第37話 伝承霊5

 目の前に迫り来る謎の小人を見て考える。

殆ど手ごたえはない。

所詮はゴブリンレベルだな。スライムの方がよっぽど怖いわ。

何故かこの世界の書物ではスライムは弱いとされているが、実際は違う。

奴らは基本洞窟に生息しており、殆ど天井などに張り付いている。

そして入ってきた魔物の顔などに落ちて張り付くのだ。

殆どが液体に近いスライムは呼吸器官に容赦なく進入し窒息させる。

また、奴らの体液自体が消化液の役割も補っているため、何の用意もなく直接スライムに触れれば皮膚も肉も爛れ骨しか残らないのだ。

まったく、厄介な魔物だ。

それを考えればこの程度、物の数ではない。

そう思っていたとき後ろで着いて来ていた牧菜が何かぽつりと呟いた。



「これは……“猿夢”?」


 猿夢? なんぞそれ。

この日本特有の童話だろうか。

桃太郎に金太郎、結構その辺りの童話を題材にした漫画も多くあるのだ。

日本人の想像力には本当に驚かされる。

流石にここで知ったかぶっても、後で自分の首を絞めそうだし、目の前の小人を滅ぼしてから素直に聞くとしようかな。

指パッチンをしてからの魔法という一連のカッコいい動作を行い、何故かスプーンを握っている小人を光の魔法で攻撃した。

それにしても、あのスプーンで何をしようとしていたのだろうか。




「申し訳ない、その猿夢とは?」

「え、ええ。そうですね。勇実さんが知らないのも無理はないかと。猿夢というのはネット掲示板で流行った所謂架空の怪談なのです。このように小人が出てきて無抵抗な主人公を殺そうとしてくるという話なのですが、今起きている現象はまさにそれに酷似しています」



 猿夢。

主人公はある日夢を見る。

それは、目の前にある電車に乗ると怖い夢を見るという内容だそうだ。

そしてその主人公は夢から覚めるという技術を持っているために、あえてその電車に乗った。どんなに怖い目に遭ってもすぐに目を覚めればいいと思ったのだという。

そうして悪夢が始まる。

凶器を持った小人たちが乗客たちを残虐に殺害していくのだとか。

問題なのはこの物語の主人公はこの悪夢から目覚めてもまだ悪夢は終わらないという点だ。

物語では3度目に夢を見るときには主人公は逃げられず小人に殺されるという事を暗示して話は終わるという事だ。

牧菜の話を簡単に纏めるとそういう話らしい。



 それにしてもネット掲示板の怖い話とはね。

ネットには漫画だけではなく、怪談まで作る人がいるのか。本当に日本は変わっていて面白いな。



「それにしても、なぜその猿夢と思われる現象が今目の前で起きているんでしょうね」

「……そうですね。恐らくですが、勇実さんが感じたという霊と無関係という事はないと思います。ただ……」

「ただ?」


 何か考えがあるのだろうが、随分と牧菜は言いにくそうにしている。

それにしても悪夢の怪談か。道理で寝ている乗客たちが汗を流しうなされているわけだ。

恐らく同じ小人に襲われているのだろう。


「変なんです。猿夢とは有名な怪談ですが、現実に起きる話ではなく、夢で起きる怪談です。――これは”怪異”かもしれません。勇実さんもそう思いませんか?」

「……え、ええ。ちょうど俺もそう考えていました」


 知らねぇぇぇぇえええ!!!!

え? 何それ? 常識なの?

いや、待て! 怪異って確か漫画で聞いた事あるぞ。

さりげなくだ。

さりげなく、調べるんだ。

そう、この世界には便利な言葉がある。『ググれ』ってさ。


「気をつけて下さい、勇実さん。この怪談は次の”挽肉”で最後のはずです。その後は語られていません。これがもし猿夢を象った怪異であるならば、その後何が起きるかなんて……」


 そう考えると、小人の攻撃が止まっているのが気になるな。

2回目の攻撃があってから随分間が開いている。

まぁ、

あまり俺を舐めるなよ。


 両手を前に合わせる。

掌がぶつかる乾いた音が響き、牧菜がこちらの目を見開いて様子を伺っているようだが一旦は無視。

身体の中から魔力を練り上げる。

自分の心臓から血管を通して身体中へ回る魔力をさらに増量し外へ流す。


「ッキャ!?」


 俺を中心に金色の粒子が舞い、突風と共に車両を駆け抜け、俺の魔力が新幹線を覆う。

新幹線全体を一瞬だけ光で満たし、俺が最初に感じていた霊の核のような存在を感知。

新幹線の中に充満していたソレを光魔法で包み、光の粒子で包み込む。


「す、すごい。どうなってるんですか。まるで新幹線の中に大量の蛍がいるみたい……」

「これから祓うので少々お待ちを」


 それにしてもこれだけの霊はどこから来たんだ?

それとも新幹線ってそういう乗り物なのだろうか。

だとしたらもう乗らんぞ。

っていうか、もう絶対乗らないがな。


 さて、このまま滅却してしまいたいのだが、流石に数が多い。

いつもならこのまま光を熱へ転換し燃やし尽くすのだが、流石に被害が出る可能性がある。

もう少し考えたい事があるのだが、生意気にも俺の魔法から逃げようとしている動きを見せているようだし、このまま光で押しつぶしてしまおう。





「よし、これで祓ったな」


 元凶と思われる存在を潰し、新幹線を覆っていた俺の魔力は霧散させた。

周りを見ると、うなされていた乗客たちが少しずつ目が覚め始めたようだ。


「す、すごいです。本当に驚きました。まさか視認出来るほどの力とは……」

「とりあえず、移動しましょう。流石にここにいるのは目立ちすぎる」

「……確かにそうですね」


 何故か俺の顔を見て納得した様子の牧菜を連れて一先ず牧菜と出会ったグリーン車のデッキまで移動した。

移動の際、先頭を歩く牧菜の後ろでとりあえず甘い物が食べたいし、隠していたチョコボールを食べながら怪異という言葉の意味を調べたのは秘密だ。

それにしてもチラチラ見てくるな。

チョコボールはやらんぞ!






Side 生須牧菜


 鳥肌がまだ収まらないわ。

さっきみた勇実さんの除霊は初めて見るものだった。

どの流派なのか除霊を見れば分かると思ったけど、私の知るどの流派とも違っていた。

恐らくは父である京慈郎と同じ独自に習得した力なのかもしれない。

でも、あそこまではっきり見えるなんて思いもしなかったわ。

まだ、あの時。自分の身体を突き抜け何か温かい物が通った感覚が忘れられない。


 後ろを付いてくる勇実さんの様子を見ると何か黒い丸薬のような物を口に入れている。

恐らく何かの秘薬なのでしょうね

あれだけの力なんですもの、どれ程の消耗なのか想像も出来ないわ。

涼しい顔をしているけど、商売敵である私に弱みを見せないようにしているのかもしれないわね。

警戒されているのかと思うと共に、あれほどの力を持った人物に警戒するだけの力があると思われているのであれば気分も悪くないわ。

今思うとずっと握って離さないあの飲み物もコーラではなく、何か独自に開発した薬品なのでしょうね。

自分の霊力を底上げするような力があるのかもしれない。

気になるけどこれ以上の深掘りは危険だし、まずは友好な関係を築くように努力しなくちゃね。




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