第43話 伝承霊10
「自由に座ってくれ、勇実殿」
大蓮寺にそう言われ、近くのソファーに座った。事務所のソファーよりも柔らかいソファーに一瞬驚きもしたが、できるだけ顔に出さないように努める。後でメーカーを確認しておこう。このソファーに座ってぜひ漫画を読みたいものだ。
「それで、こんな芝居をした理由を伺っても?」
あの時、大蓮寺から提案されたこと。それは自分の弟子だという事を周囲に広め、俺の立場を偽ることだった。時間がなかったらしく詳しい説明を後ですると言われていた。
「あぁそうだな。まずはお礼を。あの時は助かった、本当に感謝する」
「いえ、間に合ってよかったです」
というか、このおっさん、武人から聞いていた話と印象が随分違うな。確か人情のかけらもない守銭奴って言ってた記憶があるんだが……。まぁ結局は他人の印象だからな。俺が自分で判断すればいいだけだ。
それよりはあの霊のことだ。実際俺が行くまでこの大蓮寺というおっさんは死にかけている様子だった。俺から見れば大した事はないが、普通の人間からすればあの霊は十分に強い部類になるだろう。だからこそ解せないこともある。俺の魔法からあの女が逃げたという点だ。俺の光魔法はまず光の粒子を対象に付着させるところから始まる。そのため一度付着した光がある限りは相手がどこに逃げようが必ず俺の魔法を必中させる事が可能なのだ。あの吸血鬼も一度俺の射程に入ったら逃げるすべはなかったというのに、それを躱した。どうなってやがる? 流石にこんな事は初めてだ。
「大蓮寺さん、あれは普通の霊とは違うものなのでしょうか」
「……やはり勇実殿もそう思われるか、あれは伝承霊という霊なのだが恐らく――」
そう大蓮寺が言いかけたところで急に扉が開いた。大きな音がなりそちらの方を俺と大蓮寺は視線を向ける。そこには息を切らせて般若のような顔でこちらを睨んでいる女がいた。
こっわッ! これがジャパニーズホラーか……。
「ん、牧菜か。無事に到着したようで何よ――」
「勇実さんッ!!!」
まるで何かの怪獣のように足音を立てながらこちらに近づいていく牧菜が怖い。いや、めっちゃこえぇんだけどなんで怒ってんの?
「ど、どうしました?」
「どうしたじゃありませんよッ! いきなりタクシーから飛び出したと思ったらまるでスーパーマンみたいに走っていくんですよ!? どうなっているんですか! 紅茶ですか、やっぱりあの紅茶に何か秘密があるんですか!?」
身体を揺さぶられながら俺は思う。 この子は利奈並みに可哀そうな子なのかもしれない。普通に考えて紅茶を飲んだだけで人の身体能力が向上するわけないだろう。なぜ常識で考えられないのだろうか。糖分が足りないのかな。
「この馬鹿者がッ!」
「痛いっ! 何するのよ!?」
気づけば大蓮寺は拳骨を作り牧菜の頭にぶつけていた。少し涙目になっている、痛そうだな。
「何を妄想みたいなことを言っているのだ、それより彼は儂の恩人なのだ。バカみたいなマネはするな」
「……そ、そうだったわね。勇実さんごめんなさい。ちょっと取り乱しちゃって」
おそらく疲れているのだろう。安心するといい、俺は生意気な冒険者相手にも笑って見逃す度量があった男だ。まぁ若い頃は何人かの四肢を切り落としているがご愛敬だろう。俺も若かったからな。
「それでアレは持ってきたのか?」
「う、うん。一応持ってきたけど本当に使うの?」
「いや、儂の予想通りなら呪装は使わんで済むやもしれん」
「え? 本当に!? 結構ヤバい霊よね?」
そうそれだ。このおっさん、何か気づいたのだろう。だが、その前に気になることだけ処理しておくとしよう。
「一応質問しますが、この部屋のものは大善寺さんの私物もありますか?」
「ん? いや、儂の寝泊りしている部屋は別だから、ここは何もないぞ」
「なら安心しました」
