第34話 伝承霊2

九条忠則くじょうただのりという人物をご存じですか?」


 宅配で届いたピザをテーブルに置き、俺と田嶋の前に白い皿が置いてある。

目の前にあるマルゲリータを一切れ取り、少し丸めて口に運ぶ。

焼けたチーズの匂いが鼻を抜け、そのまま胃袋を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。


 さすがに届いたピザをそのままにするわけにもいかず、一応田嶋にも食べるように勧めて目の前のピザに没頭しつつも田嶋の話を聞いていた。

もっとも田嶋はここに来る前に昼食を済ませていたようで、目の前の皿には比較的小さくカットされたピザが一切れ乗っているだけだった。


「いや、知りませんね。田嶋さんの口から出たという事は不動産関係の人ですか?」

「ええ、そうです。この業界では名前を知らない人はいないであろうほどの資産家なのです。ちょうどこのマンションも彼の物なのですよ」

「そうなんですか」


 大家だったか。

全然知らなかったな。


「それで、その九条さんという方と田嶋さんのおっしゃっている依頼に何か関係があるんですよね?」

「はい、まさに依頼主はその九条氏からになります。今回九条氏の秘書の方から我々各不動産会社に一斉に連絡があったんです」

「連絡?」

「はい、それは『優秀な霊能者の伝手がある人物がいれば至急連絡を』という内容でした」


 それはまた随分とざっくりしている。

探しているという事は分かるが、何故探しているのかがわからん。

まぁ霊能者を探しているなら用件なんて限られるのだろうが……


「少々分かりにくい内容ですね、もしやよくそういう話があるので?」

「いえ、こんな連絡が来たのは初めてです。――ですが、以前から噂は聞いていたのでこの連絡が回って来た時は、あぁそうかと思いました」


 どういう意味だ?

その九条何某が霊能者を探しているという理由を噂で知っているという事なのか?


「その噂というのは?」

「数か月前から業界で流れていた噂話です。その噂は九条氏のご子息が霊に狙われているという信じがたい内容でした。

最初聞いた時は誰もがただのデマだとしか思いませんでした。しかし、九条氏がご子息を溺愛しているのは有名だったので……」

「息子の身に何かあるのではと思い、九条さんは今回霊能者を集めようとしている。という事ですか?」


 それならある程度さっきの意味も分かってくる。

つまり、霊に狙われた息子を助けてくれる霊能者を探しているという事なのだろう。


「いや、違います。。九条氏のご子息は霊に狙われていると吹聴し、そのまま九条氏に雇われた霊能者が――ね」


 田嶋はコーヒーを飲んだ俺のように苦い顔をして目の前にあるピザに手を伸ばし、そのまま口に入れた。

しかしどういう事だ。既に霊能者がいるのになぜさらに探す必要がある。

というか、その言い回しだと――


「もしや、霊に狙われているのは嘘であり、九条さんはその霊能者に騙されている、と?」


 なるほど、それは確かに面倒だ。


「ふむ、話を整理しましょう。九条氏のご子息は霊に狙われている。そう指摘した霊能者がいた。そして溺愛している息子を守るためにその霊能者を九条さんは雇った。しかし田嶋さんはその九条さんのご子息が霊に狙われているというのは嘘であり、ただその霊能者に騙されていると考えている。という事ですね?」

「ええ、業界内ではそう考えられています」


 だが、それはおかしい。やはり最初の話と食い違いが起きている。


「だがそれでは、九条さんの秘書が優秀な霊能者を探しているというのはおかしくないですか?」



 そうだ。田嶋の話をまとめると、霊はおらずただその霊能者に騙されているだけ。

しかし、九条の秘書が優秀な霊能者を探しているという。

いかんな混乱してきたぞ。


「申し訳ありません、勇実さんには業界内での情報をある程度共有して置きたかったのです。先ほどまで話したのは業界内でささやかれている噂話になります。あの資産家である九条忠則は溺愛する息子を餌にされ、質の悪い霊能者に詐欺にあっている、とね。――ここからは私個人の見解です。数か月前に溺愛する息子を霊が狙っていると指摘された九条氏はそれを防ぐために霊能者を雇った。そして、その霊能者は確かにご子息を霊から守っているそうです。伝手を頼り色々探ってみましたが、どうやら明らかに超常現象と思われる事がご子息の近くで起きているという事でした」


