第36話 伝承霊4

 霊の気配を感じる方へ進む。

俺がいた車両もそうだったが、先へ進むとどの車両に乗っている人も全員が眠りに落ちている様子だ。

そしてこの匂い――



 間違いない。

タバコのにおいだ。



 思わず手に持っているコーラを一口飲む。

新幹線の匂いと混じってタバコの匂いが混じって恐ろしいことになっている。

一度かっこつけて自分でも試してみたが、俺には合わなかった。

火をつける前の匂いは嫌いではなかった。

だが、火を着け、煙を吸うと出てくるあの匂い。

それがどうしても駄目なのだ。

それにあの後食べたピザにタバコの味が混ざるのもいただけなかった。

しかも服にも匂いがつくという始末。

なぜあれを好んで吸っているのか理解に苦しむ。

俺がコンビニで買ったタバコに火が着くことはもう無いだろう。

まぁ、火を着けなければそうでもないので、たまに口に咥えたりする。

だって、やっぱりカッコイイからさ。




「そうか、ここは喫煙車両か」



 タバコを吸うための密閉空間。

なるほど、道理で臭いわけだ。

喫煙所の前を通ると、煙が充満している中に人が倒れている。

眠っているのだろう。

タバコの火で怪我してないだろうかと思ったが、見た感じ大丈夫そうだ。

とりあえず危険はなさそうなのでそのまま更に先へ進む。

自動ドアが開閉した次の空間に足を踏み入れ俺は驚いた。



 そこは他の車両に比べ明らかに違っていた。

車両の中の色もそうだが、何より椅子が一つ一つデカイのだ。

一瞬貴族用の車両なのかと思ったが、この国には貴族制度はなかったはず。

という事は恐らくここに座っている奴らは何か社会的にステータスが高いのだろう。

見るからに上等なつくりの車両を見て俺はそう確信した。

いつか俺もこの車両に座ってみたいものだと思ったが、相変わらず匂いがキツイので、やっぱりやめようと思った。



 そうして、次の車両へ進んだときだ。

起きている人間がいた。

こちらを見て警戒しているのだろうが、何故か右手に変な紙キレを持っていた。


「……貴方は何者ですか?」


 ふむ、どうしたものかな。

そう問いたい気持ちは分かる。

彼女がそう聞かなければ俺が聞いていた。

この異常な状況で起きている人間は今の所俺以外いなかったのだ。

だが、馬鹿正直に霊能者っぽいことをしていると言って通じるだろうか。

いや、通じない。

様々な書物を読んだが、総じて霊能者とは理解される職業ではないのは共通であった。

とりま、あれを使うとしよう。

必殺、質問反しの術だ。



「そういう君こそ、何者だい? 今、ここで起きていることを理解した上での質問なのか?」

「理解していますよ。乗客が全員眠っているという事も、そしてこんな状況でピンピンしている怪しい人物が私の目の前にいるという事も、ね」


 あぁーん?

こやつ、俺を犯人だと思ってやがるのか?

元勇者であるこの俺がこんな一部の人間を眠らせて喜ぶような小さい人間だと思っているのか? 仮に俺が人間相手に何かやるなら、それこそこの国全土を光で覆って消滅させてみせるわ。やらんがな!!!

というかだ。


「この事態の犯人と思われる存在はここではない。恐らく先頭車両ではないかな」

「え?」


 きょとんとした顔している謎の女。

というかその陰陽師が使いそうな札を仕舞え。

それ絶対敵とかに投げるタイプの代物だろうが。


「俺はその元凶を始末しに行きます。邪魔をしないでいただきたいね」

「まさか、貴方は霊能力者なの?」

「ッ!?」


 どうしてそういう結論になるかな!?

普通はよく分からん怪しい科学で作ったガス的な代物って思うんじゃないの?

大体テロ物とか読むとそういう都合の良いアイテムを使っている印象なんだが……


「なるほど、君はまさか……」


 よくわからんが、それっぽいことを言っておこう。

大丈夫、最近学んだのだが、人間は勝手に解釈する生き物なのだ。


「ええ、驚きました。まさか貴方も霊能者だったと」


 って同業者かいッ!!

そりゃ霊の仕業って分かるか、それにしても霊能者って結構いっぱいいるもんなんだな。


「私の名前は生須牧菜うぶすまきなと言います。よろしければお名前を聞いても?」

「勇実礼土です。なるほど、あの生須か」


 まぁ知らんけど。


「ご存知なんですか? 生須の名前は表に出ていないはずなのですが……」


 え? そうなの?

どうしよう適当言い過ぎたな。

そう考えていると牧菜という女が何か納得したように話し始めた。



「……驚きました。まさか、あの勇実さんという事もそうですが、そこまでの情報収集能力をお持ちだったとは――」

「え、ええ。まぁね。というか俺の事も知っているのかい?」

「それはもちろん知っています。ですが、これは幸運に恵まれました。まさかこの後仕事を一緒にする可能性がある方とここで出会えるとは思いませんでした」


 え、え? どういうこと?