俺が唐突に立ち上がると大蓮寺と牧菜は不思議そうに俺を見上げている。さて、せっかくだし適当にかっこつけますかね。以前試しでやった目を僅かに赤く光るように魔法をこそこそ展開し、演出のための光の粒子を飛ばしながらお決まりの指パッチンをする。すると閃光が走り、部屋の中にあるお札、人形、そして何かの絵画のような物が一気に燃え上がる。
「なッ! 勇実殿何をしたのだ!?」
「勇実さん!?」
「二人共、落ち着いてください」
この部屋に入ってから感じていた気持ち悪い視線のようなもの。ここから先の話をするためには掃除が必要だと判断したのだ。光を熱へ転化させ、妙な力を感じる物体だけを燃やす。安心してくれ、対象以外は燃やしていない。伊達に属性転化魔法を6歳で極めていないのだ。
「この部屋にある霊的な気配を感じた物は消し去りました。害意を感じましたので碌なものではなかったと思うので念のため」
「……本当に驚いたな。一体どこの流派なのだ?」
「どの流派にも所属はしていません、一応独学で学んだ力なので」
そういうと大蓮寺と牧菜は驚いた顔をした。
「独学でそこまでの力とは、才能とは恐ろしいものだな」
そうどこか遠い目をして大蓮寺は呟いた。ふむ、過去に何かあったのかもしれんな。まぁあんまり興味ないが。それよりだ。
「詳しく聞かせてください、何に気づいたんですか?」
「――うむ、まだ詳しく調べてみなければ分からん。だが、一つはっきりしたことがある。勇実殿が祓った瞬間、あの八尺様は
消えた? 姿を消したとうわけではなく、完全にその場から消失したという事か?
「どういう意味ですか? 消えたというのは……」
「あの時、儂はあの霊と霊的につながった状態であった。それゆえ気づいたのだ。勇実殿のあの摩訶不思議な術を放った瞬間、あの場にいた八尺様は完全に消失した。そして、その気配がこの屋敷に移動したのだ。まるで瞬間移動したかのようにの」
転移した? いやそれならあの霊に付着した俺の魔力ごと移動するはず。
ということは……
「あの場にいた霊の構成している力が消失し、力の源がこの屋敷周辺に突然現れた、という事ですか?」
「うむ、そのような感覚に近いやもしれん」
つまり実際は逃げたのではなく、俺の魔法で消滅し、新しい八尺様という霊がこの屋敷に誕生したって事か。
「恐らくだが、アレは本体ではないのだろう。それゆえ、アレを直接祓っても意味がないと思う。その後の気配が未だに屋敷の周辺から感じる所を見ると、恐らく本体がこの周辺にあるのではないだろうか」
「伝承霊には触媒になっている何かがあるっていう事?」
「そうだ、でなければあの不自然な消え方は説明できんと思う」
なるほど、そういえば猿夢を祓った時もあの小人をいくら殺しても消える気配がなかったな。
結局新幹線全体を魔力で覆ってそれっぽい物を魔法で攻撃してしまったのがまずかったか。
もう少しちゃんと調べれば対処出来たかもしれん。
「そういえば、勇実さんが猿夢を祓った時はどうだったのですか? 何かその本体というか核みたいなのはあったんででしょうか?」
ほぉらみろ。痛いところ付いてきたぞ。
紅茶やるから、内緒にしてくれねぇかな。
「ん? 猿夢だと? 何だそれは」
「えぇ、実は――」
牧菜が新幹線の出来事を説明している。
話を聞いている大蓮寺は百面相の様に顔色が変わっている。
やっぱり自分の娘が襲われたとしれば穏やかな気持ちではいられないだろう。
「っていうわけで、勇実さんに助けられたのよ」
「そうか……勇実殿。重ね重ねお礼を。娘を助けていただき感謝します」
そういうと大蓮寺は深く頭を下げた。
どうも自分より歳を取っている人に頭を下げられるのは苦手だ。
「いえ、うまく居合わせてよかったです。猿夢を祓った時は運転席の近くに確かに何かあったように思います。ただ、早急に対処する必要があったため、それごと処理してしまったので詳しくは――」
