第10話 Re-hito

 人間になってから、今日が一歳の誕生日。

 人間に戻ってもインフラが整っていないから、たくさんの人がこの世を去った。

 二〇二六年、僕たちの村は少しずつ発展していった。

 ここは東京村と言われている。

 ここ以外にも、日本には百くらいの村があるらしい。

 村には活気ある声と発展の音が鳴り響く。

 僕は今、生まれ変わりを果たした始まりの地にいる。

 屋上に立つとたくさんの思い出が浮かび上がる。

 どうして誰も僕を責めないのか、ここに来るといつも考える。

 太陽を見つめても答えは教えてくれない。

 ベンチに腰を掛ける。空気よりも重い溜息が口から漏れ出す。

「やっと、見つけた」

 大きく元気な声に背筋がまっすぐになった。

 シヲリだった。

 会うのは一年ぶりだ。酷い別れ方で会うのが気まずく、今まで避けてきた。

「ねえ、今まで何していたの?」

 強引にベンチに座り込み、顔を近づけ話かけてくる。

「村を転々としていた。何をしていいかわからなくて」

 目の前に目標がなく、海に浮かぶ廃棄物のような状態だった。

「そうなんだ」

 眩しい笑顔を向けられた。

「僕が何をしたのか知っている?」

「知っているよ」

「……どうして誰も僕を責めてくれない」

 頭を埋め尽くしていたガスを一気に放出した気分だ。

「誰も怒ってないからじゃない。確かに、世界には君を許さない人もいると思う。ここにはそんな人いないよ。だって、こんなにも一生懸命生きたって実感している人ばっかりだよ」

 シヲリはフェンスの間に指を通し、外を指さす。

 ある人は畑を耕し、ある人は道を開拓し、ある人は今日食べる食料を調達し、ある人は子供たちに知識を与え、子供たちは何もない場所を走り回る。

 僕が見た景色には、生きる力が溢れ出している。

「この世界は生きるには少し不便で、皆が力を分け合って支え合いながら生きている。こんなにも素敵なことってある? 何かを失って悲しむことだってある。けど、失った分の幸せがある。私は前の世界よりも今の世界の方が大好きだよ」

 明るい声が心をほぐしてくれる。

「生きるためにわざわざ目標っている? 私は生きていたらいいと思うな。そうしたら、やりたいこと見つかるよ。きっと」

 一筋の涙が流れた。流したことない涙だった。

「ねえねえ、ここからだったら村が一望できるね。まるで私たち太陽みたい」

 今までにない感情だった。心と体は分からない何かで満たされた。

「……ありがとう。今、シヲリに出会えてよかった」

 心の声がそのまま流れ出た。

「どういたしまして。ねえ、聞いてもいい?」

 シヲリの高らかな声と笑顔はこの世界で一番相性がいいと思った。

「何が?」

「前に聞くって言ったよー。君の名前」

 語尾を強調した口調だった。

「えーっと、奏斗カエデって言います」

 名前をどうしようか、いろいろと考えた。

 僕は生まれ変わったから元の名前は嫌だった。

 僕を変えてくれたあの人の名前がいいと思って、そのまま受け継ぐことにした。

 あの時名前を教えてくれなかったのは、きっと僕に名前を与えてしまったからだと思う。

「前と一緒だね」

「……そうだね」

「カエデ、行こう」

 シヲリは嬉しさに満ちた笑顔で手を引っ張り、僕を外へと連れていく。

 足を動かし、体を弾ませる。

 僕の顔は今までしたことないような笑顔だった。

 僕が手にしたのは誰にも縛られない自由じゃなく、誰かと手をつないで生きる幸せだった。喜びを分かち合い、つらいときは手を貸して踏ん張る。

 選択は正しかったか、わからない。それでも、

 僕は幸せだ。

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リヒト @bu-chika

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