一緒に仕事するって何? 俺は確か大蓮寺っていうおっさんと仕事するって聞いてたけど、女性がいるとは聞いていないぞ。

この牧菜という女はどこの所属の人なんだ? 霊能者って事は大蓮寺の付き添いみたいな感じなのか?

一人で納得してないで説明してくれ、マジでわからん。

くそ、会話の中からヒントを見つけなければ……

この世界にも冒険者のようなタグを用意すべきなんじゃないだろうか。





Side 生須牧菜


 目の前を歩いている男性、勇実礼土。

まさか外人だとは思わなかった。だが、調べた実績は本物だった。

恐らく日本に来て日が浅いため実績が足りないだけなのでしょう。

だが、調べた所、九条氏が所有している珠ハイツの地縛霊、そして私が危険だと判断し断った千時武人の案件も彼が父に代わり行った。

地縛霊は兎も角、あの山に住み神と称えられた土地の悪霊はたちが悪い。

間違いなく父が祓っていれば短くて半年、長ければ数年は昏睡状態になっていたはず。

それをたった数日で解決している。

間違いなく力は本物ね。

彼を紹介していた田嶋彰が強く推薦していた気持ちも彼を目の前にすれば分かる。

オーラというべきか、霊力というべきか。

とにかく、潜在的な力が圧倒的だわ。


 そしてそれだけではない。

彼は私の苗字を知っているといった。

つまり、表向き大蓮寺京滋郎と名乗っている父の名前だけではなく、恐らく娘である私の事を事前に調べたのだろう。

こちらも特に徹底して隠蔽しているわけではないが、仕事をする相手の事を徹底的に調べるという姿勢には感服したわ。父にも見習わせたいものね。

恐らく、いや、間違いなく彼は知っているのでしょう。私が大蓮寺京滋郎の娘であり、これから一緒に九条夫妻の案件に当たる仕事仲間だという事が。

実際に現場に出るのは父だが、私も彼がどういう手段で霊を祓うのかを見ておきたいわ。

流派はどこか、何か道具を使うのか、除霊の方法など、知りたいことは山ほどある。

だが、不躾に聞く事はできない。同じ職業だからこそ、立ち入って聞いてはならないラインがあるの。



 だが、それでも気になる。

なぜ――





 なぜ、彼はずっとコーラを持っているのかしら。




 最初は何か変わった聖水なのかと思いましたが炭酸特有の泡が見える。

恐らく、というより間違いなくコーラだと思うわ。

なぜそれをずっと持っているかしら。

それともアレは普通のコーラではない?



 時折彼は独り言のように「匂いが」といっている。

恐らく霊の反応なのだろう。中には匂いで判別する人もいると父から聞いた事がある。

それなら説明もつく。彼が常に右手を鼻に覆っているのは霊から発する悪臭に対する拒絶反応のようなものなのでしょうね。


 先頭車両へ続く扉を開いた。

ここまでくれば私でも分かる。何かいる。

いや、これは――



『まもなく、電車が来ます。その電車に乗るとあなたは恐い目に遇いますよ~』


 先頭車両に足を踏み入れた瞬間だ。

車両の中にアナウンスが流れた。

通常、新幹線の中の音声は女性の声だったはず。それが今はどこか無機質な男性の声になっていた。

それに内容も意味が分からない。

既に新幹線の中だと言うのに電車?

いや、それよりも今のアナウンスの内容にどこか聞き覚えがあるような……


「ふむ」


 勇実さんは立ち止まり、またコーラを一口飲んでいる。

その背中はとても落ち着いている様子でとても頼もしいわ。


「勇実さん、気をつけて下さい、何か異様な気配が強くなりました」

「ええ、分かっています」


 するとまた違うアナウンスが流れる。


『次は活けづくり~活けづくりです』


 すると、先頭車両の奥、そして先ほど通った後ろの車両から小さな小人が続々とこちらに迫ってきていた。

それぞれの小人には小さな刃物があり、それを両手に持ってこちらに向かって走ってきている。

小人たちは両手に持っている刃を合わせ、金属が削れるような音を奏でている。

まるでこちらの恐怖を煽っているかのように。

背筋に冷たい汗が流れ、握っている護符を強く握り締める。




「やっぱりスライム以下だな――“閃光の棘フラッシュニードル”」


 そんな声が勇実さんから聞こえた瞬間。

勇実さんを中心に眩い光が発光した。

そして、光が収まったと思った瞬間にこちらに向かってきていた小人たちは光に包まれ消えていく。


「す、すごい……」


 驚いた。ここまで強力な霊能力を私は見た事がない。

たった一言。そう、たった一言何か呪文? のような物を唱えた瞬間に奇跡が起きた。

何の道具も使わず、ただ指を鳴らしただけだ。


『次はえぐり出し~えぐり出しです』


 またアナウンスが流れ、同じように小人が出現する。

今度は刃物ではなく、スプーンのような物を持っている。

アレで小人たちが何をしようとしているのかを理解して、この段階で私はようやく確信を持つ。

ありえないと思った、だが現実に今こうして目の前でその現象が起きている。




「これは……まさか“”?」

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