第8話 正直者の言葉
無機質な廊下を抜けて、建物の屋上に出る。周りを見渡すにはとても適した高さだった。
真上から太陽が人間を照らしていた。太陽の位置で今が昼だと気づく。
下では下僕と人間たちが生死をかけた戦いをしている。
殺せば、殺され、無駄な争いを繰り返す。
「二〇号知っているか、空がこんなにも青いってことを。いつもこれを見て思う。生きていていいと。自由だと」
両手を広げ、飛び降りるかのように空に近づく。
二五号が涙をこらえているのが分かったが、茶化すことが出来なかった。
「ああ、そうだな。こんなにも広い空を見たのは生まれて初めてだ。」
頭を優しくなでる。俺も涙がこぼれそうだったが、泣こうとは思わなかった。
「いつも俺は壁から見える太陽に憧れていた。あそこからなら世界のすべてが見える。誰にも縛られない象徴だと思っていたから」
心の声が漏れていく。いや漏らしていいと思った。
「お前は今、太陽に一番近い存在だ」
「……ありがとう」
心から出た感謝に恥ずかしかったから、二五号からは見えないように涙を流した。
今まで背負ってきた重圧と責務から解放されるようだった。
重圧に流されるように近くのベンチに一緒に座った。
決められた物語の結末のように、ただ時が過ぎるのを待つだけだ。
「五年前、お前と別れてからイタリアに移った。やはり母国は住みやすい街だった。黄金の風が吹いていたよ。いや、吹いてほしかった」
突然、口に出した。
何か思いを残した口ぶりだった。
「イタリアには何もなかったのか」
吐き口を作ってあげるためにも話を広げる。
「親に会いたかった。俺様を生んで捨てて、どんな生活を送っているか知りたかった。また新しい子供を産んでいた。公園で、三人でのんきに遊んでやがった……」
行く先が分からない口調で話す。怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか。
少なからず、喜びの感情はなかった。
「どうして……、実験にも耐えてきたのにこんな目に遭わなければならない。ただ見返してやりたかった、認めてもらいたかった、親に……。いや、誰でもよかったのかもしれない。居場所が欲しかった。つらいときに優しく抱きしめて、励ましてくれる人が」
俺には捨てられた記憶がなかった。だから、帰る居場所はない。
二五号は知っていたからこそ、人間の証明として求めていた。
黄金の風は、自分が望んでいるものを表していたのかもしれない。
「誰にもわからない。俺たちの想いなんて」
そう言って頭を抱き寄せた。
「イタリアに来て半年後、親は二人ともお前の力によって死んだ」
「そうか、すまない」
「謝るな。予定通りだ。おかげでやるべきことが分かった」
流れるように伝えられたが、一つ疑問に思ったことがある。
二人の間に産まれたもう一人の子供の行方だ。生きているのか、死んでいるのか、殺されたのか、結論は誰も知らない未知の樹海に置いてきた。
「そこからは情報収集に努めていた。感染者の数を考えて五年待った。本当に五年も待てると思っていなかったが、お前のおかげだ」
「俺は何もしてないが」
感謝されるほどのことはしてないと思った。
「この力はただ人間どもを滅ぼすことはできない。ある条件が関係している」
知らない話はとても大好物だ。
「一つは、能力の対象者はわずかでも能力者の細胞を持っていなければならないこと。ザックレーは片目を代償に細胞の繁殖を行った。その細胞は他の研究員や街、山にいる動物たちにも細胞を付与させた。お前が叫んだ時、周りにいた生物は変化をもたらした」
「退化種が誕生したのは、俺の細胞を持っていた人間が二五号の叫びを聞いたからか」
「ああ、そうだ。俺様の細胞はお前の細胞をもとにできている。叫びの対象は同じになる」
俺の叫びが五年前のパンデミックを起こし、その感染者が退化種になったのは二五号の叫びを受けたからか。
「もう一つは、能力は能力者が望む形にある程度の変形がきくこと。お前に下僕を操れなかったのはこれに影響する。この力は発動した時の感情に大きく影響する。お前はあの時、生きるために力を発動した。細胞の力も生きることに専念した。感染者の体力を蝕み、養分に変えた。ワクチンが完成したとなれば、姿を変え、新たなウイルスとなった。お前が生きたおかげで五年も待つことが出来た」
「人を操る二五号の力があれば五年も待たずに済んだと思うが」
出来れば、もっと早くに助けてほしかった。
「そうはいかない。人間を退化することが出来ても、強化することはできない。少ない人数だけだったら、軍事兵器を使えば一瞬で負ける。数を増やすためにも五年待った」
俺が生きるために使ったと考えるなら、二五号は人間を俺たちだけためにするために使ったのか、他の考え方もあるだろう。
「力を発動して、日本の感染症対策機構へ向かった。お前を助けるために。力は十分な打撃を与えていたが、お前はもういなかった。お前を探すために、下僕の視界を借りた。その時に白衣を着た集団がいた。殺意が止まらなくて殺した。見つけたと思ったら、ある集団がお前を拾ってしまった。建物に入って、動きを観察した。こちらに気づいた人間を下僕に変え、中の様子をうかがった。連れて帰るつもりが、お前は俺様に抵抗してきた。五年もあそこに閉じ込められていたから、記憶がないのも仕方がない。とりあえず、周りの人間を殺すためにも、下僕どもを建物の中に連れてきた。お前が廊下で倒れているのを見つけた。傷は完全に修復していた。起きるのをずっと待っていた。目覚めると無視してどこかに行ってしまった。次に、お前を見つけたのは学校だった。一人だけは明らかに行動が違った。正体を知っている、いや、存在があるのを気づいているようだった。奴も下僕に過ぎなかったが、最後は自殺した。軍の介入が来たから回避した。そして、今、お前と一緒に世界を作り変えている」
俺に向けられた救出劇のシナリオが描き上げられた。
かなえられない夢はない。その証明を今終わらせる。
「外の世界を知って、二五号と夢をかなえるために外に出た。俺たちが生まれながらに得ることのできなかった自由をつかむために」
「誰もが敵として阻んできた。力を使ってたくさんの人間を殺した。けれど、自由とはそんなものだろ。誰かが犠牲にならないと得ることのできないものだと思う。犠牲が人よりも多かっただけだ」
元から世界に平等とはない。
誰もが知っている。しかし、大きな問題として考えない。
世界を平等にしない者が世界を支柱に収めているからだ。
「ありがとう、二五号がいなければ達成することはできなかった」
何かを成し遂げた感動を分かち合いたかった。
感動を合わせるように手をさし伸ばす。
「こちらこそ、礼を言いたい。ありがとう」
答えるように握手を交わした。
太陽は俺たちの存在を認めるように照らしてくれた。
「今日が終わる前に聞いておきたいことがある。二五号の名前を教えてくれないか?」
世界が生まれ変わるとともに俺たちは生まれ変わる。
人間としてか、もっと優れた生物か。
生まれ変わるということは名前も変わる。
ともに生き抜いてきた仲間の名前を知っておきたいと思った。
「俺様の名前はもう捨てた、必要がないから。教える気もない。もしよかったらお前の名前知っているから教えてあげようか?」
彼は名前を恥じている気がした。
今まで俺には名前がないと思っていた。知ることが出来るなら知っておきたい気がした。
「教えてくれ」
「お前の名前はリヒト。研究員の人がそう呼んでいた。お前が、二〇号という名前で呼ばれる前に」
「 」
心臓を貫かれた感触だった。いや、実際に貫かれていた。
二つの銃声が聞こえた。一つは俺に、もう一つは二五号に。
地に頭をぶつける。痛かった。全身の熱が外へ流れていく。
銃声がなった方へ、頭をどうにか振り向かせる。
三河だった。
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