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  • 2025年6月23日への応援コメント

    沖縄戦が終了したあと、まだ占領されていなかった宮古島(沖縄のすぐ近くの島です)から、終戦2週間前に飛び立った勇敢な赤トンボ達のお話を書いてみました↓
    https://kakuyomu.jp/works/1177354054894930177/episodes/16817330652284572447

    作者からの返信

    返信が遅くなってしまい、すみません。
    そして、企画にご参加いただきまして、ありがとうございます。「赤トンボよ、永遠に!」も、拝読いたしました。

    沖縄戦後(とはいえまだ大戦中)に特攻した、「神風特攻隊」の一部隊ですね……。神風特攻隊として、最後の撃沈艦を出した部隊でもあります。

    祖国のために戦った彼らの鎮魂を祈ると共に、もうこのような形で奪われる命が出ないことを切に望みます。

  • 2025年6月23日への応援コメント

    私は特攻の中の特攻と言われ、沖縄を救うために、5月24日、沖縄に飛び立った義烈空挺隊が、大好きです。1人でも多くの日本人に知ってほしくて、義烈空挺隊の話を中心に戦争のお話を書いています。戦争のことを知ろうとしないで、空っぽの【平和】と言う人たちに腹がたちます。これからも書いていくつもりです。

    作者からの返信

    返信が遅くなりすみません。
    コメントありがとうございます。

    沖縄は、世界的に見ても激戦が繰り広げられた土地でした。義烈空挺隊は、その中に自ら飛び込み、戦果を挙げた部隊でした。作戦的には無謀とも言えるもので、沖縄への出撃死ぬこと前提のものでした。それでも戦果を挙げてみせた隊員たちに敬意を表すると共に、この様な方々が後の日本を見ることがなかったことを、私は残念に思います。

    この様な、人命をあたかも消耗品かの如く扱わなければならない戦争が、この世から無くなることを切に望みます。

  • 2025年6月23日への応援コメント

    今年も書かれたのですね。

    今、イランとイスラエル、イスラエルとパレスチナ、ロシアとウクライナ、その他様々な戦闘状態にある地域において、人が死んでいます。生き残ったとしても心身を病み、死んだように生きるを余儀なくされている人々がかなり多数いるはずです。その裏には、人の死よりもカネ稼ぎを重んじる人が山ほどいるはずです。
    日本は平和ですが、日本人たちは互いに距離が開き、したがって認め合えず、虚無的状態を埋め合わせるために他人を道具として使う人々で満ち満ちていると感じます。そのような空虚こそ、戦争の種が発芽する土壌だと思います。

    書きすぎてしまいました。来年もこの作品が更新されることを待っています。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    この想いを綴り続けてことで、戦争を風化させないことや、平和が当たり前にあることではないのだ、ということを少しでも訴えかけたくて、今年も書きました。

    今この瞬間が戦前として語られることが永遠にないように、何ができる訳ではないのかもしれませんが、書き続けていくことで戦争の種を少しでも遠ざけたいと想っています。

    来年も書くつもりです。


  • 編集済

    2025年6月23日への応援コメント

    昨今、徒に隣国の「脅威」とやらを煽り、沖縄、特に先島諸島の人たちの不安につけこんで軍備増強が企まれていることを聞くにつけ、本当にこの国に「反省」などというものが存在するのか、と感じることがあります。
    ちなみに、6.25朝鮮戦争開戦から今年で75年になります。隣国の災厄を奇貨として「復興」を成し遂げた恥を決して忘れてはならないと改めて思います。

    作者からの返信

    返信が遅くなり、申し訳ございません。
    コメントいただき、ありがとうございます。

    私も近年の日本政府は、「脅威に備える」というあたかも正義的な言い回しを盾にして、軍備増強による負担や米軍基地負担(とそれに関わる諸問題)を沖縄に押しつけようとしているように思えています。そこに反省はおろか、今を生きる人々への配慮さえも、私には感じ取れません。私も「ヤマト」にルーツを持つ人間ですが、それでも沖縄の心に触れてきたと自負している身として、改めて昨今の動きに異を唱えたいと思っています。

    近世以降の日本の発展は、他に痛みを押しつけて成し遂げたものだと思います(もちろん、日本ももの凄く痛い思いをしました)。世界的に見ても、そういう形での発展を遂げた国は少なくありません。その恩恵を享受している我々1人1人が、そのことを胸に留めておく必要があると感じています。

  • 2021年6月23日への応援コメント

    私も終戦の日の8月15日は覚えていても、沖縄戦が終結した6月23日を覚えてないです。大掛かりな戦争があり、未だに判明していない戦死者がいて、名前が刻まれる。本当に地獄の戦争だった。せめて、沖縄戦があったことは覚えていたいですね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    私も本土に出てきて、慰霊の日の知名度の低さに驚きました。鉄の暴風と称されるほどの沖縄戦がどれほど凄惨なものであったか、想像することしかできませんが言葉で表せるようなものでなかったのだと思います。沖縄戦について、考えるきっかけ作りができたのなら幸いです。

  • 2024年6月23日への応援コメント

    とても共鳴いたしました。
    太平洋戦争では300万人に近い国民が犠牲になっています。(中国は1千万人とか)
    その中でも沖縄戦は悲惨なものだったと認識しています。なぜ日本政府と日本軍は沖縄戦の前に降伏しなかったのか? それで沖縄の悲劇は防ぐ事ができた筈です。

    RURI 様の様に繰り返し発信してくれる方、その事実を知る努力をする方々、双方が必要だと思います。私としてはどうすれば戦争を防ぐ事ができるか、それを考えて伝え続けていきたいと思います。下記は昨日書いたエッセイになります。ご参考まで。https://kakuyomu.jp/works/16818023212370451362/episodes/16818093082834388715

    RURI 様の様に繰り返し発信される方、とても尊敬いたします。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    お返事が遅くなり、すみません。コメントありがとうございます。

    反戦に向けて、私ができることはほとんどありませんが、誰かが戦争のことや平和のことを考えるきっかけ作りができればと思い、6月23日という沖縄にとって節目の日に発信することを繰り返しております。1人1人ができることは小さくても、そういう思いを持つ者が増えれば、戦争を防ぐ力になるのではないかと考えております。
    戦争について、平和について、考えるキッカケが作れたのなら嬉しく思います。

  • 2024年6月23日への応援コメント

    拝読させて頂きましたm(_ _)m

    戦争の頃を生き抜いた人々が亡くなり減っていく中で、戦争について知る、歴史に触れるきっかけが減りつつあるのかなと思います。

    沖縄戦、そして慰霊の日に関してもそうなのもしれません。

    8月15日の終戦記念日でさえご存知でない日本人……特に若い子がそうだという事実をどこかで見かけたのですが、ガッカリでした。

    来年で80年という節目です。
    今一度、本作を読んで戦争について考える、学ぶきっかけ作りになったらいいなと思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    戦争を経験した世代の方々が減っていく中で、戦争に触れる機会が減ったというのは確かにあると思います。その中で、沖縄という土地はかなり異質で、学校で沖縄戦に触れられることも多かったし何より基地が身近にあるという点で戦争のことや平和のことを考える機会が多かったのかなと思います。

    若い世代(まだ自分は若いと思っている)の中でも自分達の世代は戦争を直接体験した世代から直にお話を聞ける最後の世代になるかもしれないと思っています。だからこそ、できることはあまり多くはありませんが、「きっかけ」を作って行けたらと思います。

  • 2024年6月23日への応援コメント

    沖縄を「本土」防衛の防波堤にし、多くの民間人の犠牲を強いた罪と、1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争「特需」によって戦後「復興」の足掛かりを得た恥を、決して忘れてはならないと常々感じております。

    だいぶ前の話になりますが、東京で、沖縄のオジーが「北朝鮮」の拉致問題について「拉致、拉致、と何を言うか。日本は琉球の王を東京に拉致したじゃないか!」と言っていた言葉が忘れられません。

    意義深い企画の開催、ありがとうございます。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    今の沖縄の置かれた状況は、どうしても先の戦争と切り離すことができません。県民感情にしても沖縄が抱える諸問題についても、どうしても戦争から続くものがあると常々感じています。

    私ができることは些細なことしかありませんが、この様な形で誰かに沖縄のことや平和のことを考える「きっかけ」を作れたなら嬉しいです。

  • 2024年6月23日への応援コメント

    また執筆されたのですね。
    最近はウクライナやパレスチナがやばい状況ですが、まさに沖縄でそのようなことが起きたということですよね。

    一年は長いようで短いですが、沖縄戦で亡くなってしまった人には「一年経つ」という感覚自体が存在し得ないと思うと、何か、心に大きな黒い穴みたいなのができた感じがしてきます。

    この文章を読んだことによって私は沖縄の過去について考える機会を得ました。ですから来年も執筆がんばってください!

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。今年も書きました。

    現在進行形でウクライナやパレスチナで戦争が起こってしまっていますが、仰る通り80年程前には沖縄が戦の舞台になってしまっていて、そしてそれが今の沖縄の状況や抱えている諸問題の根源になっていると思います。

    沖縄について考えるキッカケになったとのこと、嬉しく思います。来年も書くつもりですので、読んで頂けると嬉しいです。

  • 2023年6月23日への応援コメント

    初めまして、はづきです。
    この度は自主企画へのご参加ありがとうございます。

    私の高校の時の後輩達が修学旅行で沖縄に行ってました。
    ガマや防空壕の跡、礎などを回ったと聞いています。あまりにも残酷すぎる過去を知り、恐怖で泣いた子もいたそうです。
    それだけ、戦争って恐ろしい……恐ろしすぎる。

    戦争があったという歴史なんて学校の授業で習っていたはずです。
    だけど、まだまだ知らないこともある……それに気づかされました。

    もうすぐ節目がやってきますね。
    何を思うのか、見届けたいです。

    作者からの返信

    コメント・レビューをしていただき、ありがとうございます。こちらこそ、企画して下さりありがとうございます。

    沖縄で育って、改めて県外に来てみると戦争のことやその爪痕、そして今の沖縄が戦争の歴史の延長上にあったんだということに気付かされることが多いです。私が感じた思いを書き留めておくことで、沖縄や平和を考えるきっかけになったのなら幸いです。

  • 2023年6月23日への応援コメント

    戦争は本当に醜いですよね。ウクライナもガザ地区も、荒れ果てて、人間は時に恐ろしい蛮行に走るんだなと落胆させられます。二度と戦争は起きてほしくないと思うのに、フッと歴史を振り返ってみたら、未来に暗雲が立ち込めている気がしてなりません。

    2024年の6月23日にも、お書きになる予定でしょうか。沖縄戦に対するあなたの見方・考え方の変化を、私もフォローしたいと思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    2024年以降も、また6月23日には何かしら書いていきたいと思っています。どの様な内容にしようかは決めていませんが、慰霊の日に沖縄戦や戦争、平和について考えていくことは、止めるつもりはありません。

  • 2022年6月23日への応援コメント

    「戦争に苦しんだ先人たちの叫びを、我々は忘れてはいないだろうか。」
    これには違和感があります。戦後に生まれた者、特に世の中が豊かになった時期に生まれた者は、まず戦争というものを知りません。資料や映像でいくら見聞きしても、体験できないために、永遠に「知らない」状態が続きます。先人は実際に兵器で刺されて血みどろになったり、火炎放射器で肌を焼かれたでしょう。だからこそ叫べるのでしょう。しかしそんな事実を、文字や映像といった情報ベースで「見た」「聞いた」ところで、「知る」「理解する」といった段階には到底たどり着きようがないと思います。
    真に理解するには、いじめやネットの誹謗中傷など、現在進行形で起きている「身近な小さき戦争」に問題意識を向け、その次に、過去の大戦の戦禍と結びつける過程を踏む必要があると思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
     「戦争に苦しんだ先人たちの叫びを、我々は忘れてはいないだろうか。」という部分につきまして、私は「戦争を体験した世代の方々(『先人』と表現しました)が残した、反戦への想いや戦争の残忍さを物語る遺構(これを『叫び』と表現しました)」を忘れてはいないか、ということを意図して書きました。
     仰る通り、私も含めて戦争を体験していない世代は、本当の意味で知ることはできないと思います。しかし、先人たちの「叫び」を我々は受け止め、過去の過ちを繰り返さないようにせねばならない(既に世界では繰り返されてしまっていますが)と強く思います。

  • 2023年6月23日への応援コメント

    県民の三人に一人。あらためて凄い数の犠牲者です。
    戦後あまりにも世の中が激変してしまい、まだあの悲惨な戦争から百年も経っていないことに愕かされます。
    東日本大震災の折、孤児になった若者を慰めに東北を訪れた老人は、沖縄戦で家族を亡くされていました。「この歳になっても母親に逢いたい」と云っていたのが印象に残っています。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    おっしゃる通り、まだ戦後100年経っていなくて、実際に経験された方々がいらっしゃるんですよね。そういった経験を直に聞いた世代である我々も、戦後を「戦後」として語り続けられるように、平和を希求していかなければならないと思います。

  • 2022年6月23日への応援コメント

    本当にそう思います。

    日本人……喉元過ぎれば熱さ忘れる
    最早世界も……

    企画有難うございました。
    参加させて頂きました。

    紫陽花の花びら

    作者からの返信

    返信が遅くなりすみません。

    企画への参加、ありがとうございました。
    人は忘れる生き物と言うけれど、どうしてこんな惨劇を忘れられるのでしょうか。せめてそれに抗いたいものです……

  • 2021年6月23日への応援コメント

    6月23日…沖縄の組織的抵抗が終わった日ですね…。
    沖縄戦で海軍陸戦隊を率いた太田実中将が、
    自決前に送った決別電報、
    【沖縄県民良く戦えり。願わくば後世に格別の御高配を
    給わらんことを】を思い出しました。

    決して忘れてはいけない日だと思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    このエッセイは、慰霊の日に合わせて公開したものです。8月6日、9日と同じ様に、6月23日もまた先の反戦を誓う大切なときだと思います。