「いや無理もあるまい。実際乗客全員が悪夢の中にいたのであれば大事故は容易に想像できる。だが、これで一つ分かったな。区座里は恐らく意図的に情報を流しておる」
意図的に? それはどういう意味なのだろう。
「恐らく、いやほぼ間違いなく区座里が今回の伝承霊を操っている元凶だろう。それを前提でここからは会話するとしよう」
そういうと大蓮寺は人差し指を立てながら話し始めた。
「まず、伝承霊について。そもそもそんな霊は儂もこの業界に長くいるが聞いたことがない。当然調べもしたが同様だ。ならばこれは区座里が作り出した怪異と見て良いだろう。恐らくだが、奴はそれが露見することも承知のはず」
そういうと中指をゆっくりと立てながらその先を大蓮寺は話す。
「そして伝承霊の特性についてだ。物語の霊を実際の怪異として人に危害を加える存在だと奴は言っておった。だが、それだけだ。これは祓えないため守りに入るしかない。それが区座里の言い分だったのだが……」
そしてその守りの姿勢に九条がしびれを切らし、別の霊能者を雇う事を決心したか。
「そして先ほどの八尺様との遭遇と猿夢の話から考えるに、伝承霊はただの怪異ではなく、何かの触媒を利用して作り出された呪いのような存在なのではないだろうか。そして物語に沿った力を持っているという特性上、その物語に沿った触媒が必要になるのではと予想する」
なるほど、その触媒を消し去れない限りその伝承霊は存在し続けるという事か。
確かに考えられるな。ならば猿夢と同じくこの屋敷全体を魔力で覆い一気に破壊してしまうか?
「あえて霊の正体を話す事によって、我らが必要以上に霊の正体を探らないように仕向け、真相に辿り着くまでの時間を稼ごうとしたのだろう。そして――」
大蓮寺は眉間に皺を寄せながらこう言った。
「どうも奴は本気で犯行を隠そうとしていないように感じる。愉快犯の類やもしれん、厄介だぞ」
犯行自体が目的になっている輩か。
確かにそれだと動機が掴みにくい分、面倒ではあるか。
「では、一度その触媒を探す必要があるという事ですか」
「そうだ。もっともこの屋敷は区座里が配置した霊から身を守るという像やら札やらたくさんあってな、探すのに少々時間が掛かるやもしれん。そこで、勇実殿の出番だ」
「……俺ですか?」
何やらせる気だ?
っていうかこの辺りに感じる妙な気配の正体はそれか。
正直数が多すぎて下手に全部破壊すると屋敷にどういう影響が出るかわかったもんじゃないな。
流石に弁償できんぞ。っていうか絶対せんぞ!
俺が弁償に震えていると大蓮寺は先ほどの続きを話し始めた。
「儂は依頼主である九条殿よりご子息のそばを離れないようにと言われておる。だが、儂の弟子という事になった勇実殿であればその代わりを務めても九条殿もそれ程文句を言わんだろう。それゆえ、勇実殿が護衛している間に儂は館の周囲を探索し触媒を探そうと思う」
「ちょっと待って! この館って区座里のせいで馬鹿みたいに霊的な物が沢山あるのよ。どれどけ時間がかかるか……」
「儂とあの霊は今も僅かだが繋がっておる。それならば他の者が探すよりは効率はいいはずだ。それに当てもある」
「当て? 何か予想が着いてるの?」
「うむ、
地蔵って日本にある石像の事か。
そういえばまだ見たことないな。
「どうして地蔵なの?」
「一度八尺様の怪談を読み直したのだ。確か怪談では、八尺様を封じる地蔵の存在が示唆されておったはずだ。ここまで規模の強い力を使う以上無関係な物を触媒になぞせんだろう。ひとまずの当たりとしては十分だ。どのみち接近すればある程度はわかる。ほかに質問などなければでは早速行動に移るとしよう。勇実殿、頼みましたぞ」
大蓮寺の言葉に俺は大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます