第5話 肝試し2

 深夜21時前。駅前のコンビニに2人の若い男が集まっている。一人は渋谷隼人しぶたにはやと。短くきった金髪でイヤリングや、指輪などアクセサリーが散らばっており、身だしなみが調っている。見る人が見れば、ただのヤンキーだろうが、その整った顔に通りすがりの女性は思わず目で追ってしまっている。


「楽しみだな、隼人」

「ああ、やっぱ鈴木経由だったら、山城もOKしてくれんだな」


 その金髪の男子と話しているもう一人の男。小山雄太こやまゆうた。耳まで隠れるほどの長髪で細身、やや猫背の男だ。腰には財布に繋がっているウォレットチェーンがあり、最近通販で買ったお気に入りである。


「鈴木ってさ、ぜってぇ隼人狙いだろ」

「あいつ貧乳だから興味ねぇんだけどな」

「うっわ、ひっでぇな!」


 そうして二人はゲラゲラと笑う。


「とりあえず、向こうに着いたら別行動する感じか?」

「ああ。俺が山城と、雄太は鈴木と一緒に回れ」

「……やっぱ俺が山城とじゃだめか?」


 そう雄太が言うと隼人は大げさにため息をついた。


「え、何お前。約束したよな?」


 先ほどとは違い低い声で雄太の近くに顔を寄せる隼人。その変貌に雄太は慌てて首を振った。


「ご、ごめん隼人。悪かったよ」

「大人しく言う事聞けば、写真くらい回してやるから安心しろって」


 また明るい様子で隼人は雄太の肩に手を置く。そんな隼人の手に肩を掴まれながら、雄太は俯き、唇を噛む事しか出来なかった。




「お待たせ」

「待たせちゃってごめんね! 隼人君!」


 二人の女子が同じコンビニ前に到着した。一人は山城利奈やましろりな。大きめのパーカーにジーンズという格好でスニーカーを履いている。胸の大きな彼女であるが、メンズサイズのパーカーを来ているため、ボディラインが殆ど見えない。また、袖も長いため、手も隠れていた。化粧もしておらず、普段肩まで伸びている髪も後ろでお団子にしていた。そしてもう一人が鈴木明菜すずきあきな。こちらは利奈と違い、デニムのワンピースにサンダル、ブレスレットもして非常にお洒落に決めている。当然お化粧もバッチリだ。


「全然待ってないよ。あ、はいこれ、ジュース買って置いたから」


 そう言うと隼人はビニール袋に入っていた飲み物を二人に渡す。


「ありがとう、隼人君。優しいね」

「あ、私喉渇いてないからいらないや」


 ジュースを受け取る明菜とは対象的に利奈は飲み物を受け取るのを断った。その事が癇に障ったのか明菜は利奈に怒った様子だ。


「ねぇ、今日なんか感じ悪くない? せっかくジュース買ってくれてたんだからさ、ありがとうって言えばいいじゃん」

「だったら私の分まで飲んでいいよ」

「いや、そうじゃなくて――」

「あははは。ごめんね、山城。無理に飲まなくてもいいよ。じゃあ行こうか」




 Side 山城利奈


「ねぇその格好何?」

「何って?」

「そのダサいパーカーよ、普段着ないじゃん」


 渋谷と小山は先頭を歩き、今回の目的にまで移動している。その後ろに付いて歩いている時に明菜から小声で苦情を言われていた。


「別にいいでしょ。興味ない男子二人に可愛い格好するだけ時間の無駄だし、お兄ちゃんから借りたパーカーなら身体のラインも出ないから目線も気にならないからさ」

「まぁいいけどさ」

「それよりそのジュースさ、キャップが開いてたりしない?」

「え?」


 私がそういうと明菜は手に持ったペットボトルのキャップをゆっくりと回す。すると、何の抵抗もなくキャップが空いた。


「あれ、開いてる。キャップを緩めておいてくれたのかな」

「……それ絶対飲まないでね」



 思ったより不味いかもと思った。元々渋谷の兄には変な噂がある。暴走族の幹部だの、ヤクザの下っ端だの、色々だ。いつの時代だと言いたくなるが、実際に厳つい人達と一緒に歩いているのを見た事がある人もいるらしい。だから、男子は誰も隼人に逆らわない。後ろにいる兄が怖いからだ。



 そんな繋がりが噂される隼人が用意した飲み物なんて絶対に口に出来ない。変な薬でも入ってるんじゃないかと邪推してしまうのだ。


 前を歩く二人の後に続いていく。普段この辺りには来ないが、所謂風俗街というのだろうか。一本道を奥へ進めばそういった店が多く並んでいるようだ。ビルの前に売り子と思われる女の人がタバコを吸いながら待っているのが見える。この辺りはラブホテルも多く、今回の目的地である廃墟となったラブホテルも近くにあるようだ。



「着いたぜ」

「へぇここか。雰囲気あるじゃん。よく見つけたな隼人」

「だろ。確かここで殺された女の霊がいるって噂があんだってさ」

「えぇ~。隼人君、私怖いな……」


 ビル郡から少し離れた場所にぽつんとその廃墟はあった。既に朽ちているのか、いたるところが錆だらけだ。窓ガラスもほとんど割れている所を見ると、私達のよう肝試し目的で入ろうとする人が多いのだろう。こういった場所は建て直すのもお金が掛かり、また買い手もいないため放置されている場所が多いらしい。



