第42話 伝承霊9

Side 大蓮寺京慈郎



「くッ!」


 視界がぼやける。

目の前にいる2mを超えた巨大な女の怪異。八尺様はずっとこちらを見ている。

儂の左手から流れた血が地面を赤く染める。

分かってはいた。この霊は普通の霊ではない。

だがまさか、



「厄介なッ!!」


 既に儂の着物の袖は赤く染まっており、少しずつ視界がおぼつか無くなってきている。

切ったのは手のひらだ。

確かにそれなりに深く切りはしたが、ここまで血が出るのは異常だと言える。

いつもならそろそろ血も収まってくるのだが、まるで水道の蛇口を捻ったかのように血の流れが止まらない。

これもこの霊の仕業か?

とはいえ、いつもの儂の除霊方法を考えればこの程度はまだ問題はない。



 守人という特殊な体質を生かし霊を祓ってきた。

儂の除霊方法は単純だ。何か経を唱えるわけでもない、神や仏に力を借りるわけでもない。

ただ、この身に霊を封じ、弱らせ、消し去る事。

一度この身に封じてしまえば、どのような霊であろうとも外へ出る事は出来ず、ただ儂の身体の中で消えるのを待つだけの存在となる。

当然リスクもある。強大な霊であればあるほど、儂の身体を蝕み、命を削っていく。

だが、この愚かな男の命が何かの役に立つなら、儂の命の価値を見出せるのであれば喜んでこの身は霊を封じる棺桶となろう。



 重い身体に鞭を打ち、もう一度走る。

霊を封じる体のためか、無駄に食費が嵩むこのだらしのない身体が今は憎らしい。

すぐ目の前にいる怪異にたどり着く事すら出来ないのだから。


「はぁあああ!!!!」


 血だらけの左手を振るい、八尺様に当たるように血をばらまく。

だが、儂の目の前にいた八尺様はすぐにその場から消えた。


「はぁ……はぁ……どこに」


 さすがにこの老いもあり、すぐに息が上がってしまう。

周りを見るが、どこにもいない。

逃げた? いや、この肌を突き刺すような霊気は消えていな――


『ぽぽぽぽぽ』


 頭の上からそう”声”が聞こえた。

すぐに上を向く、そこには大口を開け、笑う女の霊の顔がある。

ガリガリに痩せ、骨と皮しかないような容姿。

そして青く血が通っていないような皮膚の下に走ってる斑模様は血管だろうか?

