのは1か月前ですが――」

「大胡それじゃないのか」


 なるほど、狙っていた役を取られた事による恨み的な奴か。

あまり演技に詳しくないからその辺の感情は読み取れないが、人によって琴線に触れる部分ってのは色々だからな。


「そんなまさか。という事は華崎苛恋さんが紬をって事ですか? いや流石にそれはないんじゃないかな。華崎さんは今までも色々な作品で主演とかもしてますし、正直一つ役を取られた程度で恨むとは考えにくいよ」


 おや、そうなのか。

その仕事の役に賭けていたというわけではなく、数多くの仕事の一つを取られた。そういう認識だったら流石にそこまで恨みはしないのか。


「それよりも別に思い当たる点がありました」

「なんです?」

「実は、紬は週刊雑誌に一度撮られた事がありまして……」


 週刊誌? どの漫画雑誌だ。

一応一通りは嗜みとして読んでいるからな。

これなら話についていけそうだ。


「あぁ。そういえばあったな。なんだっけ? 若手俳優の誰々とレストランで食事とかって奴だろ?」

「ええ、そうです。一応紬に確認したんですが、その人とは昔から空手道場に一緒に通っていた幼馴染だそうで、食事に誘われたから行っただけだと言ってました」


 ……どうやら俺の知っている漫画雑誌ではないようだ。

あ、ピザトーストが届いた。食べながら考えよう。


「実際の所は? 隠れて付き合ってる可能性だってあるんだろ?」

「いや、多分武ちゃんが心配してる事はないかな。紬って休日もジムでトレーニングとかしているタイプで本当に男っ気がないんだよ。別にアイドル売りしてないから仕事に支障が出ない範囲ならいいよって言ったんだけど、紬ってば『あいつは軟弱だから男として見れない』ってバッサリだったからね」

「よくわからないんですが、それで何が問題なんですか?」


 結局は昔なじみの男と飯を食べた。それを写真に撮られたって事だろう。

何が問題なのかよくわからんな。


「そうですね。ただその時の週刊誌では、紬に恋人発覚みたいな煽り記事を出されてしまいまして……。元々紬は見た目も良いので男性ファンが多いんです。なので、その雑誌が出た時はそこそこ炎上しまして……」

「はぁそういうもんですか」


 よくわからんが、その雑誌で恋人がいると勘違いした過激なファンがいて、好きという気持ちが恨みに変わったという事だろうか。

となると犯人の特定は難しそうだな。

とはいえ少し見えてきたな。



「もし悪質な悪戯という線でなく、どこかから、霊を拾ってきたか、もしくはそのファンに何かしらの呪いをかけられたのかもしれませんね。とりあえず一度紬さんに会わない事にはこれ以上は進展しそうにないかな」


 ここで話してても結論は出そうにない。

まずは会ってみよう。


「……そうですね。では明後日の火曜日。お時間を頂いてもよろしいでしょうか。こちらで色々段取りを考えますので」

「段取り、ですか?」

「ええ、恐らく勇実さんをそのまま霊能者としては紹介できませんので、ちょっと方法を考えます」

「あぁ。そういえばそうなりますか」


 本当に厄介だな。

今回は会ってちゃんと話すまでが随分と大変そうな気がしてならんぞ。



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