第9話 英雄の選択
銃弾が撃ち込まれると反動とともに、僕は体から突き飛ばされた。
また、トンネルに迷い込んでしまった。
トンネルの先に、もう一人の僕が傷口の心臓付近を抑え、床を這いつくばっている。
「まだ間に合う。早く俺と来い」
手を弱弱しく僕の体の方へ向けてくる。
「僕が来て、どうするの?」
「俺には叶えないといけない夢がある。お前もそうだろ、世界の真実を知りたくてここまで来た。分かっただろ、お前は人が作った仮の姿。お前は人間にはなれない。だから、早く来い。俺が代わりに自由な人間になってやるから」
「お前も、人間に作られた存在だろ」
酷く冷静だった。
「何を言っている。俺は作られた存在じゃない。そんな醜い人間じゃない。俺は自由だ」
「人をいっぱい殺して、そんなの戦争で使われる兵器と一緒じゃないか」
荒れた息が互いを強く切り裂く。
「僕は人を殺してまで自由になりたくない。食べたいものを食べて、人と何気ない会 話をして、知りたいことを知る。生きて、人並みの幸せが欲しいだけだ」
圧倒的でなく、基本的なものが欲しいといつからかそう思っていた。
「どうして僕はトンネルにいるか分かった。選ぶ道があるから。あっちが兵器としてあっちが人間としての出口だ。出口は誰かに選んでもらうものじゃない。自分で決めるものだ」
時が流れると選択が必要になる。
今が選択の時だ。
もう道は決めた。どっちが不幸なのかは知らない。
僕は人間になる。
「もう行くよ。さようなら、二〇号。 ……リヒト」
誇らしく胸を張り、出口へと向かう。
「いいのか、今までが無駄になるぞ」
振り返ることはしない。僕はもう兵器じゃないから。
「おい、待てよ……、おい」
遠ざかっていく声が僕を綺麗な体に洗ってくれる。
心臓の鼓動を強くさせ、歩き続ける。
誰かが背中を押してくれた気がした。
トンネルの出口は僕がまだ知らない夢や希望が詰め込まれているだろう。
瞼を開く感覚がいつもと違う気がした。
体を押し上げ立ち上がる。
傷口はもう止まっていた。
三河は相変わらず、僕に拳銃を向けている。
僕を嫌いな奴に風が吹くような笑顔を送る。
僕には最後に終わらせなければならない仕事がある。
出来るかわからない。
やらなければならない。
全身を震わせ、細胞を研ぎ澄ませる。
覚悟はできた。
体の中身が出るくらいの声を出した。
願いは、リヒト計画の撲滅。
体から何かが溶けていく感覚があった。
「貴様、何をしている。早く俺様を……。裏切ったな……。お前も……。また、……」
二五号は消えていく体にこき使わせて僕に駆け寄る。
もう死ぬと分かっているのにあがく動物のようだった。
僕は眺め続けた。体が動かなかった。
僕の体に力を与え、のしかかる。
顔は首元まで近づき、今にもかぶりつこうとしている。
なぜか見ていることしかできなかった。
銃弾が僕の体をよけるようにして二五号を貫いた。
僕が殺したのか、三河が殺したのかはわからない。
体は砂漠の砂のように水分を持たない金色の粉になった。
粉は風の力で宙を舞い、どこかへ消えた。
それが相まって、黄金の色をした風になった。
「これはお前がやったのか」
三河の視線の先には、次々と退化種が倒れこむ絵が広がっていた。
「計画は全て止めた。細胞を失った退化種は人間に戻るはず」
リヒト計画で作られた細胞は全て死んだ。これでパンデミックは終わりだ。
「すまない。僕のせいで三河の大切な人は死んだ……」
謝っておきたかった。許されないと分かっていても。
「自分で選んで行動した。お前を助けた。今までは何かに縛られていた気がする」
こんなにも明るい声をするとは思ってなかった。
「許してはないよ、けど、ありがとう」
言葉は僕に熱を与えるようにはじけた。
風は僕に体の形を教えるように流れていく。
太陽は僕では見ることが出来ない世界を教えてくれた。
魂と体には限りがあり、選択を繰り返し生きていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます