第44話 伝承霊11

Side ■■■


 じくじくとまるで脳に針が刺さり、そこからさらに鋭い棘が頭の中をかき回すような痛みを感じる。

だが、久しく感じなかったこの痛みさえ、今はとても愛しい。

あぁ、せっかくの舞台を台無しにしようとしたあの男の秘書を新幹線で殺そうと思い、虎の子の伝承霊を仕込んだというのにうまくいかなかった。

強さで言えば八尺様より強力に作りこんだというのに、まさかこうも容易く祓われるとは想像もしなかったね。

お陰で力が反射し、僕の方へ帰ってきてしまった。


「痛いなぁ、痛いなぁ。まぁでも適当に偽眼でも入れておけばいいかなぁ」


 スキップするような気軽さで森の中を歩きながら、懐に入れていた瓶を取り出す。

そこには縦に裂けた眼球が一つ液体の中に浮いている。

それがとても美しく、思わず何度も見てしまう。

この眼球が今まで自分にこの素晴らし世界を見せてくれていたのだと思えば愛着だって沸くというものだ。


「はぁ、正直もう九条さんの所は興味なくなっちゃったんだけど、どーしようかなぁ。お金もたんまり稼いだし、また新しいの作りたいしなぁ」



 九条家には八尺様ともう一つとっておきの爆弾を置いてある。

これがいつ起爆するか楽しみにしているため、それだけでも見ておきたいところだが、流石に飽きてしまった。

最初は怯えるあの家族の様子が楽しかった。ついでに金も稼げるのでホワイトな職場だと思っていたのだが、あの九条忠則がいつのまにか新しい霊能者を雇っていたのだ。

せっかくの仕事を邪魔するのかと思い、徹底的に嫌がらせしてやろうと思ったのだが、それが失敗してしまった。

あの大蓮寺とかいうおっさんでもそう簡単に祓えない伝承霊を使ったというのに、あの外人に邪魔された。

だが、それが僕とあの外人の彼と記念すべき出会いだ。


 あぁ、彼は今どこにいるんだろう。九条家とかもうどうでもいいから、あの外人を何とか探し出して、同じ痛みを共有したい。

まさか、日本にあそこまで強い霊能者がいるなんて思いもしなかった。

どこ出身なんだろう、何とか特定し、彼の家族に会ってみたい。

アメリカかな。でもアメリカでは伝承霊は使えないしなぁ。

伝承霊は我ながらユニークな怪異なんだけど、日本でしか使えないのがネックなんだよねぇ。



 とりあえず、さっさとこんなじめじめした場所からおさらばして、新しい玩具で遊びたい。

そう思っていた時だ。


「ん……?」


 右手に痛みが走ったため、サングラス越しに痛みを感じた場所を見ると人差し指の爪が割れていた。

せっかく手入れした爪が割れたことにショックを感じながらも、その原因を考える。

そしてすぐに思い当たった。

九条家の中に設置した呪具が壊れたのだろう。

中の様子がある程度わかるように、少しだけ五感が繋がるような物を置いていたんだけど、それの一部が壊れたみたいだ。


「あの狸おやじかなぁ。――いや、一応ベテランみたいだし気づかれたかな」


 いや、それでもおかしい。

さっきの気配から察するに複数の呪具がいっぺんに消えた。

一つずつ潰すならまだわかるがいっぺんに、そして同時に破壊されたという異常性を考える。

そこから考えられる答えは、僕の中でとても甘美な物であった。



「あは、あの銀髪の外人さん。もしかして九条さんが雇った霊能者なんじゃなぁい?」



 もしかしたら違うかもしれないし、僕の想像があっているかもしれない。

でもどっちでもいい。このどっちなのか分からないワクワク感が大切なのだ。

口角が限界まで上がるのを感じながら森の中を進んでいった。







Side 勇実礼土


 向こうの世界にいた時からそうだったのだが、俺には苦手なものがある。

そう、子供だ。

基本生意気であり、よくわからない全能感を持っており、そして、絶対自分なら大丈夫だと変な自信を持っている。

自分は他人と違う特別なのだと信じてやまないのだ。

まったくその根拠はどこからくるのかぜひ聞いてみたい。



「なぁ面白いそれ?」

「……わかんない」


 まぁこの少年は違うようだ。

内向的なのか、単純に俺を怖がってるのか知らないが、全く目を合わせようとしない。


