第6話 肝試し3

 渋谷と二人で廃墟になったラブホの廊下を歩く。それなりに大きな建物で部屋数多く、L時方に曲がった廊下だ。扉が閉まっている場所はほとんどなく、すべて開いている。もっとも、壊して開けたという様子だが。


「山城怖いんだろ。手繋ごうぜ」

「大丈夫だよ、気にしないで」


 出来るだけ距離を離して歩いているが、それでも向こうから寄って来るため、中々思ったように歩けない。


「ほら、近くに来ないと危ないぜ」


 そういってスマホのライトで廊下を照らすと、汚れたタオルやシーツ、偶に割れたガラスなんかが散乱している。


「大丈夫、私暗い所でも結構見えるし、それにスニーカーで来てるから」

「そういや、随分ラフな格好だよな。鈴木とかめっちゃ気合入ってたから最初見た時驚いちゃったぜ」


 そりゃ好きな男と一緒に肝試しだから気合を入れてきたのだ。それこそ、悲鳴を上げて抱きつけるチャンスを狙っていたに違いない。


「山城ってさ」


 そう言って更に一歩私に近付いてくる渋谷。思わず私は後ろに下がった。


「……なに?」

「いやさ、好きな奴とかいるの?」


 ゆっくり近付いてくる渋谷が怖く。更に後ろに下がる。すると私の背中が何かにぶつかった。壁? いや、腰にドアノブが当たってるから扉だ。


「……どうしてそんな事聞くの?」

「分かるだろ、俺さ。山城の事が好きなんだ。付き合わないか?」


 もうこれ以上は後ろに下がれない。後頭部を扉に押し付けて、少しでも距離を取ろうとするが、直ぐ近くに渋谷の手が置かれ、横にも移動できなくなった。


「ごめん、私……彼氏いるから無理」

「嘘つけって。傷つくなぁ、俺じゃだめ?」

「本当……だから。いいから、離れてよッ!」


 思いっきり渋谷の身体を押そうとするが、力が入らない。腕が震えてる。これじゃ腕に力が入れられない。


「山城ってさ、男子に人気あるんだぜ。知ってる?」

「し、知らない」

「ふうん。まぁいいや。せっかくだしさ、ちょっとそこで――」



「いやああぁぁあああ!!!」




 悲鳴が聞こえた。間違いない、明菜の声だ。


「なんだ、雄太のやろう。何だかんだ楽しんでんじゃんか」


 どっちの悲鳴だろうか。でも助けにいかないと。震えていた手に力を入れて、何とか渋谷を押し、私は廊下を走った。


「おいッ! どこ行くんだよ!」


 後ろから渋谷が大声を上げて追ってくるのを感じる。私は来た道を走って戻り、3階へ上る。そこは2階と同じ薄暗い廊下だが、構造は2階とほぼ一緒だ。


「うがあ“あ“あ“あ“」


 今度は男の叫び声だ。その声のする方へ走り、扉を開けようとするが開かない。私は力いっぱい扉を叩いた。


「明菜ッ! 開けて! 大丈夫!?」


 手が痛くなるくらい、思いっきり叩いたが、奥から返事がない。


「明菜ッ! ここを――キャッ!!」

「山城さぁ。空気読めよ」


 扉を叩いてた腕を、追いかけてきた渋谷に思いっきり掴まれた。男子の握力で思いっきり掴まれてるせいか、かなり痛い。


「痛いッ、離してッ!!」

「うるさいな。なんで逃げるわけ? 他の女子だったら喜んでる所なんだけど」


 すぐ隣でニヤニヤと笑っている渋谷の顔を思いっきり睨みつける。


「いいから、離してよッ!」


 思いっきり腕を動かし、振りほどこうとしたら、誤って渋谷の顔を叩いてしまった。


「ってぇな。何すんだてめぇ!」

「うッ――やめて」


 胸倉を掴まれる、視界には渋谷の怒りの表情でいっぱいだ。やっぱりこんな所来るんじゃなかった。明菜は大丈夫だろうか。



「おら、こっちこいよ。ちょうどそこ開いてるからよ」

「嫌ァァッ!」


 情けないけど大声を上げるが、やっぱり力じゃ敵わない。渋谷に無理やり隣の部屋に連れ込まれ、ボロボロのソファーベッドの上に突き飛ばされた。


「大人しくしとけば乱暴しなかったのによぉ。ほら今後逆らえないように調教してやんよ」


 シャツのボタンを外しながら渋谷がこちらに迫ってくる。何か、投げるようなものはないかと周りを見て、電話機があったので投げようとしたが、固定されていて動かせなかった。


