第14話 甘えたボーイとの別れ

小学六年生になってから、私に甘えてくる男の子がいた。彼の名前は、カイル。赤茶色で艶のある天然パーマに、くりっとした真ん丸の目。動物に例えるなら、トイプードルにそっくりだった。

身長は男子の中でも少し低めで、よく私に話しかけてくれる可愛い男の子だった。



「Kurumi~! Can I give you some hug?」


「Kyle......」



私にハグをしていいかと聞いてくるカイル。今までに何度も聞かれていたが相変わらず私は断り切れず、いつも通り困った表情をして交わそうとする。



「Kyle, quit! She ain't gonna give you a hug.」



だが今日は珍しく、横から友達のマイカが割って入る。彼女が私の代わりにはっきりと断ってくれた。



「Whhhhhy? You don't hate me, do you?」



一方、カイルは折れずに僕のこと嫌いじゃないでしょと確かめてくる。嫌いじゃないし、むしろ友人として好きな私は一層困った。


諦めの悪いカイルに、マイカがついに怒る。



「No, Kyle! Go away!」



女子に声をあげられて驚くカイル。分かりやすくしょげて、肩をおろしながら離れていった。



次の日からも、カイルとはいつも通り仲良くした。だが彼は人が嫌がることを決してしない思いやりのある男の子。ハグを求めてくることは一切なくなった。



小学六年生の春、今日は私の最終登校日。

一週間後に日本へ完全帰国することが決まっていた。


午後になり、ついに最後の授業が始まる。下校三十分前で授業が終わり、先生が私のために時間を設けてくれた。

クラスメイト一人一人とお別れの挨拶をする。



悲しみを訴える友達みんなに囲まれ、ようやくアメリカを離れることに実感する。平気だった私も、どんどん悲しくなってきた。


カイルの姿が見当たらず、私はまだ彼と話せていないことに気がつく。



「I haven't talked to Kyle yet. Where is he?」



カイルを探す私に気遣ってみんなが道を開ける。カイルは奥の椅子に座って、テーブルに顔を伏せていた。



「Kyle......?」



彼がゆっくりと頭をあげる。彼は寂しさのあまり私と別れの挨拶をする勇気がなく、遠くで号泣していた。


私はゆっくりと彼に近づく。



「Kyle, don't cry...... I'll never forget you.」


「......」


「Kyle......」



沈黙が流れる中、彼がやっと口を開いた。



「Kurumi, don't leave...... You don't have to go back to Japan. Stay here, please...... I can't live without you.」



彼の切ない言葉と悲しみが前面に出ていて、周りの友達も一斉に泣き始める。


母子家庭の彼は、友達への思い入れが強かった。そんな友達の中でも私が特別な存在であったことを、クラスメイトのみんなも知っていた。

カイルの泣く姿を見て、私も思わず涙が出てくる。


かわいそうなカイルを見てマイカが私にお願いをした。



「Kurumi, let him have a hug. Please, he really miss you.」



マイカに言われて、私もハグすべきだと思った。だが男の子に自分からハグをしたことがない。今は恥ずかしがってる場合じゃないと思い、戸惑いながらも勇気を出して彼に近づく。


彼の背中に手をあてて、私はぎゅっと優しくハグをした。


そんな私をカイルは私以上に弱々しい力で、震えながらぎゅっとし返した。



「I love you, Kurumi. I really did. You were the most best friend I've ever had.」


「Kyle...... Thank you. I love you too.」



彼は私のことを恋愛対象として見ていなかったと思う。だが友達以上恋人未満という表現はふさわしくないと思えるほど、私を愛してくれていた。


帰国して十二年経った今も彼の愛情を忘れたことがないし、今後も忘れないと思う。



何気に開くSNS。


「あ、カイルだ……。」



―――

はじめて私からハグしたんですよね。懐かしい……。本当に純粋で優しい男の子でした。彼は唯一、私のことを日本人としてでなく、私にしかない魅力が好きだと言ってくれたんですよね。あの言葉は染みたなぁ。

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