第7話 これがヤンキーものか

Side 山城利奈


 深夜の暗い夜道。ビルが並び、昼間は人の往来が激しい場所だが、今はまるで死んだように静かだ。いつもならタクシーとか通りそうなものなのに、静か過ぎてそれが逆に恐怖を煽っている。



 そんな中で出会った人。透明感のある銀髪、青い瞳の男性が声を掛けてきた。


「ごめんね、ちょっといいかな」

「ひッ! え、だ、誰ですか?」


 先ほどまで何時もとは違う非日常的な空間におり、自身の身の危険を感じて逃げていた場所に、いきなりイケメンの外人がいるのだ。しかも結構タイプの人。その人は、黒いシャツに白いズボンという変わった服装をしている。肩に鞄を掛けており、外人という以外ではいたって普通の装いだ。思わず最初に影があるか確認してしまったのは秘密だが。


「あぁ、驚かせてごめんね。ちょっと道を聞きたくてさ」

「え……ごめんなさい、ちょっと急いでて……」


 そうだ、早くこの場を離れないといけない。また、あの霊がいつ襲ってくか分かったものじゃない。それに、あの男子共の件もある。


「っていうか学生だよね? こんな時間まで遊んでたの?」

「ごめんなさい、ナンパなら後にして下さい! 本当に急いでるんです!」


 この外人は思ったより日本語が上手い。もしかしたら結構長く日本に住んでいるのだろうか。でも、流石に今ナンパされるのは困る。確かに、ちょっと好みの顔だけど、今はそんな場合じゃない。


「もしかして後ろにいる奴が原因?」

「――ッ! え! み、見えるんですか!?」



 心臓が跳ねるのを感じた。霊が溜まっていたあの場所なら兎も角、私についてきている霊が見える……? 嘘を吐いている可能性も考えたが、脈略もなく霊のことを指してきた。目の前の男性の視線を追うと、私の来た道に視線をやっているのがわかる。


「ああ。何か君と繋がりのある気配がある。もしかしてそれから逃げてるのかな? それなら安心してくて。俺が居れば近寄れないから」

「ほ、ホントです! さっきまで息が掛かるくらい近くにいたのに、今はあんなに遠くにッ!!」



 思い切って後ろを振り返ると本当に驚いた。遠い街灯の下にあの霊がこちらを見て立っている。恨めしそうな目で私を見ているため、震えてしまいそうになってしまう。


「助けてあげるから俺のお願い聞いてくれない?」


 どこかこちらを安心させる口調で目の前の男性が声を掛けてくれた。でもお願いって何だろう。


「お願いって……何ですか?」

「簡単さ、ホテルに連れてってくれ」


 え!? ホ、ホテル? まさか、さっきまで行ってた廃墟のラブホの事? いや、まさかそっちじゃなくて、ちゃんとした方のこと!?


「ほ、ホテル!?」

「そうさ、驚くようなことじゃないと思うけどね。君も子供じゃないんだ、分かるだろ?」


 つまりそういう事なのだろう。この人は私の命を助ける代償に身体を要求しているという事だ。


「そ、そんな行き成り言われても……お兄さん結構、いや、かなりイケメンだし、ちょっとタイプかも……でも私初めてで」


 駄目だ。さっきまでの緊張から解放されて、頭が回らない。自分でも混乱しているのが分かる。思わず変なことを口走ってしまった。――でもだ。私はバスケ部という事もありそれなりに身長も高いのだが、この人はそんな私でも見上げてしまうほど身長が高い。外人という事もあり、とても綺麗な銀髪だ。体格もよく、シャツの上からでも筋肉質なのは良く分かる。


 思い出すのはついさっきの出来事。好きでもなんでもない男子に乱暴されそうになった。その時に思ったこと。やっぱりそういう事をする相手は自分で選びたいという気持ち。きっと、その時の私はおかしかったのだ。あの廃墟からずっと私の心臓の鼓動が早い。つり橋効果とは違う気もするが、もう駄目そうだ。


「大丈夫、誰だって初めてはあるよ。気にすることじゃないさ。大事なのは経験をする事だ」

「け、経験……!」


 私が黙ってしまったために、彼がまた言葉を重ねてくる。頭ではただやりたいだけの男性の常套句だと分かっているのに、心の方が、傾きそうになっている。私ってチョロインだったのかな。



「優しくリードしてくれますか……?」

「ん? もちろんさ」


 思わず、そう口走ってしまった。顔から火が出るように赤いのが自分でも分かる。初めてが外人のイケメンか。それはそれでアリなのかも知れない。



「じゃあ、追い払うから後ろに居てね」

「は、はい! 気をつけて下さい!」



 そういうと彼は私の前に庇うようにたった。すぐ後ろに隠れると非常に良い匂いが漂ってきた。ヤバイ凄い良い匂いがする。やっぱりイケメンって凄いんだ!


