第35話 伝承霊3

 暑い日ざしを感じながら俺は電車に乗り、九条という男がいる別荘へ向かっていた。

現在九条は霊からの手を逃れるために、所持する別荘に避難し立て篭もっているそうだ。

まぁ、田嶋の話ではその避難したという経緯も例の区座里という霊能者の指示らしい。

なるほど、できるだけ人気がいない場所へ誘導したという事なのだろう。

正直な話今回の依頼は今までより少々難易度が高いように思う。

ただ霊を祓う(魔法で消滅させる)だけではなく、その区座里という霊能者の嘘を暴く必要があるそうだ。

もっとも、その辺りは大蓮寺という男に任せたほうが良いのではないかと田嶋は言っていた。

何でも、この大蓮寺京滋郎という男はそれなりに有名であり、テレビ出演なんかも良くしているという事もあって業界での知名度も高いらしい。

高額な依頼料を請求するという点以外では、それなりに有能な霊能者だそうで、

そのためにこの大蓮寺の発言力というのは業界でも馬鹿にできないのだとか。


 窓から流れる景色を見ながら、自動販売機で購入したコーラを口の中に流し込む。

それにしても今回の場所は遠い。

新幹線には初めて乗ったが、これが中々の速度だ。だが……



「――気持ち悪い」



 酔った、やはり匂いが駄目だ。

車ほどじゃないが、どうもこの独特の匂いが合わない。

これなら走って向かった方がまだマシだった。

最初は田嶋が車で連れて行くと言っていたのだが、それを全力で断った。

そうしたら次に奴が提案してきたのが新幹線での移動だったのだ。

初めて乗る乗り物という事で俺のワクワクが天元突破だったのは最初の話。

新幹線に足を踏み入れた時点で悟ったね。


 あ、これ車と同じ匂いじゃね? ってさ。




 タブレットで電子版の漫画を読もうと思ったが、それも長く続かなかった。

字を目で追うと気持ち悪いのだ。

この世界に来て初めて体験するこの酔うという感覚は苦手だ。

前回は車で、今回は新幹線で。

だから俺は思ったね。多分密閉空間の乗り物に俺は耐性がないってさ。

そのため、飲むときにほのかに感じるコーラの匂いで何とかこの車両の匂いを誤魔化しているのだ。

我ながら情けないが、吐瀉物を撒き散らすよりマシだろう。

これが屋根もなく、外からの風がダイレクトに身体に当たるような仕組みならどれほど良かっただろうか。

帰りは絶対に事務所のあるマンション屋上へ魔法を使って移動しようと心に決めた。

これは決定事項なのだ。




「――なんだ?」


 新幹線で匂いと格闘している時に、妙な気配を感じる。

断じて俺の嘔吐の気配ではない、この世界に来て良く対峙している気配。

そう、霊の気配だ。

飲んでいたコーラのペットボトルを片手に席を立ち、車両の通路に立つ。

平日のため比較的人も少ないが、多くの乗客たちは眠りについているようだ。

だが、それに違和感を感じた。

ノートパソコンを触っている者、スマホをいじっていたもの、何か本を読んでいた者、食事をしていた者、その全員が眠っている。

立ち上がり自分がいる車両を見渡すが、全員が眠っている様子だ。


「変だな」


 寝ている人がいるのはおかしいことではない。

だが、食事中の弁当があるにも関わらずうつぶせで寝ている人や、隣に乗客がいるにも関わらず横に倒れて寝ている人がいるのは流石に変と言わざる得ない。

まるで、意図せず眠りに落ちてしまったかのように見えた。



 手に持ったコーラを一口飲む。

この僅かなコーラの匂いだけが俺の心のオアシスだ。



「仕方ない、行くか」



 この調子では運転手もどうなっているか分からない。

新幹線の仕組みは詳しくないが、流石に運転手不在で無事で済むという事は考えにくい。

そのため、片手にコーラを持った状態で俺は気配が強い方向へ歩きだした。

ここ最近霊とかかわりを持つことが多かったためか、何となく霊の気配という奴が分かるのだ。

この新幹線にいる霊の気配はそうだな。


「まぁスライムレベルだな」




Side ????