 という事は嘘で騙されているという噂話は真実ではないという事か。


「私も、あり得ないとされていた非日常的な現象は目の当たりにしていますからね。嘘の噂だと決めつけるのもどうかと思って調べてみました。そうしたらどうやら本当に霊に狙われているようなのです。そして、面倒なのはここからです。どうやら九条氏はその霊能者がいつまで経っても問題の霊を除霊することが出来ないことにしびれを切らし、新しい霊能者を雇おうとしているそうです」


 つまり秘書が探しているという話はここに繋がるのか。


「つまり、田嶋さんは俺にその九条さんの息子を狙っている霊を祓って欲しいという事ですね?」

「そうです。しかし、それだけではない事態が予想されます」

「……というと?」

「どうもこの話はどこか胡散臭いのです。恐らく霊は本物でしょう、しかしその霊能者がどうも怪しい。恐らくですが……」


 そう言葉を少し詰まらせる田嶋を見て、俺もなんとなく察しがついた。

そういえば以前も似たような話を酒場で聞いたな。

護衛任務の際に護衛対象者と信頼関係を築くために、自分で雇った盗賊に自分を襲わせた馬鹿な男の話。

自分で雇った盗賊を自分で切り捨て、護衛対象者であった貴族と縁を結び、そのまま専属冒険者にまでなって安定した収入を得るようになったとかそういう話だった気がする。

よほど演技が上手い冒険者だったのだろう、そのまま演者になった方が出世したんじゃないかと酒を飲みながらヴェノの話を聞いた時は思ったものだ。


「つまり、自作自演。マッチポンプって奴ですか……?」

「――正直に言いまして私はそう考えています。勇実さんに可能でしょうか。偽霊能者の嘘を暴き、霊を除霊する事が」


 正直難しい。

そもそも俺自身が偽霊能者なのだ。

だが、それはそれで面白そうな話でもある。


「ええ、お任せ下さい。偽霊能者の方はどうなるか分かりませんが、少なくともその霊は容易く祓ってみせましょう」

「ありがとうございます。こちら依頼人である九条氏の詳しい資料です」


 鞄から取り出したクリアファイルから、数枚の書類を取り出し目を通す。

九条忠則の情報は先ほど田嶋から聞いた話しから大きく変わらない。

注目するべきはこの雇ったという霊能者の方だろう。


「――区座里くざり光琳こうりん、ですか」

「知っていらっしゃいますか?」


 俺が呟いたことはを田嶋は目を光らせ俺に質問してくる。

いや、知らないっす。全然知らないっす。

そもそも霊能者の知り合いなんて居ないです。


「いえ、聞いたことない名前ですね」

「そうですか、勇実さんが知らないのであればやはり怪しいと見るべきなのでしょう」


 いや、いやいやいや!

俺が知らない=モグリの霊能者みたいな解釈やめてくれない!?

普通に知らないだけだからね?

くそ、話をそらしたほうがいいのだろうか。

そう思い2枚目の紙に目を通し、少し俺は目を見開いた。



「……大蓮寺京滋郎? なぜここに名前が……」


 この名前は流石に知っている。

それは以前の依頼人である千時武人が俺に依頼する前に依頼しようとして、高額請求されたため辞退したという霊能者の名前だったからだ。

武人はこのことをかなり根に持っているようで、以前はかなり愚痴をこぼしていたため、俺も名前を覚えてしまっている。



「流石勇実さんですね。そうです、この大蓮寺氏は九条氏が現在依頼を持ちかけている霊能者なのです」

「ん、既に依頼を持ちかけている霊能者……ですか?」


 どういう意味だ?

最初に雇っているというのは区座里という人物だったはずだ。


「今回の依頼は複数の霊能者に声を掛けられているのです。私が調べた所では、既にこの大蓮寺氏に大金を積み依頼が成立しているという事でした。ですが、子を溺愛している九条氏は万全を期すために複数の霊能者を探しているのです」


 つまり、これはこういう事か?


「今回の依頼は俺とその大蓮寺の二人で行うという事ですか?」

「はい、現在決まっているのは大蓮寺氏のみ、残りの人選は現在探しているという状態です。その他に追加の人員が増えるか不明ですが、恐らく実力を考えれば勇実さんと大蓮寺氏で決定ではないかと思います」


 気になっていたのだが、田嶋の俺に対する妙な信頼感はどこから来ているのだろうか。

だが、俺は騙されんぞ。

絶対、ガラスの修理代は払わないからなッ!



 

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