 同じイケメンでも渋谷とは全然違う。あいつの近くにいてもただ香水臭いとしか思わなかった。でもこの人は違う。何だろう。凄く安心する匂いがする。



 私の前に立った彼は夜なのにどこか神々しく見えた。もしかして海外の神父さんとかなんだろうか。こんなハリウッド顔負けのイケメン神父がいるとは凄い。ゆっくりとした仕草で右手を上げるのが見えた。すると、不思議な事が起きた。親指と人差し指の合わせた部分から何か淡い光のようなものが見えるのだ。暗い闇の中に一筋の光を見たように感じた。彼はゆっくりと、どこか力強く親指と人差し指を擦った。


 その時だ。



 淡い光が発光し、帯のように広がった。本当にとても綺麗な光だ。そして、それに反応したように、私をずっと追いかけ苦しめていたあの霊から、たくさんの光が襲っている。まるで、あの霊の中にこの人の神々しい光が溢れてくるようだった。


『ギェェェエエエエアアアアア』


 霊が苦しんでいる。あの光はやはり霊を浄化しているのだ。


「”閃光の棘フラッシュニードル”」



 何か漫画の台詞のような言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。多分、何かの除霊の言葉が変に聞こえただけだ。彼がその良く聞き取れなかった何かを言った後に、たくさんの光に包まれ、あの霊は消えて行った。



 すごい光景だった。私はきっとこの光景を忘れることは無いだろう。







Side 勇実礼土


「今更ですけど、私は山城利奈っていいます」


 丁寧に自己紹介をしてくれた。ただ、道を聞いただけなのに随分と親切な娘だ。

ふむ、ここ日本には、一期一会という言葉がある。ただの道案内で終わらせるのは違うという事なのかも知れないな。


「俺の名前は勇実礼土っていうんだ。よろしくね」

「いさみ、れいど、さんですか? ごめんなさい。外人の方だと思ってました」

「ん? あぁそうだね。両親は日本出身じゃないんだが、北海道で出会って結婚したらしくてね。だから俺は一応日本生まれ、日本育ちだよ」


 という設定だ。実際の父と母は俺が生まれたときには既に死んでいるため、見た事がない。もっともあの世界では孤児なんて珍しくもなんともなかったが。


「だから日本語が上手なんですね! 最初話しかけられた時は本当にびっくりしました」

「ははは。それは良かったよ。お陰でとても可愛らしい君とこうして話せるわけだしね」

「そ、そんな。可憐で美しいだなんて!」


 そんな事言っただろうか。おかしい、あの爺から植え付けられた異世界言語の知識とずれがあるんじゃないだろうか。


「それにしても礼土さん。凄いですね! 霊を祓える人って初めて見ました!」

「あのくらいは大したことないよ」

「いえいえ、私も若干ですが、霊感あるので分かりますが、礼土さんは本当に凄いですよ!」

「――ありがとう。本当に嬉しいよ」


 俺の顔を見て、利奈は少し驚いた様子だ。


「どうしたの?」

「いえ、少し悲しそうな顔をされていたので」


 本当に驚いた。思ったより聡い子なのかもしれない。


「そう、だね。実はさ、ああいうのを祓うのは初めてじゃないんだ。物心付く頃から人に害を成す存在と対峙していてね。もう長いことやってるけど、利奈のようにストレートにお礼を言ってくれたり、褒めてくれるのに慣れていないんだ。だから、ありがとう。本当に嬉しいよ」

「――ッ! い、いえ! この程度でよければ何度でも!」

「ははは。そう何度もは大丈夫さ。それより、ここからまだ歩くかな?」

「も、もう直ぐですッ!」


 ようやく眠れそうだ。明日はどうしようか。いや、決まっている。また新しい漫画を求めてあの聖域に行くしかあるまい。店員にお勧めのお勧めとかもあったから、聞いてみるのもありかもしれない。




 そうして、歩き、人通りが減り、裏の路地の方へ来た。すると、煌びやかな建物がいくつか視界に入ってくる。


「こ、この辺りの建物は全部そう、です」

「へぇ。随分たくさんあるんだね」


 宿がこんなに密集しているなんて驚いた。客の奪い合いにならないのだろうか。その割には客寄せもいないみたいだが……


「お勧めの場所ってある?」

「わ、私も始めてなので……」


 顔を赤らめながら俺のシャツを掴んでいる。本当に緊張しやすいんだな。俺は安心させるように、ゆっくりと頭を撫でた。


「あっ……」


 こうして触ると髪の肌触りが良くて驚く。この世界にはシャンプーやボディソープという身体を洗浄する道具がある。貴族でも中々使えないような道具をこの世界では非常に安価で売られているのだ。技術力の高さが伺える。何故か魔法が使えないというデメリットがあるが、それを補えるほどの高い科学力が生活を支えているのだろう。