「待っていて下さい、必要な物は全て用意しましたので、これから新幹線に乗ってそちらに移動します」


 新幹線を待つホームで私は新幹線が来るのを待っていた。それまで事務所のトップである人物に電話をしている。


『分かっておる、それよりあの区座里という男は思ったより曲者だ、お前も念の為護符を身に付けておけ』

「お断りします。これ1枚数百万で依頼人に配ってる代物でしょう。経費でも落ちませんよ」


 全くこの人は何を言っているのだろう。

この護符は電話越しの男――大蓮寺の血を染み込ませた特別な物だ。効果は霊から守るのではなく、護符に封じるという代物であり、また一度使用すると護符に染み込ませた血が穢れるために同じ効果が望めないのだ。

これ1枚作るだけで大蓮寺は自身の血を多く失いいつも貧血状態にまでなっている。

そんな護符を安易に使用するなんて出来る訳が無い。


『馬鹿を言うな牧菜、お前の身に何かあればワシは……』

「貴方こそ馬鹿ですか」

『なッ!? お前父親に向かって』

「馬鹿でしょう。自分の命を商品価値として高めているのに自分の娘に対して甘やかしてどうするんですか」

『……ならばワシのポケットマネーから金を落として使え、いいな命令だ』

「はぁ……分かりました」


 父である京慈郎の力は封じる事。

特殊な生まれである父は幼い頃は霊に取り憑かれやすい子供だったらしい。

父が言うには守人もりびとというらしく、霊を封じ、縛り、力を奪い、徐々に浄化するという特異体質なのだそうだ。そのため、弱い霊なら自分の血を使った護符を使えば封じる事は可能だが、強い霊の場合は自分の体に封じなけれはならない。

そのため、1度の除霊の依頼で度々自身の命を削っている。父には度々もうこの仕事は辞めるように言っているのだが、何故か頑なに『自分の命の価値を示すため』と言って続けようとしている。そのため私はマネージャーとして父の依頼を管理するようになった。

父の手には負えない強力な霊は態と依頼料を高額に請求し、父の目に止まる前に依頼自体を無かったことにしたりしている。

もちろんそういった依頼をしてくる人には大変申し訳ないと思う。だが、私も家族を守りたいのだ。


 だというのに、今回の依頼人である九条は面倒であった。吹っかけた金額を更に上回る依頼料を提示してきたのだ。

これは流石に父に報告せざるを得なかった。

父は自分の命の価値を分かっていると九条を褒めていたが、あの依頼はかなり厄介だ。

霊感が弱い私でもわかる。

恐らく父の手には負えない。

だから、私は行動した。

九条にさりげなく他にも霊能者が居れば万全だと言った。息子を溺愛している九条夫妻を誘導するのは本当に簡単だ。だが追加で来た人員はどれも父の名を借りてこれを機に名を広めようとしている無能者ばかりだ。

当然父もそれが分かったらしく新しく来た霊能者は全員面談してからお帰り頂いた。


 もう少し粘りたかった。

最後に来る予定の勇実という男と面談してから現場に行くように言ったのに、依頼主である九条が痺れを切らしたために父は先に現地入りしている。

私は念入りに準備を行うために遅れての出発にしたのだが――



 新幹線に乗りグリーン車の椅子に座る。

ノートパソコンを使い、例の人物――区座里光琳について調べる。国内での活動は目撃されていない。少なくとも日本で活動していた人物ではないようだ。


(では、海外で? いやそう決めつけるのはまだ危険よね)


 そう考えていた時だ。

突如急激な眠気が私に襲い掛かった。

瞼が重く、意識が朦朧とする。

自分の脳が眠れと命令しているかのような抗えない命令。

咄嗟に自分のスーツのポケットに忍ばせていた護符を取り自分の額に押し付ける。


「ッく……」


 針を刺すような痛みが襲った後にあれ程襲いかかっていた眠気が消えた。

護符を見ると赤い護符が僅かに黒くなっている。



 何が起きているのかわからず混乱する。

間違いなく霊の仕業だろう。

しかし何故唐突に?

とても自然に発生した霊の仕業だとは思えない。

であればこれは――人為的に起こっている?

ここまで規模の大きな事象を起こすなんて、まさか……



 席を立ち護符を握りながら、鞄からもう1枚の護符を取る。

何が起きてるか分からない。だが、周囲を見ると皆眠っており、どこか苦しそうにしている。

まるで悪夢を見ているかのように。



「急いで原因を――ッ!?」


 後ろの自動ドアが開いた。

この状況で動いている人間がいる?

真っ先に思いつくのはこの件の犯人だった。

警戒しながらも咄嗟に後ろを振り返る。

するとそこには、コーラをラッパ飲みしている銀髪の外人がいた。

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