想い合う、だから
「こんなこと、旦那様にお話することではないと、分かっております。ですが……」
ニコラスの目が揺らいだのを見ていると、リーザの心の中で「話さなくては」という気持ちが揺らいでいく。ニコラスは、リーザのことを心の底から愛してくれている。それは、リーザだってこの三ヶ月の間に嫌と言うほど知った。……だから、このことを話すのを躊躇ってしまう。
「……旦那様?」
そして、しばらく黙ってしまったニコラスのことも、リーザには気がかりだった。いったい何故、黙っているのだろうか? そう思ってニコラスに手を伸ばしてみれば――その手を、優しく掴まれた。
「リーザ。……俺は、心の底からリーザのことが好きだ!」
「な、なにを突然――」
「薬の効力が切れた……らしい。だが、それでも言いたい。リーザ、好きだ」
……この男は、真面目な話をしているのにいったい何を突然言うのだろうか。そう思い目をぱちぱちと瞬かせるリーザに、ニコラスは「す、すまない」とだけ謝るとリーザの手を解放してくれた。その顔は真っ赤になっており、「好き」の一言を告げることがどれだけ恥ずかしかったのかが、よくわかる。……それを見ていると、リーザの心の中が少しだけ軽くなった。結局、リーザも無駄に緊張していたということなのだろう。
「旦那様。私も、旦那様のことが好きです。……ですので、今から言うことは過去のことだと思ってくださいませ。本当に、昔のお話です」
「……あぁ」
今度はリーザがニコラスの手を掴み、にっこりと笑って言う。そうすれば、ニコラスは視線を逸らしながら素っ気ない言葉を返してくれた。それでも、リーザの手を振り払いはしない。それが、全ての答えのようにもリーザには感じられた。
「『ルーカス・ヴェンバリ』、その人が、今回の事件の黒幕、だと思います」
「その男が、リーザを愛するが故に殺そうとした奴……だな?」
「はい。彼は私の元専属従者です」
リーザはそうつぶやいて、ルーカスのことを思い出す。ルーカスはリーザよりも六つ年上。リーザが十二歳になるまでは、デジデリアと共に誠心誠意仕えてくれていた。……いや、きっとそれも違ったのだろう。ルーカスは、何処までもリーザのことを『異常』なほどに『愛していた』。
「彼は、私が十二歳の誕生日の日に、私の寝室に忍び込みました。そして――私と心中をしようとした」
目を伏せて、リーザはあの時のことを記憶から引っ張り出す。あの日、ルーカスはリーザを殺そうとした。それは、憎いからではない。愛しているから。自らとリーザは身分差ゆえに絶対に結ばれない。ならば、いっそ――そう言う思考回路に陥る人間も、一定数いる。ルーカスも、そう言うタイプだったのだろう。
「私を殺して自分も死ぬ。それが、ルーカスの狙いだった。ですが、その狙いはデジデリアによって阻まれた。……それから、私は恐怖から日常生活もままならなくなって、魔法をかけられたのです。一部の記憶を、封印する魔法を」
きっと、オルコット子爵家が貧乏になってしまったのはそう言うのも関係していたのだろう。優秀な魔法使いに頼めば、それだけ費用はかかる。それでも、リーザの両親はリーザの心の平穏を選んだ。いつどんなタイミングで封印が解けるかは、分からない。もしかすればすぐに解けるかもしれないし、一生忘れたままでいられるかもしれない。多分リーザも……ルーカスとあの空間で再会しなければ、ずっと忘れたままだっただろう。
「……そうか。リーザ、話してくれて……その、ありが、とう」
ニコラスの手を握るリーザの手に、力が込められる。それはきっと、リーザが今とても辛い感情に陥っているということ。リーザは優しい。だから、ルーカスのことも心配だろうし、自らの所為で迷惑をかけてしまったことを悔やんでいる。その気持ちが伝わるからこそ、ニコラスは「……リーザ、大丈夫だ」という言葉しか伝えられなかった。むしろ、それだけで十分なはずだ。
「俺は、リーザがパニックになったら絶対に駆けつける。俺じゃ、何もできないだろう。それでも、リーザが俺を攻撃することで心の平穏が保てるのならば……俺は、いくらだってリーザの攻撃を受けるつもりだ」
「……旦那様」
「リーザ。俺は、リーザの側に居たい。そのためならば――」
――何だって、するから。
そう言ったニコラスの表情があまりにも真剣なものだったから。その所為で、リーザはくすっと笑い声をあげてしまった。そこまで真剣に言わなくてもいいじゃないか。こんな時に笑うのは少し違うかもしれないが、それでも笑ってしまった。
「リーザ?」
「いえ、旦那様。私、結婚した相手が旦那様でよかった。……これからも、私を側に置いてくださいますか?」
だったら、こっちも言ってやろうじゃないか。この間から、ずっとニコラスのことを意識していた。それが完全な恋に変わったのは……きっと、ニコラスがリーザのことを呪いから救ってくれたからだろう。
「あぁ、もちろん!」
「わわっ、旦那様?」
そんなリーザの言葉が、ニコラスにとっては何よりも嬉しかった。だからこそ……ニコラスは寝台に横になるリーザのことを力いっぱい抱きしめてしまった。キャラじゃないのに。そう思う気持ちは少なからずあったものの――それよりも、リーザが自分と同じ気持ちだということが、何よりも嬉しかった。
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