「あそこの窓から入れるみたいだし、行ってみようぜ」


 そういうと隼人と雄太はスマホの背面からライトを照らし、先頭を歩いて入っていく。その後に続こうとして私は足を止めた。


『フフフフフ』


 すぐに周りを見る。誰も居ない。背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。やっぱりいる。偶にしか見えないレベルの私が声まで聞こえるなんて、ちょっとまずいかも。



「ねぇ、今笑い声が聞こえなかった?」

「ちょっと、利奈やめてよ」

「ははは、山城って結構怖がり? ほら手繋げば大丈夫だろ」


 先頭を歩いていた渋谷が笑いながら手を出してきた。冗談じゃない、誰がお前の手なんて掴むか。


「大丈夫! 明菜に捕まってるから」


 出来るだけ空気を壊さず回避するため、明菜の腕に手を回した。


「なんだよ。せっかくの男女で肝試しなんだしさ。女子同士でくっつくことなくね?」

「だよなぁ」


 渋谷の言葉に小山も同調するように声を出す。


「いいでしょ、なんで男子に捕まらないといけないのよ。ほら行かないの?」

「わかったわかった」


 そういうと渋谷達は笑いながら、先へ進んでいった。その後に続くように私と明菜も着いていく。割れた窓に手を置き、身体を通す。結構大きめの窓だったので問題なく入れた。



 建物の中に入ると一気に気温が下がったように感じる。入った部屋は机や壊れたモニターなどがあり、元々はどこかの事務室のようであった。どうも視線を感じる。そこまで強い感じはしないけど、これあんまり長いしないほうが良さそうだ。


「ここ受付だな」

「へぇそうなん?」

「あぁ、あそこに隙間があるだろ、あそこから客に鍵を渡すんだよ」


 壁に掛かったキーケースにずらりと鍵が並んでいる。所々鍵がない場所もあるため、その前に入った人達が持っていったのだろうか。渋谷が指を刺す場所を見ると、厚手の曇りガラスがあり、下の方に鍵を受け渡すだろう隙間があった。


「へぇ、流石渋谷、詳しいな」

「あぁ元カノと来た事あるからな」



 そう言いながら渋谷は近くの扉のノブを捻り、扉を開けた。薄暗い廊下のような場所が見える。その奥に階段があり――




 その踊り場から顔がのぞいていた。



 鳥肌が立つ。私達の前に入った誰かのいたずら? いや、違う。



 



 まずい。これ思ったより強い霊かもしれない。



「よし、あそこの階段から上に上がれるんだ。で、提案なんだけどさ。ここから二手に分かれようぜ」


 渋谷がこちらを見てそういった。私は慌ててもう一度踊り場のほうを見る。だが、そこにはもう顔はない。



「いいね! 肝試しっぽいじゃん」

「うん。いいよ。でもどうやって人を分けるの?」


 小山と明菜の声がどこか遠く聞こえる。この状況で二手に分かれるという最悪な状況をどう回避できるかを頭の中で一生懸命考える。強引に4人で行動しようと言うべきか?



「危ないし、4人で行動しようよ」


 そう言った時、パーカーの袖を明菜に引っ張られた。顔を見るとこちらを真剣な様子で、どこか思いつめたように見ている。もしかして、二手に別れるのに賛成って事? お願い、冷静になって。


「聞いて、明菜。ここ本当に危ないと思うの」


 そう諭すように言っても明菜は唇を噛み、首を横に振る。あぁ本当に盲目というか、なんというか。


「――じゃあ、明菜。これお守りあげる。一応持ってって」

「え……?」


 私はパーカーの袖の中で隠してたある物を明菜の手に渡した。それを受け取った明菜は少し怪訝な顔をしたが、一応受け取ってくれたようだ。


「ちゃんと手に持っててね。鞄にしまっちゃだめだよ」

「……うん」


 これで一応は大丈夫だろうか。不安は消えない。



「なんだ山城ってお守り持って来てたの。かわいいじゃん」

「ほんとな。じゃ、もういいよな、よし俺たちは3階に行こうぜ」


 そういうと小山は明菜の手を握って移動しようとした。


「……え?」

「どうした? 早く行こうぜ」

「え、で、でも」


 連れて行こうとする小山の顔を見て困惑している様子の明菜。そしていつの間にか横にいた渋谷が私の手を握ってきた。


「じゃ、俺たちは2階に行こうか」

「ま、待って。もう組み合わせ決まってるの?」

「実はさ、雄太の奴。鈴木の事狙ってんだ。だから協力してよ。ね?」


 そう私の耳元で、小声で話す。まずい、先手を取られた。私がさっさと小山と奥に行くべきだったのだ。最悪、小山ならどうとでも対処できると思ったのに……



 明菜の顔を見る。


「――ッ」


 その顔には感情がなかった。いや、目にだけはしっかりと怒りの表情が見て取れる。ゆっくり明菜の口が動く。



「待って明菜――」

「ほら、行こうぜ」


 雄太は明菜の手を掴みそのまま階段の先に行ってしまった。最後までこちらを見ていた明菜の表情が忘れられない。それに、明菜は最後。こう言っていた。




 裏切り者、と。

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