関係の終わり、そして始まり


「だ、だ、旦那様。その……そろそろ」

「あ、あぁ」


 それからしばらくして、リーザはようやく現実に戻ってきた。現実に戻れば、この体勢が勘違いされてしまいそうな体勢だということに気が付ける。これでは、見方によってはニコラスに押し倒されているみたいではないか。もちろん、二人は夫婦なのでそう言うことがあってもおかしくはないのだが……生憎、リーザには『そういうこと』に対する免疫がない。


 それに対して、ニコラスも全く一緒だった。それに、頬を赤らめ視線を逸らすリーザは大層美しい。……このままででは、手を出してしまいそうだと思い、ニコラスはリーザを解放した。本当はもう少し抱きしめていたかったが、リーザを抱きしめた感触はしっかりと覚えている。だから、大丈夫。そもそも、使用人がやってきた場合、いろいろと問題がある。……まぁ、使用人たちは気を遣って出て行ったので、しばらくは戻ってこないのだが。そこまで、ニコラスもリーザも思考回路が回っていなかった。


「……なぁ、リーザ」


 仄かに赤くなった頬を誤魔化すように、頬をポリポリと書きながらニコラスはリーザに視線を向ける。視線の先にいるリーザは、少し疲れたのかうとうととし始めていた。……先ほどまで呪いで眠っていたとはいえ、呪いは呪い。睡眠にはカウントされない。この邸に戻ってくるまでの間に、ダリアがそう言っていたのをニコラスはよく覚えている。こういうことには、頭が回る男なのだ。


「リーザ。……俺は、ずっと前から一つだけやりたいことがある」

「……何でしょうか?」

「リーザに、プロポーズをし直したい」


 リーザの小さな手を握りながら、ニコラスは真剣な面持ちでそう告げた。初めて正式に対面した日。ニコラスは確かにリーザにプロポーズをした。……とはいっても、それはほかの女性ならば反感を買うような最低なプロポーズ。契約妻になってほしいという、普通ならば殴られてもおかしくないプロポーズ。そんなプロポーズを、一生の思い出にしてほしくない。そんな感情からニコラスはもう一度リーザにプロポーズをしたかった。……リーザに素直な言葉しか伝えられなくなって以来、ずっとそう思っていた。


「俺は、不器用だ。体力バカだと言われるし、仕事脳だとも言われる。……それでも、俺はリーザにプロポーズがしたい。甘い言葉度言えないが、それでもいいか? ずっと、リーザに側に居てほしい」

「……旦那様。それはもうすでに立派なプロポーズになっていますよ……」


 ニコラスの言葉を聞いたリーザは、耳まで真っ赤にしその真っ赤な顔を隠すように手で覆いながら、そう呟いていた。本当に、この人は不器用だ。無自覚に人の心を揺さぶってくる。かといって、無理に愛の言葉を囁こうとはしない。女性は言葉を望むという。だが、リーザは望まない。……ニコラスの態度で、自分への好意が嫌と言うほど伝わってくるから。


「……分かりました。私、あの日の契約結婚を破棄させていただきます」


 こんなにも自分のことを不器用にも愛してくれる人を、無下にできるものか。そんなことを考え、リーザはゆっくりと口角を上げてニコラスに向き合った。そうすれば、ニコラスは驚いたように目を大きく見開き、ぱちぱちと瞬かせる。……そんな様子が、どうしようもないほど「好きだなぁ」なんて思えるのは、きっとリーザぐらいだろう。


「私、これからは旦那様の契約妻としてではなく、本当の妻になります。……旦那様のことを、一生お支えするつもりですので……覚悟しておいてください」


 その言葉には、「返品不可」だという意味が込められていた。返品したいと言っても、絶対に受け付けない。そんなことを目で訴えてニコラスを見つめれば、ニコラスは「……俺も、その」なんて言いながら口ごもる。その後、ただ頬を掻き、視線を逸らし、唇を開こうとすれば閉じる。そんなことを繰り返すこと約三分。ようやく決意が固まったのか、ニコラスはゆっくりと言葉を紡いだ。


 ――返品してほしいと言っても、しない、から。


 と。


 その姿はリーザからすればどうしようもなく可愛らしく、リーザは「クスッ」と笑い声を上げてしまう。


「旦那様は、大層仕事バカですもので、家のことは全て私がやって差し上げます」

「あぁ、頼りにしている」

「……旦那様? 今のは突然上から目線になったことを、突っ込むべきところですよ?」

「そうなのか?」


 ニコラスはバカみたいに真面目だ。けど、そう言うところも愛おしい。そんなことを想いながら、リーザがニコラスに手を伸ばし、ニコラスがその手を掴んだときだった。


「おい、そこのバカップルならぬバカ夫婦!」


 部屋の扉が突然開き、誰かが部屋に駆けてくる。その言葉と音に驚き、慌てて二人がそちらに視線を向ければ……そこには、呆れた表情のローゼマリーが、いた。

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