 それにしても木彫りの鷹のプラモデルのような物体を一生懸命触っているこの太陽という少年。

向こうの世界だと、このぐらいの子供は剣を振ったり、魔法の練習をしていたりするものだが、どうやらこっちの世界の子供はプラモデルを触るのが好きなようだ。



 あの後、大蓮寺と一緒に九条夫妻に状況を説明した。

もっとも、霊の詳細は話さず、ただ弟子ということになっている自分が子供の護衛をするという事の説明だ。

一応護衛経験はそこそこある。

個人的には苦手な依頼だ。襲ってくる魔物と盗賊なんかは敵意を感じた瞬間に殺すので、護衛という仕事自体は何も問題はない。

問題は長時間護衛対象と同じ空間にいなければならないという事だ。

それが苦痛で苦痛で仕方なかった。

一度貴族の子供の護衛もやったことがあるが、あれは地獄だったな。

やれ、魔物がみたいだの、やれ魔法がみたいだの。しまいには専属の護衛になれだと。

あのクソガキ、まともに成長しただろうか。



「なんか一生懸命動かしてるけど、何やってんの?」

「……なんか違う動物に変身するみたい」



 違う動物ねぇ。

もしかしてトランスフォー〇ーとかそういうやつか?

それにしてもさっきも感じたんだが、妙な気配を感じるプラモだな。

なんだろう、ずっと見ているとこう……




 気持ちが悪い。

どこか身に覚えがあるこの感覚。

この邪悪な気持ち悪さはどこで感じたものだったろうか。




 だめだな。見ていても気分のいいものじゃない。

漫画を読もう、そうしよう。

スマホを取り出し電子書籍のアプリを起動する。

基本紙も好きなんだが、移動先で読む分には電子書籍は楽でいい。

ふぅ、こうして知的な文化を楽しんでいるときが一番至福を感じるな。



「……何してるの?」


 少年に話しかけれてしまった。

手ではずっと鷹であったプラモが別の形に変わろうとしている。

聞いてみると元々は熊だったそうで、そこから次は鷹に変身したのだそうだ。

どうやら次は魚になる予定らしい。

何かのアニメのおもちゃなのだろうか、それにしては木製とはね。

メーカーも思い切ったことをするものだ。

正直売れるとは思えないな。


「読書してるんだよ。……何読んでるかしりたいか?」

「……いいよ、難しい本は聞いてもわからないし」



 このお子様めぇ。だったら聞くな!!!

まぁ、漫画を読むにはまだ幼すぎるのは否めないからな。

やはり漫画を読むためには深い知識が必要になる。

子供に無理なのは仕方ない、いかんな、大人の俺が熱くなってどうする。



 するとドアをノックする音が聞こえる。


「失礼しますね、お茶などどうかしら」

「あ、ママッ!」


 母親が来た途端に随分元気なものだ。

だが、子供と二人きりという空間から解放されたのはありがたい。


「勇実さん、本当にありがとうございます。こんな歳になってからできた子供なのでもう可愛くて可愛くてね」

「……いつ生まれた子供でも、親なら可愛いと思えるものでしょう」



 いかんな、この手の話題になると毒を吐きそうになってしまう。

向こうとは違う世界なんだ、この国の親は子供を捨てたりせず、しっかりと育てる人が多いのだろう。

口減らしのために10歳から冒険者登録ができるような場所とは違う。



「あ、そうそう。これ

「は?」


 なんだ、いやな予感がする。

この胸を締め付けるような違和感がなんだ。

先ほどの鷹のプラモデルと同じくらい凶悪な気配を感じるぞ。

九条少年の母親は持っていたお盆をテーブルの上に乗せる。

そこにはカップが3つある。

しかし、なぜだろう。3つとも飲み物が違っているのは気のせいだろうか。



「わーい、ココアだ!」


 そういうと少年はコップの一つを奪い取っていった。

残りは緑色の液体緑茶漆黒の闇コーヒーが残る。


「どうぞ、大のコーヒー好きと聞いていたので一応準備していたんです。さぁ召し上がってください」



 そういって渡されたカップの中にはすべてを吸い込む闇があった。







 たじまぁぁぁああああ!!!!!

覚えてろよぉ!!!!!



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