第5話 僕が知った物語
僕は偽物と言われた人間だ。否定することなく自然と受け入れた。
僕自身が偽物だとうすうす気づいていたからだと思う。
本当の僕はどこにいる?
体は?
心は?
問いかけても答えは返ってこない。
もともとおかしかった。親も知らない、どこで育ったかも知らない。
気づけば偽物の名札が体にくっついていた。
どこで選択を間違えた。いや、もともと選択肢なんてなかった。
人にいいように操られ、用が済んだら捨てられる。
僕は人に作られた人間だ。人間という言葉を使うのはおこがましい。人形だ。
自分が何なのかわからないくせに、世界の真実を知ろうなんて無謀だった。
もう何も知らなくていい。
早く殺してくれ。
もう、死んでいたか……。
何も見えない、聞こえない、無の世界で宙を舞っているのか這いつくばっているのかもわからない。体がどこにあって心がどこにあるのかも。
気づくと、液体が流れてくるのを感じた。感じさせられたのかもしれない。
形を作ることなく流れた。
感情が強く揺れた。
とてつもない絶望に駆られたのか、希望を見たのかはわからない。
感情の正体を知るよりも先に、瞼が開いてしまった。
頑丈な椅子に腰を掛け、見たことない拘束具が僕の体を張り付いていた。
ヘアゴムは外れ、髪の毛が無作為に暴れて邪魔だった。
目の前には鉄柵が天井と床を突き破るように設置され、人が通るほどの隙間もない。鉄柵を挟んで、スーツを着た偉そうな大人が肩を並べる。
僕の目からは涙が流されていた。
僕は目覚めると拘束されがちだ。
これで三度目、僕はこういう生き物だと思い始めた。
歪みながらも透き通った目で大人たちを見つめる。
「二〇号……、気分はどうだ」
傲慢な身だしなみをした人間がしゃべりだした。
僕には名前がないことが分かった。番号で呼ばれるような存在だと知ることができた。
体が離れているのが分かったから、会話をすることをあきらめた。
「……無視か、 まあいい、 記憶は元に戻ったか」
余裕な声だった。僕とは正反対だ。
僕に会う人間は僕の記憶が大好物らしい。
自分が誰ともわからない奴の記憶が気になるなんていかれた野郎だ。
「お前を見ていたら、奏斗カエデはそれだけ優秀な人材だったことが分かるよ」
型番通りにできたひげを触り、上機嫌な口ぶりだった。
いらいらする。僕の心を覆い、傷つける。
奏斗カエデは一体誰だ。そいつのせいで狂わされた。僕の人生は。
「奏斗カエデは誰だ? 僕と何の関係がある?」
心に宿る思いをそのままぶつけた。
「お前と奏斗カエデの関係、簡単に言えば教師と生徒の関係のようなものだ。学校というものは偏った大人の意見を毎日聞かされ、洗脳し、偏った大人を作る機関だ。すべてを知ろうという傲慢な考えは、世界を牛耳る権力者には都合が悪い。だから、学校はこのままの形を維持し、誰もそれに文句を言うやつはいない。二〇号、お前は全てを知ろうとした。だから奏斗カエデに偏った考えを植え付けられた。お前の脳にある記憶は奏斗カエデで構成されている。」
脳みそを見透かされた気分だった。
今思えばそうだったかもしれない。名前や役職を受け入れていた。一人で酒を飲むのだって、もともと記憶の中にあった。
だったら、トンネルにいたあいつは誰だ。僕の考えを尊重し支えてくれた……。
いや、誰かよりも永井さんが託した世界の史実が正しいか確かめる方が先だ。
「おい、リヒト計画を知っているか」
嫌な汗が額を通る。気味が悪い。
「もちろん、知っているよ。私が作り上げた計画だからね」
うすうす気づいていた。目の前にいる奴はやばい奴で、僕はその片棒を担いでいることを。
「この計画が始まったのは、二一世紀初めに起きた世界の大不景気からだ。人間というものは進化を求めるものだ。戦争がある頃はよかった、生きること勝つことで進化を実感することができたから。それにより生活の質や地位の向上にもつながった。負けたものは勝つためにより楽に、より強力に、人を殺す方法を考え戦争を起こした。そのサイクルを回すことで、人間は知識や技術を学び、進化し続けた。だが戦争が終わり、平和を迎えることでサイクルが機能しなくなった。人間は進化をやめ、退化を始めた。そして、世界に大不景気が訪れた」
淡々と物語っていく。
「リヒト計画。その内容は人間の手で限界を超えた人間を再構築するものだ。世界を牛耳る権力者は参加してくれた。進化が必要だと知っていたからだ。最初は火傷をしない人間の作成から始まった。規模は少しずつ大きくなり、違反を起こさないためにも拘束力を持つ存在が必要となった。それが被験者の力で国を滅ぼすことができる人間の作成だ」
聞きなれない言葉を聞き続けたせいで体が割れそうだった。
汗をかいているのに寒気を感じる。
「どうしてそんなことができる?」
「人間は進化を求める生き物だからだよ。必要とされる場所に金と人材はつぎ込まれる。それにこの世界は都合のいい人間がほとんどだ。情報操作はいくらでもできる」
不敵な笑みを放つ。
ドアを勢いよく開ける音がした。フル装備をした自衛隊が息を切らして入ってきた。
僕に聞こえない声で話が始まり、大人たちがあからさまにざわつき始めた。
「二〇号、お前は我々に利用される立場だ。これ以上知っても何も得はない」
そう告げるとこちらを気にする素振りもなく去っていった。
体中が汗で濡れ、動くことも出来ず体から逃げ出したくなる。
何が起きているのか断片を知ることはできたが、すべて知れたわけではない。
無上の悲しさから呼吸がおかしくなっていく。
疲れた。僕は都合のいい大人だ。利用されて終わってしまう……。
「まだだ」
聞きなれた声だった。それもそうだ自分の声だから。
またトンネルだ。出口か入り口わからないが、光がさす場所にいた。
エメラルド色の宝石のような目、顔の堀の深さ、まさしく自分だ。
「やっと俺が見えたか。教えてやるよ、自分が誰なのか」
どうして自分の残像が見えているのかわからなかった。
「お前は自由だ。すべてを知る義務がある」
手を差し伸べられた。思わず手をつかんだ。
その言葉に救われていた僕がどこかにいた。
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