そう観察していると、八尺様は腕を大きく振り上げている。


「まったく本当に出鱈目な霊だなッ!!」


 最低限顔を庇う様に腕で頭を守る。

そして、身体に衝撃が走った。

体重100kgを超える儂の巨体をこうも簡単に吹き飛ばすとは、本当に霊なのかと混乱する頭で必死に考えながらも、

まず最初の目的は達成できた事に安堵する。


「ぐッ、はぁはぁはぁ……老体を吹き飛ばすとは何事だ。――だが、これで


 口から流れる血を拭いながら、痛みを我慢して立ち上がる。

みっともなく血だらけになったかいはあった。

先ほど八尺様から吹き飛ばされた際にようやく儂の血が八尺様の身体に付着し、直接触れる事が出来た。

儂の血を霊に触らせる事。

それが第一段階だ。

これであの霊の居場所はもう分かる。だが、次はどう長時間触れる事が出来るかが問題だ。



 さて、どうしたものかと思案した時、それが突然現れた。

まるで風のように現れ、儂と八尺様の間にいつのまにかいた一人の男。

銀髪で青いスーツを着こなしている。

そして――





 なぜかペットボトルを片手に持っていた。






「一応聞きますけど、アレは霊って事でいいんですよね?」


 儂に背中を見せながらこの男はそう流暢な日本語を話している。

外人の割に随分日本語が上手いなと思わず感心するが、今はそういう時ではない。


「おいッ! すぐにそこから離れろ!! 見えているようだから言っておくがそれは普通の霊じゃ――」

「ならすぐに祓いましょう。”閃光の斬撃フラッシュ・ブレイド”」


 何か場違いのような単語が聞こえたと思った瞬間。

目の前の男から眩いばかりの光が走った。


「ッ! な、なんだ!?」


 まるでカメラのフラッシュのような眩い閃光が走った瞬間、八尺様の身体が幾重もの光の線が走り、そして消えた。

いや、これは――



「……逃げた? まさかあの程度の霊が俺の攻撃から逃げた?」

「おい、お主! 今何をやった!?」


 儂がそう叫ぶと、何か困惑している様子の男がゆっくりこちらを見た。


「俺の魔、いえ、霊能力で祓おうとしたんですが、どうやら逃げられたようでして」

「今のが霊能力だと? 儂を馬鹿にするなよ。とてもそういうレベルの力には思えんぞ」


 歩くと悲鳴を上げたくなる激痛がまだ身体を襲っているが、不審な男が目の前にいる以上そんな醜態をさらすこともできん。 

近づくと良く分かるが身長はやはり日本人離れしている。どうみても映画とかに出てくる役者にしか見えない整った容姿。

だが、事前に聞いていたいくつかの情報から考えればおのずと答えが出てくる。


「もしやお主、勇実礼土という霊能者か?」

「ッ! え、ええ。そうです。もしや貴方はあの有名な?」


 ふん、なるほど儂の事は知っているというところを見ると間違いないようだ。

一見手品の類にしか見えないだろうが、あれが超常的な力だという事はすぐに分かる。

霊力とは違う、今まで感じたことがない力をあの一瞬で間違いなく垣間見たからだ。

だが、その力をもってしてもなお八尺様は祓えていない。いやというよりアレは――


 周りを見渡す。

誰も人の気配は感じない。

八尺様の霊気も随分薄くなった所を見るとしばらくは大丈夫だろう。

初対面ではあるが、目を見れば人となりは分かる程度には歳を重ねている。

この若者を今は信じるしかあるまいか。



「いきなりで申し訳ないが勇実殿。貴殿の力を見込んで一つ頼みがある」

「――? なんでしょうか?」







Side 勇実礼土



 合流した大蓮寺というおっさんと一緒に九条という人の館に戻った。

随分大きな屋敷だ。男爵くらいの貴族の家にそっくりだなって思う。

警備の視線を浴びながら玄関を潜ると中も随分と広いようだ。

中央にある大きな階段はそのまま2階へ続いているようで、部屋数も随分多い。



「がははははッ! 流石、我が弟子。よくやった、よくやったぞ」


 隣を歩いていたおっさん、いや大蓮寺は


 ぱっと見た感じ骨は何本か骨折しているだろう。

僅かに歩き方がおかしく、どこかかばうような姿勢を取っている。

左手の流血も自分の着物で包み、血がなんとか見えないようにしながら止血しているようだ。


「大蓮寺さん、まだ油断しない方がよいと思います」

「分かっておるよ、我が弟子、礼土。まだ悪霊の気配が完全に消えておらん。努々油断しない事だ。あとワシのことは京慈郎と呼べ。ワシは認めた奴には名前を呼ぶことを許しておるのだ」



 そういった茶番をしていると奥から一人の男が息を切らせながらこちらに走って来た。

そのすぐ後ろには女と子供がいる。

あぁ、多分これが依頼人かなって直感した。


「大蓮寺さん! どうでした! 霊は!? いなくなりましたか!?」


 必死な様子で大蓮寺に掴みかかる男に苦笑いをしながら大蓮寺は答えた。

まったく骨折している怪我人なんだからそっとしておいてあげてくれ。


「九条殿落ち着きなさい。完全には祓えておらんが、八尺様という霊は儂と弟子の礼土で追い払う事は出来た。それなりに痛手を負わせたため、しばらくは現れまい」

「そうですか、太陽を守っていただき本当にありがとうございます。それで――あのお弟子さんなんですか?」


 するとこの九条という男はおれを胡散臭そうに見ている。

いやいや、お前の秘書が呼んだんだから、そんな目でみんなよ!


「ええ、こやつ名前を変えていたため気づかなかったのだが、以前いた愛弟子であったのだ。昔に比べ随分成長しておってな。安心しなされ、こやつの腕は確かだ」


 そういうと九条は明らかに顔色が変わり、俺の手を勝手にとり強く握ってきた。


「勇実さん、どうか、どうか。ウチの息子を守って下さい。お願いします」

「え、ええ。安心して下さい。霊を祓うという事に関しては自信があるので」


 っていうかそれしか自信ないので。


「礼土。儂の部屋で少し打ち合わせを行う、こちらに来るのだ」

「はい、わかりました」

「九条殿、少し部屋にこもりますが何かあればすぐ知らせてくだされ」


 そう大蓮寺は九条に話した。

それを聞き九条は頷いている様子だ。

最初に見た顔色から随分変わってよくなっている。

本当に心配だったのだろう。


 奥で恐らく九条の妻と思われる女性のそばにいる男の子を見る。

母親の後ろに隠れてこちらを見ているようだ。

まぁ知らない男が来たのだ驚きもするだろう。


「……ん?」


 あの少年が手に持っている物が気になった。

あれは何かの鳥の、多分鷹の模型だろうか。

懐かしいな。俺もガキの頃はヴェノにねだって木彫りの鳥を買ってもらった記憶がある。

しかし変わった木彫りの鷹だ。一つの木から彫ったのではなく、いくつものパーツが複雑に重なり合い、鷹の形を作っているようだ。

あれがプラモという奴なのかもしれないな。

しかし妙に目線を奪われる。




「行くぞ礼土。こっちだ」

「はい」


 


 俺はこの時、この感覚をもっと大切にするべきだったと後程後悔する事になる。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る