「そうだね、じゃあ、あの壁に水が流れている綺麗な所にでも行ってみようか」

「は、はい」


 驚いた。外に値段が書かれている。休憩7000円。宿泊12000円。


 休憩ってなんだろうか。俺の知識にあるホテルとは随分違うように思う。だが、宿泊できるなら一緒だろう。


「とりあえず、中に――」


 俺は咄嗟に魔力を使い、利奈の身体を守った。驚いたな、俺以外に光を浴びせ、魔法を発動させようとする奴がいるとはね。後ろを振り返ると、二人の男が立っている。


「え? ……渋谷と小山?」


 二人の男がスマホを持ってこちらを睨むように見ている。


「おい、山城。そんなとこで何やってんだぁ?」

「あ、あんた達に関係ないでしょッ!」


 あの二人を見て、利奈は震えているのが分かる。どちらにしろ厄介ごとのようだ。さり気無く、俺は利奈の前に立ち、二人に対峙する。


「おい、おっさん。てめぇ何やってんだ? まさか本当に利奈の彼氏ってんじゃねぇだろうな!」


 いきなりおっさん呼ばわりとは驚きだ。とはいえ、おっさん呼びは仕方ない。なんせあの世界では、20歳を超えたら行き遅れといわれるのだ。25歳で子供も恋人も作らなかった俺は彼らからすれば十分におっさんだろう。


「そ、そうよ! だから言ったでしょ。私には彼氏がいるって!」


 そう言うと利奈は俺の腕に自分の腕を絡めるように密着した。ん? この娘。思ったより着やせするタイプか? 随分ボリュームがあるな。俺が紳士じゃなければ危なかったね。


「おい、どうする? 隼人。相手外人だぞ?」

「うるせぇ。証拠押さえてんだ。どうにでもできるって」


 何かぶつぶつ言っている。よく分からんがいい加減介入した方が良いだろう。


「初対面の人に随分なものいいだね。そういう君達は利奈の何なんだい?」

「てめぇには関係ねぇよ。おい山城。お前がラブホに入ろうとしたの写真に撮ったからな! 学校バラされたくなかったらわかってんだろ!?」

「そ、そんな……」


 あぁなるほど。さっきの光は写真による発光か。道理でいつまでも攻撃してこないと思った。で、あれば問題はない。


「本当に写ってるのかい? この暗がりだ確認した方がいいと思うけど」

「はぁ? 馬鹿言ってるんじゃねぇよ。てめぇ山城はまだ18歳だが、学生なんだ。てめぇ淫行で通報してやるよ」


 なんで宿に案内してもらっただけなのに淫行呼ばわりされなくてはならないのか。そもそも、18歳というのは立派な大人だ。あの世界だと12歳で結婚なんて当たり前だったのだが、その辺のギャップはまだ理解するのに時間が掛かりそうだな。


「証拠もないのに勝手なことを言うのはいけないね」


 そういいながら俺は一歩前に足を踏み出した。


「て、てめぇ。こっち来るんじゃねぇ。この写真ばら撒いたら、山城は退学になんぞ!?」

「だから、どこにその写真があるんだい?」

「このスマホで写真撮ったって言ってんのがわかんねぇのかよ! これだから外人は」


 そういいながら自分のズボンを叩く少年。やはり子供だな、少し煽っただけでスマホの場所が分かった。俺の余裕の表情が気になったのだろう。やや逃げ腰のようだがまぁ、この距離なら問題ないな。俺はポケットから満喫のおつりを取り出し、それを親指で弾いて、彼の顔に当てた。


「ッてぇな! 何しやがった!?」

「ん? 何もしてないけど。それよりさ、俺の彼女を目の前で脅すなんて随分酷いね」

「て、てめぇ!」


 俺の手に掛かれば子供からスマホを奪うなぞ余裕よ。スマホを奪い、わかり易く煽って意識をそらす。よもや、ガキの頃に食い物に困ってやっていたスリの技術を活かす事になるとはね。

 そうして一瞬の隙に奪ったスマホを後ろで隠し、さり気なく利奈に渡す。

それに気付いた利奈が息を呑むのが分かったが、すぐにスマホを手に取ってくれた。

最初はスマホを壊せばいいと思ったが、最近はクラウドというよく分からんサービスで、撮った写真がネット上で保管されてしまうらしい。利奈なら多分、その写真をクラウド上からも消してくれるはずだ。


 しかし彼らはなんなのだろう。口ぶりからすると利奈の知り合いのようだ。よく分からんが利奈が俺を恋人と言ったら、かなり激昂した様子だ。ふむ、今までのあいつの言動、利奈の態度、そして俺がいった嘘の言葉。よく見れば、金髪なのは染めているからのようだ。金髪染め、ただの金属っぽいイヤリング、そして指輪。そこから導き出される答え。




 なるほど。これがヤンキー漫画の展開か。




 残念ながら、“グレートティーチャーオニマル”という漫画バイブルを1巻しか読んでいないので、状況の把握に苦しむが、恐らく目の前にいる変な金髪の少年ヤンキーは、利奈に付き纏うストーカーなのだろう。利奈はその被害に困っている。咄嗟に俺が彼氏、つまり恋人だと言ったのは、あのヤンキーから逃げるため。



 安心して欲しい。俺は空気が読める男だ。乗ってやろう。そのストーリーに!!




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