「諦めろよ、山城。大人しく股を開けば気持ちよくしてやっから」


 もう駄目かと思い目に涙が溢れてくると、扉に人影がある。それは――



「くっそ、あの女ッ! 変なスプレー使いやがって!!!」

「あ、なんだよ雄太。ビビらせんなって」


 小山雄太が目を抑え、この部屋の中に入ってきた。


「あれ、鈴木はどうしたん?」

「それがよぉ。連れ込んで犯そうとしたらへんなスプレーを俺に噴射しやがって、逃げちまった! くっそッ! 目が痛えぇ!!」


 明菜が逃げた。私があの時、渡したお守り。暴漢スプレーを使ったようだ。ホッとする気持ちは既にどこかへ消えた。だって、この廃墟の一室に私は男子二人に囲まれている。散々気をつけようとしていたのに、結果はどうだろうか。このままでは、私はこの二人に乱暴される。逃げられそうにない。あぁこんな事なら早く好きな人を見つけておけばよかった。



 あふれ出る涙が止まらない。手も震えており、このままだと失禁しそうだ。


「お前はそこで見てろ、雄太」

「あぁ!? なんでだよ! 見てるだけかよ! 二人で犯せばいいだろぉ! 我慢できねぇって」

「うるせぇな、スマホで撮影するのだけは許してやるからそれで我慢しろ」

「くそッ!」



 もう死んでしまいたい。好きでもない男子に触られるのも、見られるのも死ぬほど嫌だというのに、犯されて、しかもそれを撮られるなんて……。涙で霞む目で二人のやり取りを見ていると、開いた扉からまた人影が見えた。まさか、明菜が助けにきてくれた……? そう一瞬考えたが、違った。





 そこに居たのは、長い髪に所々血だらけになったボロボロの服。血走った目で、小山を、渋谷を、そして私を見ている。身体が震え始める。先ほどとは違った震えだ。これは貞操の危機による震えではもうない。純粋に、命の危険を感じた本能による震えだ。



「……お、おい。雄太、お前、後ろの――誰だ?」

「は? 何言ってんだ、こんな時に冗談かよ」

「ちげぇって! お前、後ろの奴なんだよ!!」


 どうやら渋谷には見えているようだ。あの女の霊が――



 渋谷の様子から冗談ではないと悟ったであろう小山は恐る恐る後ろを振り返る。そして見えたのだろう。


「あ、あ――ああああああッッ!!」


 一目散に走って逃げた。それをみた渋谷も小山の後ろに続くように走ってその場を後にする。助かった……? もう一度扉の方を見ると、誰もいない。今のうちだ。


「に、逃げなきゃ……」


 足に力を入れて、ゆっくりとベッドから立ち上がる。

恐る恐る廊下を見るが、誰もいない。

そして部屋から出て廊下に足を踏み出したその時だ。



『アナタ、モ、イッショ』


 後ろから声が聞こえる。いや、それだけじゃない。明らかに肩に髪の毛が乗っている感触まで感じる。耳元に息が掛かってる? 不味い、こんなにはっきり見えただけでもヤバイのに。一体だけじゃない。今ならはっきり分かる。ここには何体かの霊がいる!



 走った。一目散に廊下を走り、転ぶように階段を下りて、受付の所まで行った。そこで私は一瞬考えた。このまま同じ場所から逃げたとして、もしかしてそこであの二人が待ち構えている可能性があるんじゃないだろうか。


 その考えが頭に過ぎった瞬間。私の行動は早かった。近くにあったもう枯れている観葉植物の植木鉢を持って、入り口の自動ドアに向かって思いっきり投げる。



 ガチャンと自動ドアのガラスが割れるのを確認して、私はそこから逃げ出した。流れる汗が目に入るのも気にせず、外に出て私は走った。一瞬だけ、最初に来た窓ガラスの方を見ると、少し離れた所であの二人がいるのが見えた。恐らく私があそこから出てくるの待っているとすぐに分かり、すぐに走る道を変更した。


 伊達に部活でずっと走っているわけじゃない。体力には自信がある。でも、だ。


『イッショニ、イッショニ、イッショニ、イッショニ、イッショニ、イッショニ、イッショニ』


 ずっと、後ろから声が聞こえる。どれだけ腕を振り、足を動かしても全然距離が離れる気配がない。涙が流れる。なんで、私についてくるの。ついていくなら、あの男子の方に行ってよ。


 夢中で、ひたすら走った。後ろから追いかけてくる霊を撒くために。



 そうして走って、走って、もう走れなくなって。それでも止まるのが怖くて、早歩きになった頃だ。




「ごめんね、ちょっといいかな」

「ひッ! え、だ、誰ですか?」



 私は彼に出会ったのだ。


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